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言葉より近く
25.咆哮
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ビュッ!と風切り音を立てて飛んだ矢は、大きく振られた角に弾かれ、あらぬ場所へ消えた。首の付け根を狙われたのは嫌だったらしい。すかさず放った2本目の矢も同じく角に弾かれる。
ガツガツと大きな音を立てて地面をえぐる蹄に、土と石が飛び散り窪地の形が変わったように見えた。風上から流れてくる魔素が、一段と増えたのか肌が粟立ち、胸の中がぐっと熱くなる。
逸る気持ちを抑え放った3本目の矢は、わずかに風で逸れて魔獣の肩の毛を数本散らす。赤く光る眼でオレを見下ろす魔獣に、オレは笑ってやった。
そうだ、そのまま、オレだけ見てろ。お前の首を落とすのは、オレじゃない。
視界の端に捉えた黒い影は、一瞬の間に魔獣に肉薄する。音もなく岩場を駆けて、大剣の柄を掴むガルドさんに、オレは成功を確信しながら4本目の矢を射た。
吹き下ろしていた風が止み、空白が生まれる。
その瞬間、下げていた頭を持ち上げ角で矢を弾きながら、空を見上げた魔獣が吠えた。
耳を劈く甲高い鳴き声は、風を伴って山全体を震わせたように感じられ、思わず一歩足を引いてしまう。
頭の真横で鐘楼の鐘を連打されてでもいるかのように耳が痛い。あまりに大きな音に耳がやられて、風の音も、足元の岩場を踏みしめた音も、周りにいる山羊達の鳴き声も何も聞こえない。
「くそっ」
毒づいた自分の声さえ、どこか遠く虚ろに響く中、オレの視界の中でガルドさんが崩れ落ちるように膝をついた。
「は?」
抜き放っていた大剣を地面に突き立て、なんとか縋るようにして上半身を保つ姿に、オレの中に湧いてきたのは驚きよりも怒りだった。
咆哮を上げた魔獣は鼻息荒く地面をかき、かかって来いとでも言うようにオレに向かって首を振って見せた。
「オレの……、オレの相棒に膝をつかせるなっ!!!」
動けないガルドさんの元に向かって斜面を駆けあがりながら、余裕を見せる魔獣へ速射で矢を放つ。
ふざけるな。お前みたいな獣に、侮られてたまるかっ。
魔獣とガルドさんの間に割って入り放った矢が、魔獣の腰の辺りに刺さるが分厚い毛皮に阻まれたのか大して効いた気配がない。
魔獣が向きを変える前に、目や首を狙って連続で矢を放つが、風と角に阻まれてギリギリと奥歯を噛みしめる。
魔獣は窪地の縁に前脚を乗せて動かない。
舐められたもんだ。オレの矢が効かないなんて認めない。仕留められる距離に近づくだけだ。
「殺ッてやるっ」
「……オ」
オレはこの矢で、腕で、猪も熊も仕留めてきたんだ! 大角山羊? 仕留めて当然だっ!
矢をつがえ、魔獣に向かって近づきながら放つ。一射ごとにオレと魔獣の距離が縮まり、矢の威力が上がる。
次々に矢を放てば、首の付け根や肩に刺さった矢が魔獣の皮膚を突き破り、漂う血の臭いに頭の中が熱くなる。矢をつがえ放つ速度が上がる。
矢を嫌がり首を振る魔獣の動きが、なぜか遅く見える。
「そこだっ!」
確実に、眉間を捉えた。
そう思った瞬間、魔獣の身体が倍ほどに膨らんだ気がした。
「うぐっ」
咄嗟に顔をかばって正解だった。腕に、マントに、金串のような物が刺さっている。
耳や頬をかすめたんだろう、痛みと共に熱を感じる。
「リオっ!」
オレの視界を大きな影が覆い、腹に回された腕に掬われるようにして、身体が数ノル後ろに下がる。
「ガルドさん、身体はっ?!」
「動く!」
腕当てに刺さっていた金串がふにゃりと垂れさがるのを見て、それが魔獣の毛だと分かった。魔獣革で出来た腕当てやマントを突き抜け重いケガをするほどの威力はないらしいが、咆哮といい面倒な異能を持ってやがる。
「仕切り直しだな」
「応」
じんじんと痛む耳と頬が、頭を冴えさせる。
魔素酔いで冷静さを欠くなんて、鉄級にも笑われちまう。
「これは魔獣の毛だ。盾は通さない」
「ああ」
「このまま近づいて、一気に仕留めよう」
返事の代わりに、オレの腹から離れた手が地面に突き刺さった剣の柄を取る。
オレは弓を手放してガルドさんの後ろに回った。
オレに不意打ちを喰らわせておいて突っ込んでこないなんて、よほど窪地を離れたくないらしい。動かないなら好都合だ。
次は、二人で仕留める。頬に垂れた血を拭った手で、オレはガルドさんの背を軽く叩いた。
「行く」
大盾を構え一気に駆けだすガルドさんの後ろを離れずに、オレも走る。
アイツが咆哮を放つ前に、ガルドさんの大盾がアイツの角を捉えればオレ達の勝ちだ。
ドガっと大きく鈍い音を立て、ガルドさんの動きが止まった瞬間、陰から飛び出したオレは腰のナイフを抜いて魔獣の右前脚の付け根に突き立てた。
大盾と角で押し合っていた魔獣が暴れる前に、ナイフを抜き後ろへ飛び退る。迸る血に大きな鳴き声を上げオレの方を向こうとする魔獣の動きに合わせ、音もなく体を入れ替えたガルドさんが大剣を振り上げ、魔獣の首へ落とした。
牙猪のときと同じように、何の抵抗もなく剣が魔獣の首を両断し、大きな頭が斜面を転がり落ちる。
首を落とされたことに気づいていないとでも言うのか、何度か地面を踏みしめた前脚が急に力を失って膝を折り、牛ほどもある巨体が大きな音を立てて横倒しになった。
「終わったな」
「ああ。倒した」
噎せ返るような血の臭いに包まれたまま、オレとガルドさんは笑っていた。
ガツガツと大きな音を立てて地面をえぐる蹄に、土と石が飛び散り窪地の形が変わったように見えた。風上から流れてくる魔素が、一段と増えたのか肌が粟立ち、胸の中がぐっと熱くなる。
逸る気持ちを抑え放った3本目の矢は、わずかに風で逸れて魔獣の肩の毛を数本散らす。赤く光る眼でオレを見下ろす魔獣に、オレは笑ってやった。
そうだ、そのまま、オレだけ見てろ。お前の首を落とすのは、オレじゃない。
視界の端に捉えた黒い影は、一瞬の間に魔獣に肉薄する。音もなく岩場を駆けて、大剣の柄を掴むガルドさんに、オレは成功を確信しながら4本目の矢を射た。
吹き下ろしていた風が止み、空白が生まれる。
その瞬間、下げていた頭を持ち上げ角で矢を弾きながら、空を見上げた魔獣が吠えた。
耳を劈く甲高い鳴き声は、風を伴って山全体を震わせたように感じられ、思わず一歩足を引いてしまう。
頭の真横で鐘楼の鐘を連打されてでもいるかのように耳が痛い。あまりに大きな音に耳がやられて、風の音も、足元の岩場を踏みしめた音も、周りにいる山羊達の鳴き声も何も聞こえない。
「くそっ」
毒づいた自分の声さえ、どこか遠く虚ろに響く中、オレの視界の中でガルドさんが崩れ落ちるように膝をついた。
「は?」
抜き放っていた大剣を地面に突き立て、なんとか縋るようにして上半身を保つ姿に、オレの中に湧いてきたのは驚きよりも怒りだった。
咆哮を上げた魔獣は鼻息荒く地面をかき、かかって来いとでも言うようにオレに向かって首を振って見せた。
「オレの……、オレの相棒に膝をつかせるなっ!!!」
動けないガルドさんの元に向かって斜面を駆けあがりながら、余裕を見せる魔獣へ速射で矢を放つ。
ふざけるな。お前みたいな獣に、侮られてたまるかっ。
魔獣とガルドさんの間に割って入り放った矢が、魔獣の腰の辺りに刺さるが分厚い毛皮に阻まれたのか大して効いた気配がない。
魔獣が向きを変える前に、目や首を狙って連続で矢を放つが、風と角に阻まれてギリギリと奥歯を噛みしめる。
魔獣は窪地の縁に前脚を乗せて動かない。
舐められたもんだ。オレの矢が効かないなんて認めない。仕留められる距離に近づくだけだ。
「殺ッてやるっ」
「……オ」
オレはこの矢で、腕で、猪も熊も仕留めてきたんだ! 大角山羊? 仕留めて当然だっ!
矢をつがえ、魔獣に向かって近づきながら放つ。一射ごとにオレと魔獣の距離が縮まり、矢の威力が上がる。
次々に矢を放てば、首の付け根や肩に刺さった矢が魔獣の皮膚を突き破り、漂う血の臭いに頭の中が熱くなる。矢をつがえ放つ速度が上がる。
矢を嫌がり首を振る魔獣の動きが、なぜか遅く見える。
「そこだっ!」
確実に、眉間を捉えた。
そう思った瞬間、魔獣の身体が倍ほどに膨らんだ気がした。
「うぐっ」
咄嗟に顔をかばって正解だった。腕に、マントに、金串のような物が刺さっている。
耳や頬をかすめたんだろう、痛みと共に熱を感じる。
「リオっ!」
オレの視界を大きな影が覆い、腹に回された腕に掬われるようにして、身体が数ノル後ろに下がる。
「ガルドさん、身体はっ?!」
「動く!」
腕当てに刺さっていた金串がふにゃりと垂れさがるのを見て、それが魔獣の毛だと分かった。魔獣革で出来た腕当てやマントを突き抜け重いケガをするほどの威力はないらしいが、咆哮といい面倒な異能を持ってやがる。
「仕切り直しだな」
「応」
じんじんと痛む耳と頬が、頭を冴えさせる。
魔素酔いで冷静さを欠くなんて、鉄級にも笑われちまう。
「これは魔獣の毛だ。盾は通さない」
「ああ」
「このまま近づいて、一気に仕留めよう」
返事の代わりに、オレの腹から離れた手が地面に突き刺さった剣の柄を取る。
オレは弓を手放してガルドさんの後ろに回った。
オレに不意打ちを喰らわせておいて突っ込んでこないなんて、よほど窪地を離れたくないらしい。動かないなら好都合だ。
次は、二人で仕留める。頬に垂れた血を拭った手で、オレはガルドさんの背を軽く叩いた。
「行く」
大盾を構え一気に駆けだすガルドさんの後ろを離れずに、オレも走る。
アイツが咆哮を放つ前に、ガルドさんの大盾がアイツの角を捉えればオレ達の勝ちだ。
ドガっと大きく鈍い音を立て、ガルドさんの動きが止まった瞬間、陰から飛び出したオレは腰のナイフを抜いて魔獣の右前脚の付け根に突き立てた。
大盾と角で押し合っていた魔獣が暴れる前に、ナイフを抜き後ろへ飛び退る。迸る血に大きな鳴き声を上げオレの方を向こうとする魔獣の動きに合わせ、音もなく体を入れ替えたガルドさんが大剣を振り上げ、魔獣の首へ落とした。
牙猪のときと同じように、何の抵抗もなく剣が魔獣の首を両断し、大きな頭が斜面を転がり落ちる。
首を落とされたことに気づいていないとでも言うのか、何度か地面を踏みしめた前脚が急に力を失って膝を折り、牛ほどもある巨体が大きな音を立てて横倒しになった。
「終わったな」
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