26 / 30
言葉より近く
26.並んで
しおりを挟む
地面に転がった魔獣の頭は、セルディアの町で駆除した牙猪よりも一回り大きな物だった。元が大角山羊とは思えない巨体も、今は静かに斜面に横たわっている。
ナイフの先で突いてみるが、毒もなさそうだし、今は毛には硬さがないから触っても大丈夫だろう。
途中から枝分かれした角は見栄えもするし、討伐証明としても素材としても持ち帰って損はないだろう。魔力を通せば毛が硬くなる性質は皮を剥いだ後も残るのか分からないが、毛皮は売れる。血と肉は魔素が多すぎるから、次の魔獣を生まないためにも細かくばらすか、焼くのが請負人の約束事だ。
「……解体、しないとな。山羊も集めなきゃならないし、もう一仕事するかぁ」
断面から噴き出していた血はあらかた流れ、濃厚な血の臭いと魔素は強い風に散っていく。
ぼろ布でナイフについた血を拭って、鞘に納めると隣から低い声が聞こえた。
「先、手当て」
「ん? ああ、オレか? 血も止まったし、平気だって。放っときゃ治る」
「手当て、する」
「……いっ。分かった、分かったよ」
大きな手が伸びてきて、血が乾いてこびりついた頬を撫でられる。指の動きに合わせて肌に痛みが走るが、手つきはうんと優しくて、こんな風に他人に触れられたことがないからどうして良いか分からなくなった。
咄嗟に一歩後ろに下がり、ポーチをあさって血止めになる薬草を取り出した。乾いた薬草にほんの少し水を垂らし、掌で揉みこんで出来たネットリとした塊を痛む場所に塗りたくる。
「傷ある、ここ」
薬草が飛ばないように背中で風を受けて即席の膏薬を塗っていると、ガルドさんが大きな指先で薬を少し取りオレの耳に塗り付けた。冷たい風に感覚が薄くなって忘れていたけど、さっき針みたいな毛が貫通していった場所だ。
「ありがとう。自分じゃ見えないから、助かる……」
今までずっと何をするにも一人だったから、こうやってケガの手当てを誰かにしてもらうのは請負人になって初めてだ。子どもの頃、薬を塗ってくれた母さんや婆ちゃんの手とは違うけど、記憶の中の手と同じくらい優しい手つきに、ガルドさんの顔が見れない。
「良い。終わり」
「うん。……そうだ、魔獣の解体もだけど、先に山羊の手当てをしないと」
麻痺薬のせいで腰を抜かしたように斜面に横たわる山羊の様子を見に行き、何とか前脚で地面を掻いて逃げようとする山羊を落ち着かせ首に縄をつける。ここでもガルドさんの不思議な声が役に立った。
どの山羊も傷はそれほど深くないし、血も止まっているからもう少しして薬の効果が抜ければ自分で立てるだろう。
窪地から逃げた雌山羊や子山羊は数匹ずつ固まって、遠巻きにオレ達を見ている。群れのリーダーの雄が倒れてるから、どうして良いか分からなくなってるんだな。森まで逃げずに近くに居てくれるのは探す手間が省けてありがたい。
「ガルドさん、こっち見てくれ」
「魔素、多い。不快」
魔獣が潜み続けた窪地は、今も濃い魔素が溜まっているようで服の下で肌がザワつく。魔素が湧き続けているのか、ただ淀んでいるだけなのかオレには分からないが、少しでも濃度を下げないと次の魔獣が生まれる可能性がある。
「リコの実、口に入れとくと良いよ」
「ああ。目、覚める」
酸味があるリコの実を口に入れ、軽く噛めば濃い魔素に高揚する気持ちを落ち着けやすくなる。
魔獣の踏みつけで崩れ、ひび割れた縁にある石や岩を2人で動かし、縁を低くして風下へ魔素が流れていきやすくする。オレ一人でこの仕事をしようと思ったら、森から太く長い枝をかついで上がって来なけりゃならないから、デカい岩を軽々動かして見せる姿に思わず見入ってしまった。
「リオ?」
「いや。オレも、ガルドさん位力があったら良かったのになって思った」
「リオ、器用。頭良い」
「力じゃ獣人に勝てないのは分かってるよ」
自分が動かせそうな石や岩がなくなった所で、大物を動かす作業はガルドさんに任せ、オレは魔獣に弾かれ斜面に散らばる矢を拾い集めた。死んだ大角山羊からも矢を回収する。地の女神の節の前、大角山羊の肉は脂が乗って美味いから、これも出来るだけ里まで下ろしたい。5匹を担いで山道を下るとなると、2人じゃ骨が折れるからオルン達に手を借りるか。
大角山羊を1か所に集めてから、血抜きのために頭を下に向け、首にナイフを入れておく。
山羊と魔獣と大角山羊と。仕事の後始末には、もう1日かかりそうだ。
ああでも、二人なら案外苦でもないかもしれない。
ナイフの先で突いてみるが、毒もなさそうだし、今は毛には硬さがないから触っても大丈夫だろう。
途中から枝分かれした角は見栄えもするし、討伐証明としても素材としても持ち帰って損はないだろう。魔力を通せば毛が硬くなる性質は皮を剥いだ後も残るのか分からないが、毛皮は売れる。血と肉は魔素が多すぎるから、次の魔獣を生まないためにも細かくばらすか、焼くのが請負人の約束事だ。
「……解体、しないとな。山羊も集めなきゃならないし、もう一仕事するかぁ」
断面から噴き出していた血はあらかた流れ、濃厚な血の臭いと魔素は強い風に散っていく。
ぼろ布でナイフについた血を拭って、鞘に納めると隣から低い声が聞こえた。
「先、手当て」
「ん? ああ、オレか? 血も止まったし、平気だって。放っときゃ治る」
「手当て、する」
「……いっ。分かった、分かったよ」
大きな手が伸びてきて、血が乾いてこびりついた頬を撫でられる。指の動きに合わせて肌に痛みが走るが、手つきはうんと優しくて、こんな風に他人に触れられたことがないからどうして良いか分からなくなった。
咄嗟に一歩後ろに下がり、ポーチをあさって血止めになる薬草を取り出した。乾いた薬草にほんの少し水を垂らし、掌で揉みこんで出来たネットリとした塊を痛む場所に塗りたくる。
「傷ある、ここ」
薬草が飛ばないように背中で風を受けて即席の膏薬を塗っていると、ガルドさんが大きな指先で薬を少し取りオレの耳に塗り付けた。冷たい風に感覚が薄くなって忘れていたけど、さっき針みたいな毛が貫通していった場所だ。
「ありがとう。自分じゃ見えないから、助かる……」
今までずっと何をするにも一人だったから、こうやってケガの手当てを誰かにしてもらうのは請負人になって初めてだ。子どもの頃、薬を塗ってくれた母さんや婆ちゃんの手とは違うけど、記憶の中の手と同じくらい優しい手つきに、ガルドさんの顔が見れない。
「良い。終わり」
「うん。……そうだ、魔獣の解体もだけど、先に山羊の手当てをしないと」
麻痺薬のせいで腰を抜かしたように斜面に横たわる山羊の様子を見に行き、何とか前脚で地面を掻いて逃げようとする山羊を落ち着かせ首に縄をつける。ここでもガルドさんの不思議な声が役に立った。
どの山羊も傷はそれほど深くないし、血も止まっているからもう少しして薬の効果が抜ければ自分で立てるだろう。
窪地から逃げた雌山羊や子山羊は数匹ずつ固まって、遠巻きにオレ達を見ている。群れのリーダーの雄が倒れてるから、どうして良いか分からなくなってるんだな。森まで逃げずに近くに居てくれるのは探す手間が省けてありがたい。
「ガルドさん、こっち見てくれ」
「魔素、多い。不快」
魔獣が潜み続けた窪地は、今も濃い魔素が溜まっているようで服の下で肌がザワつく。魔素が湧き続けているのか、ただ淀んでいるだけなのかオレには分からないが、少しでも濃度を下げないと次の魔獣が生まれる可能性がある。
「リコの実、口に入れとくと良いよ」
「ああ。目、覚める」
酸味があるリコの実を口に入れ、軽く噛めば濃い魔素に高揚する気持ちを落ち着けやすくなる。
魔獣の踏みつけで崩れ、ひび割れた縁にある石や岩を2人で動かし、縁を低くして風下へ魔素が流れていきやすくする。オレ一人でこの仕事をしようと思ったら、森から太く長い枝をかついで上がって来なけりゃならないから、デカい岩を軽々動かして見せる姿に思わず見入ってしまった。
「リオ?」
「いや。オレも、ガルドさん位力があったら良かったのになって思った」
「リオ、器用。頭良い」
「力じゃ獣人に勝てないのは分かってるよ」
自分が動かせそうな石や岩がなくなった所で、大物を動かす作業はガルドさんに任せ、オレは魔獣に弾かれ斜面に散らばる矢を拾い集めた。死んだ大角山羊からも矢を回収する。地の女神の節の前、大角山羊の肉は脂が乗って美味いから、これも出来るだけ里まで下ろしたい。5匹を担いで山道を下るとなると、2人じゃ骨が折れるからオルン達に手を借りるか。
大角山羊を1か所に集めてから、血抜きのために頭を下に向け、首にナイフを入れておく。
山羊と魔獣と大角山羊と。仕事の後始末には、もう1日かかりそうだ。
ああでも、二人なら案外苦でもないかもしれない。
20
あなたにおすすめの小説
貴方に復讐しようと、思っていたのに。
黒狐
BL
前世、馬車の事故で亡くなった令嬢(今世は男)の『私』は、幽霊のような存在になってこの世に残っていた。
婚約者である『彼』が私と婚約破棄をする為に細工をしたのだと考え、彼が無惨な末路を迎える様を見てやろうと考えていた。
しかし、真実はほんの少し違っていて…?
前世の罪や罰に翻弄される、私と彼のやり直しの物語。
⭐︎一部残酷な描写があります、ご注意下さい。
君と秘密の部屋
325号室の住人
BL
☆全3話 完結致しました。
「いつから知っていたの?」
今、廊下の突き当りにある第3書庫準備室で僕を壁ドンしてる1歳年上の先輩は、乙女ゲームの攻略対象者の1人だ。
対して僕はただのモブ。
この世界があのゲームの舞台であると知ってしまった僕は、この第3書庫準備室の片隅でこっそりと2次創作のBLを書いていた。
それが、この目の前の人に、主人公のモデルが彼であるとバレてしまったのだ。
筆頭攻略対象者第2王子✕モブヲタ腐男子
七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす
蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。
追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。
しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。
港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。
イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。
犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。
被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。
追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。
この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。
・世界観・設定の管理補助
・プロット段階の壁打ち
・作者による執筆後の校正
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
美澄の顔には抗えない。
米奏よぞら
BL
スパダリ美形攻め×流され面食い受け
高校時代に一目惚れした相手と勢いで付き合ったはいいものの、徐々に相手の熱が冷めていっていることに限界を感じた主人公のお話です。
※なろう、カクヨムでも掲載中です。
来世はこの人と関りたくないと思ったのに。
ありま氷炎
BL
前世の記憶を持つ、いずる。
彼は前世で主人だった三日月と、来世で関わらない事を願った。
しかし願いは叶わず、幼馴染として生まれ変わってしまった。
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
[BL]愛を乞うなら君でなければ。
わをん
BL
離婚歴のある子持ち主人公。人生に何の希望もなく日々を消化するかのごとく過ごしていた時に出会ったハウスキーパーの『吉野』。たとえ同性であっても、裏表のない真っ直ぐな言葉を紡ぐ彼に惹かれる気持ちは抑えられない。彼に教わる愛の作法ーー。[子持ちリーマン×新米ハウスキーパー]
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる