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第1章 幼なじみとお試し恋人期間始まりました
04 いつもと違う夏の朝
しおりを挟むテスト明けのパジャマパーティーは無事に終わり、次の週の月曜日の朝。
まだ六月だというのに真夏のような暑さが続き、朝からキジバトがホーホーと鳴いている。
俺は、目覚ましの音と共に、聞き慣れた声を耳に目を覚ました。
「おはよう、夏芽」
「んん……おはよう、凪…………って、凪!?」
寝ぼけていた頭が一気に覚醒し、俺はベッドから落ちそうになった。
「あ、ありがとう」
「夏芽は朝から危なっかしいな」
落ちそうになったとき、凪に腕を掴まれたため落ちることはなかった。だが、俺の部屋に凪がいるという事実がまだ受け入れられなかった。
俺はまだ夢の中にいるのかもしれない。
でも、彼が俺の腕を掴んだとき、痛みを感じたためこれは夢じゃないと理解した。凪は、俺がベッドから落ちなかったことで、ホッと胸をなでおろしていた。
「それで何で凪がいるの? ここ、俺の部屋だよ?」
「夏芽のお母さんに言って家に上がらせてもらった。お前のお母さん、今日は早めに家を出ると言ってもう出勤したぞ? だから、お前の世話任された」
「世話って……てか、凪。これまで一度もこんなことしてくれたことなかったじゃん」
逆に、今まで俺が朝が弱い凪を起こしに行っていた。
しかし、今の凪は寝癖もなければしっかりと制服を着ており、学校に行く準備が整っているようだった。
先週まではまったくそんな感じじゃなかったのに、一体どうしてしまったというのだろうか?
俺は、寝ぼけ眼を擦りながらベッドからゆっくりと降りる。凪はカーテンと窓を開け換気をしたのち、俺のベッドの布団をくるくると巻き始めた。
「俺やるからいいよ。というか、凪どうしちゃったの?」
「恋人だから」
「恋人……? ああ、そっか。俺たち付き合ってるんだったよね。期限付きで」
「ああ、そうだ。恋人だから、恋人の面倒を見る。世話を焼く」
「それって恋人のやることなのかな……」
あのパジャマパーティーのときに「理想の恋人になる」と言っていたから、それを実行してくれているのだろうけど。
いつもの凪じゃないみたいで落ち着かなかった。
(恋人の部屋まで起こしに来てくれるって……確かに理想だけど)
俺じゃなきゃキュンキュンしてて死んでいたかもしれない。
凪は『夏芽の番犬』なんてクラスで呼ばれているが、少なくとも目鼻立ちが整ったイケメンでそれなりにモテている。本人はまったくといっていいほど無関心だが、俺や涼、昊はそんな凪を見てひとりだけ別世界の住人だなあ、なんて思ってしまう。
本人は無関心だから、何かが起こるわけでもないけど、だからこそ気になることが一つあった。
(そういえば、何で凪は俺と期限付きの恋人になろうって思ったんだろう)
「凪。凪はなんで俺とお試しで付き合ってみようって思ったの?」
「……夏芽は?」
「待って、凪。何でお前、今質問を質問で返した?」
「こういうのは、聞いてきたほうが最初に答えるものだろう」
「何それ知らない……ええ、俺……? 俺は、えっと……人を好きになるってどういうことかなって思って」
「それで、俺と?」
凪の声が少し低くなる。
俺は、顔を洗う前に着替えをすることにし、パジャマを脱ぎながら凪の質問に答える。
「そりゃ、誰でもいいわけじゃないよ。そんなお試しでも付き合うってさ……ある程度関係構築してる人間にしかできないじゃん。相手を知っていて。それで、付き合うことでもっとその人のことを知っていくとか。だから、凪」
「……俺はそういう理由で抜擢されたっていうわけか」
「うん……ああ、嫌だったら解消してもいいんだけど」
「解消しない」
「ああ、そう? まあ、えっと。じゃあ、話し戻すね? 俺、二年生に上がるときに告白されてさ」
俺がそう言うと、ベッドのシーツを伸ばしていた凪の手が止まる。
何? と、凪は俺のほうを見ずにそう口にして、俺が床に落としたパジャマを拾い上げる。
「一年生の時、同じクラスだった子に告白されたんだよ。付き合ってくださいって……そのとき、その子、俺のこと優しいから好きって言ってくれてさ。本気で告白してくれたんだと思う。でも、俺、それに応えられなくって。ごめんなさいって言って、その子のこと泣かせちゃった」
「それは、別に夏芽が悪いわけじゃないだろう」
「そうなんだけど。本気で好きだったから、本気で告白して、それでフラれて。好きでもその思いが実らなくて、涙まで流しちゃう……それくらい本気で人を好きになれる人が微笑ましかった」
「夏芽はだから、人を好きになるっていうことを知りたいのか」
「うん。俺、恋愛初心者どころか、好きっていう感情も乏しいのかも」
「そんなこともないだろう」
凪は、パジャマを腕の中でクルクルと丸めながら言う。
俺はそんなことあるけどなあ、なんて胸の真ん中に手を当てる。
告白されたことも本当で、その時なにも思えなかったのも本当だ。その子が、俺をそんな目で見ていたなんて知らなかった。
俺は、感情的に怒ることもなければ、泣くこともないし、ましてや人を好きになるなんて経験も一回もしたことがない。
凪の人への無関心とはまた違って、俺は多分全ての人に対して平等なんだと思う。特別扱いをできないし、特別な存在がいない。もちろん、親友の三人のことは他の人よりも大切だ。
「けど、ごめん。凪のこと巻き込んじゃってさ。あの二人がずっと一緒にいて、それで好き同士になったって言ってたから、俺も凪と一緒にいたら凪のこと好きに……もっと、凪のこと知れるかなって。ほんと、最低だよな。俺」
朝から、こんな話をするんじゃなかった。
あまりに不純な動機を聞いて、さすがの凪も呆れるだろう。
しかし、凪はいつまでたっても何も言ってこなかった。やっぱり呆れているんだ、と思うと、手に持っていたパジャマを握りしめたまま、俺を後ろから抱きしめた。
「な、凪!? 何!?」
「一緒にいたら好きになるのか?」
「えっと……わかんないけど。時間はうん、関係あると思う」
「そうか……」
凪は安堵したようにそう言うと「寝癖がついてるぞ」と俺の耳元で言ってきた。
その声が耳に響いてぞわぞわしてしまう。凪の声ってこんなによかったっけ? と、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
何だかこのままじゃいけない気がして、俺は凪の腕の中から逃れると、彼が落としたパジャマを拾い上げて部屋を出た。スロープ付きの階段を駆け下りる。
一階につき、洗面台の前に立つと、その鏡には真っ赤な俺が映っていた。
「顔真っ赤じゃん……日焼けしたみたい」
近くにあったタオルを手繰り寄せ、脱いだパジャマは洗濯機の中に投げ入れた。
焦ったあまり、凪に何で俺と期限付きの恋人になろうと思ったのか、その理由を聞くのを忘れてしまった。だが、あのままいたら変な気持ちになりそうだったのだ。
(凪が、いつもより、距離近いから!)
いつも、あれくらい近かっただろうか? それとも、俺と期限付きとはいえ恋人になったから?
一旦冷静になるべく、俺は顔に水をかけた。夏の暑さのせいか、水道から出る水は少し生ぬるい。
俺は何度も何度も顔に水をかけ、ついでに寝癖を直すために頭にも水をパシャパシャとつけた。それからしばらくして、ようやく顔のほてりが取れた。
「夏芽、顔は洗ったか?」
「うわあああっ!? び、びっくりした。うん、終わった。てか、凪! 足音忍ばせてくんなって! びっくりするだろ。俺の心臓弱いんだから」
「それは、悪かったな。お前が勝手に飛び出していったから心配だったんだ。顔が赤かったが、熱はないか?」
「ない! 日焼け!」
「じゃあ、日焼け止めクリームを塗るといい。つい昨日買ってきた」
「用意周到すぎない?」
ほら、といって手渡されたクリームを受け取り、俺は顔に塗りたくった。
その間も、じっと凪に見つめられており集中できない。
(もう、俺のこと見んなって!)
恥ずかしい。
初めて、凪に対してそんな感情をいだいたかもしれない。
俺は、クリームを塗り終わり凪に返し、キッチンへ向かった。キッチンには置手紙と共にサンドイッチが置いてあり、俺はそれを口に咥えながらズボンを履く。ベルトを締めて改めて頭に手を当てる。先ほど水で濡らしたためか、俺の髪はペションと垂れていた。
「よし、準備完了。凪、行こう」
「忘れ物はないか?」
「ない!」
凪は、上から持ってきた俺のリュックサックを手渡し、リビングから玄関につながる扉を開けた。
なんか至れり尽くせりだな、なんて思いながら俺は玄関に向かい、そこで今年下ろしたばかりのスニーカーを履く。
凪は、俺が靴を履いた後、緩んでいた靴ひもを結ぶために屈んだ。しかし、ほどけかかった靴ひもを結ぶのに苦戦している様子だ。
「俺、やろうか?」
「いいのか?」
「うん。凪ってさ、昔からリボン結びだけ下手じゃん」
「……お前がよくやってくれるから、練習できていないんだ」
「俺のせい?」
「違う。お前にやってほしいし、お前がやってくれるなら俺は一生リボン結びができなくてもいい」
「何それ。変な凪」
俺は、凪の素直な言葉を聞いて身をかがめ、彼の靴ひもを結んだ。
確かに、幼稚園のころから凪のリボンを結ぶのは俺の役割だった気がする。
「……だから、何でずっと俺のこと見てんだよ……」
「恋人だから」
「何でもかんでも、恋人ってつけりゃあいいって問題じゃないだろ! あーもう、出来た! ほら、凪行くぞ」
俺がそう言うと、凪は「ん」といって俺に手を出した。
今度はなんだと思ったが、どうやら腕を引っ張ってほしいみたいだった。
「理想の恋人になるって言ったの誰だよー!」
「お前が、これまで俺を甘やかしたからこうなった。次からちゃんと理想の恋人になる」
「子どもが駄々こねるみたいに言うなよ……」
「俺たちは子どもだろう」
凪のそんな言葉を聞きながら俺は彼の腕を引っ張り上げた。
当たり前だが、凪の体重も身長も小さいころと比べてぐんと伸びている。そのため片手じゃ引っ張れなくて、俺は両手で彼の身体を引っ張り上げた。すくっと立ち上がった凪は、俺よりもニ十センチほど高い。
「ありがとう、夏芽」
「はいはい、どーいたしまして! 俺がいなきゃ本当に、凪はダメだな」
「ああ、ダメだ。だから、ずっとそばにいてほしい」
「……っ、そういうとこ! それも、恋人が言うセリフなのかよ」
俺が聞くと、どうだろうなと、くすりと笑い、凪は長い手で玄関の扉の取っ手に手をかけた。
(調子狂うな、ほんと……)
期限付きの恋人になって初めての月曜日。
凪に起こされるというちょっと違う出来事が起きつつも、いつも通りの日常の風景がそこには広がっていた。
初夏の太陽が照りつける青空の下、俺は歩幅を合わせて歩く親友の隣を歩き学校に向かうのだった。
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