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第3部2章 今年最後のイベントとトラブル
03 深入り厳禁
しおりを挟む「どこに行っていたんだ。ニル!」
「……えーっと、教科書取りに行ったんだけど、なくって。あと、お腹痛くて」
「食あたりか?」
「いや、そういうんじゃないけど。てか、今日は昼食同じメニューだったじゃん。大丈夫だよ、そんなんじゃない」
結局次の授業には出られなかった。
無断欠席したことを、悔やみつつも、どうしてもゼラフのことが気になって、一度頭を冷やす時間が欲しかった。
初めて俺に見せたあの表情。今までがまるで、演技だったような凍てつく表情。そして、寂しそうな顔。セシルも何度かそういう顔を見せたが、それよりももっとひどい。いや、もしも俺が死んでいたらセシルがあんな顔をしていたんだろうってそう思わざるを得ない表情をしていた。
セシルには俺がいるけど、ゼラフには……?
(あの質問、きっとそういうことだったんだろうな……)
冷静になった今なら、少しだけ彼の言葉の意味というか、何かがつかめた気がした。それがあっているかどうかは、ゼラフしかわからないが、ゼラフが抱えているものの大きさというのが図れない現時点で、何か考察しようにも材料が少ない。
かといって、このまま危険だからと関わらずにはいられないだろう。また、何食わぬ顔して話しかけに来たとき、俺はどう対応すればいいだろうか。
黒衣の男たちに指示を出せるほどの立場にいる――わかったことはそれだけ。
リューゲとつながっていたかどうかは分からない。そもそも、リューゲがあの日、あのとき、ゼラフを見て何も言わなかったところを見ると、直接的なつながりはない。
謎は謎を呼ぶばかりだ。
「ごめん、やっぱり、今日……この後の授業出れそうにない、かも」
「そんなに体調が悪いのか? 俺も、休んで看病を」
「いや、いいよ。そこまでしなくても。まだ一人で歩けるし」
頭は冴えてきたが、一度考えだすとまたまとまらなくなる。一人で考える時間が欲しい。きっと、セシルを前にしたらまた顔に出る。
俺は、教室から出ようとセシルに背を向ける。すると、案の定と言っていいか、彼に腕を掴まれた。
「違う匂いがする」
「セシルは、犬かなにか?」
「ヴィルベルヴィントといたのか? 俺に嘘をついてまで? 何か後ろめたいことがあるんだろ、ニル」
「……別に、嘘つくつもりはなかったよ。体調が悪いのは本当」
「ああ、体調が悪そうに見えるな。だが、謝る気もないだろ。服の下の何かを隠すために焦っていることもバレバレだ」
と、セシルは鋭い目でそういうと、俺の首に向かって手を伸ばした。ボタンを上まで絞めて、なるべくあの噛み痕が見えないよう細工してみたが、あまりにも意識しすぎたようでバレたみたいだ。
俺は、手を伸ばしたセシルの手を掴み彼の行動を阻止する。セシルの端正な顔にしわがよる。
「ヴィルベルヴィントに何をされた?」
「別に何も。セシル、手、おろして」
「部屋に戻って話を聞く。俺も授業を休む」
「セシル!」
ちょっと待って、とそれすら言わせてもらえず、俺は引っ張られるようにしてセシルと教室を出た。
完全に怒っている。
やっぱり、教室に帰るべきじゃなかっただろうか。だが、どう考えても一日で消えるような噛み痕じゃなかったし、どのみちバレていただろう。変に隠したことが、きっとセシルの地雷を踏んだ。
何をすれば彼が怒るかなんてわかっていた。俺は本当に立ち回りが下手すぎる。
歩いている最中も、俺の手を離さないといわんばかりに力を込めて握っていたし、何よりも話しかけてくれなかった。俺も何か話しかけたわけじゃないけど、無視されているようでつらい。俺が、セシルに嘘ついたのが悪いんだけど。
寮の部屋に戻れば、慣れた手つきで扉を開け、俺を部屋に連れ込むと、逃げられないようにとこちらも出口に鍵をかけ、その前にセシルが立つ。通せんぼされれば、簡単に逃げることは叶わなくなる。
降参だ、と俺は両手を上げる。
「ごめんって、嘘ついたのは謝るから」
「何をしていたか知りたいだけだ。謝罪はいらない」
「…………ちょっと、戯れてただけ。ゼラフがサボろうとしたから、サボるなーって追いかけたら、逆に追いかけられたってだけの話」
嘘は混ざっている。だが、これくらいなら許容範囲だろう。
俺がそういうと、セシルは疑り深く見た後、ため息をついた。よかった、騙されてくれた、と思ったが、セシルは俺の隙をついて、俺が隠していた首元に手を当てた。スポット襟の間に指が入れられ、そこをなぞられてしまう。確実に、そこにあった噛み痕をなぞる動きをし、セシルは俺から手を離した。
「ちょっと、セシル! 黙って、人の首触るの禁止!」
「……すまないな。そうか……まあ、ヴィルベルヴィントならありえなくもないが」
「うん……話そらさないで」
「だが、その噛み痕はどうにかならなかったのか? あいつのアレが不能になっても別に問題なかっただろうに、蹴り上げればよかったものの」
「いや、セシル酷いこと言ってる。確かに、俺がもっと抵抗していればよかったかもだけど。さすがにできないよ」
それなりに仲良くなっている人を蹴るなんて。
でも、もっと蹴り飛ばしてもよかったかもしれない。
セシルには少し嘘ついちゃったけど、まだ本当のところ何もわかっていないのだから、不確かな情報を伝えてこじれるのは避けたかった。だから、これでよかったのかもしれない。
「俺以外が触れたのか」
「だから、ごめんって」
「……上書きする」
「いや、噛むのはダメだから。痛いし……さっきだって痛かったもん」
「やはり、あいつはこの学園から追い出すしかないのか?」
物騒なことを言っているセシルを前に、俺はようやく気を抜くことができた。いつものセシルに戻ってくれた。怒って、我を忘れるものとばかり思っていたが、どうやら抑えてくれたらしい。
ゼラフ相手だったから、もっと怒るものと予想していたが、それは外れたようだ。
俺は、第一ボタンを外して、自分で先ほどの噛み痕に触れてみる。歯型がそこにあると、指でなぞればわかることで、それはもう鬱血してえぐい色をしているんじゃないかと想像できる。
「痛いか?」
「まあ、まだちょっとね。ゼラフ、手加減知らないんだもん」
「……本当に許せないな。戯れにしては度が過ぎている。本当にそれ以外は、何もなかったのか?」
「何もなかったよ。セシル心配しすぎ。それに、ゼラフは……俺に手を出せないよ」
慰めてもらったり、逆に傷をつけられたり散々だ。
彼が味方なのか、敵なのかわからない。でも、恩を売るため、信頼を得るために救ってくれていたわけじゃないだろう。野外研修のときだって、アルチュールが目の前にいたからという理由があったにしろ、俺を助けてくれたし。
俺を殺すことが目的じゃないにしても、誘拐しようと思えばすぐに誘拐できるわけで。
俺は、セシルのほうを恐る恐る見た。
彼は俺の言葉を、飲み込んでくれたのか俺の頭をポンと撫でた。
「ニルは俺だけを見ていてくれ。お前は、いろんなやつに気を使いすぎだ。俺だけを見ていればいい」
「本当に、セシルは俺のことが好きだね」
「なっ、当たり前だろ? 好きじゃなければ、ここまで気にかけない……いや、お前を好きにならない理由がないだろ、ニル。お前を思わないときはない。お前ばかりだ」
「でも、ちょっと前までは、恋心なのか庇護欲なのかーとかはっきりしなかったみたいじゃん」
「……うるさい! ニルは、すぐに調子に乗る。俺をからかって楽しいか?」
「ふふん~セシルがこの間俺をからかった仕返し。楽しいよ。セシルが俺の言葉一つで動揺するの」
セシルは忌々しそうに俺を見て、唇をきゅっとかみしめていた。
セシルだって、俺が嫌がることはしないし、俺に勝てない部分もある。そういうセシルの表情を見ているのはやっぱり楽しいのだ。
そうやって、セシルのおかげで意識が少しずつゼラフからそれてきたところで、トントンと寮の扉がノックされた。次の授業は始まっているはずだし? と、俺が出ようとすれば、すっとセシルが俺の前に腕を出した。これ以上前に出るなと無言の圧に、俺は立ち止る。
「セシル、危険じゃない?」
「いや、誰が来たかわかった。わざと、魔力を漂わせて……たちが悪い」
と、セシルは誰が来たのかすぐに分かったようで顔つきをかえた。そして、眉間にこれでもかというくらいしわを寄せて、扉を開けた。
「何のつもりだ、ヴィルベルヴィント」
「ハッ、開けてくれるとは予想外だわ。皇太子殿下」
「今すぐ帰れ」
「開けてくれたのにか? どうぞ、中へお入りくださいの意じゃねえのかよ」
「……ゼラフ?」
扉を開けた途端その赤が俺の目に飛び込んでくる。どうしてここに? と、俺は心臓がきゅっとなって、セシルの身体の後ろに隠れつつ、ゼラフを覗いた。ゼラフは、セシルではなく、すぐに俺のほうへ視線を映し、手に持っていた教科書をちらつかせた。
「お前、落としてっただろ。落としもん、届けにきてやったんだよ」
「……頼んでないんだけど」
「つれねえこというなよ。さっきは、酷いことしちまったからなあ~そのお詫びだ」
「ヴィルベルヴィント、貴様ッ!」
「ああ、もうちょっと。セシル! 声が大きいから」
授業中とはいえ、この二人がぶつかり合ったら人がよってくるに決まっている。寮内では魔法や武器による喧嘩が起きた際にそれを感知して、教師に知らせるシステムが備わっている。
セシルは、本人を目の前にすれば、抑えていたはずの怒りが爆発し魔力が漏れている。チリヂリと焼けこげるような熱い魔力が伝わってきて、俺は全身が痛い。そんなセシルの魔力だけでも、ポンコツシステムが作動するものなら即教師に見つかって謹慎、または接触禁止令が出されるだろう。まあ、俺はそれでもいいけど。
(……でも、ゼラフと関われないのは)
もちろん、彼を思ってというよりかは、彼の行動を監視するためにという意味でだが。セシルが接触禁止令を出されるものなら、俺も巻き添えを食らうだろうし。
俺は、セシルの肩を引いて抑えるよう訴えた。
ゼラフも、ゼラフでなぜここに来たのかその目的が分からない。本当に教科書を届けに来てくれただけなのだろうか。
「ニル、ちょっとこい」
「ニル! こんなやつ放っておいていい。早く、ニルの教科書を返せ。そして、帰れ」
「ひっでぇ」
肩をすくめ、ゼラフは傷ついたようなそぶりを見せる。
そして、ちらりと俺のほうを見て「俺に聞きたいことがあるんだろ?」と挑発的な目を向けてきた。本当に、何を考えているのか一向にわからない。でも、セシルを欺くためには、その挑発に乗って演じるしかない。
「……はあ、ありがとう。ゼラフ。わざわざ届けに来てくれて」
「な? 皇太子殿下。ニルはほんとーにいいやつだなあ、誰かさんと違ってよ」
「一言余計だぞ、ヴィルベルヴィント」
セシルが、ゼラフに気をとられている間に、俺はセシルの横を通り、ゼラフの前に出る。セシルは、驚いたように横を向いたが、反応が遅れたため、ゼラフの次の行動を防ぐことはできなかった。
ゼラフは、俺が目の前に来ることを予期していたので、二ッと笑い俺の腕を思いっきり引いた。そして、扉を閉めて、防音魔法をかけ、ドアノブを片手でつかみながら、俺を扉に縫い付けた。いわゆる、壁ドンをされているわけだが、ちっともときめきやしない。
扉は外開きなので、俺とゼラフが抑えいている以上ひらくことはない。それと、俺が扉に張り付いていることにセシルが気付けば、蹴破るという選択はとらないだろうと、ゼラフは踏んでいる。実際にそうだ。セシルが俺に少しでもけがを負わせるリスクがある行動はとらないから。
逆光になってゼラフの顔に影ができる。それでも、笑っているのは見てわかり、俺はまた彼を睨みつけた。
「何のつもり?」
「いや、さっき悪かったなって思ってよ。謝罪だ」
「謝罪って顔じゃないんだけど。笑ってるし……用がないなら開放して? それとも、セシルにボコボコにされたい?」
「お前、たまに皇太子を盾に使うよな。ハッ……まあ、どうでもいいが。ニル、お前言わなかったんだな?」
ゼラフは面白いものでも見るようにそういうと、俺の顎を掴んだ。くいっと顔を上に向けさせられたため、俺は少しだけ首を横に向ける。
足の隙間にゼラフの足が潜り込み、俺は少しだけ、つま先立ちになってしまった。
「不確かな情報を主君に伝えるつもりはないよ。それに、君が本当に悪い人間なら、俺はあの場で何としてでも君を殺していた。それと、俺はセシルを巻き込みたくない。絶対に」
「賢明な判断だな」
「俺は、ゼラフのことよくわかんないよ。俺のこと助けてくれるくせに、さっきのは……」
「深入りしないことをお勧めするぜ。お前が、俺のことを詮索しなければ、お前にはなーんにも危害を加えない。つか、俺は、加えないために遠ざけてるつもりだったんだがな」
「何て?」
「ともかく、さっきのことは忘れろ。お前が、忘れてくれりゃあ、それで解決する問題だ」
と、ゼラフは言うと俺から手を離した。
明確に線を引かれた気がしてならなかった。
ここから先は立ち入り禁止だと、ゼラフは俺と彼の間に線を引く。自分は危険なところにいるが、俺を遠ざけるために?
真意が分からない。意図も、何もかも。
守ってくれようとしているのだろうが、気になって仕方がない。でも、今はその言葉を信じて引くしかない。
俺が何もしなければ、セシルが危険なことに巻き込まれることがないのなら。
「わかった、今回は見逃す。でも、君が危険なことをしようとしていたり、罪に問われるようなことをしたりしようとするのであれば、俺は絶対に君のことを止めるよ。俺は、ゼラフを犯罪者にしたいわけじゃない」
「泣かせにくんなあ、ニルは」
「本気で言ってんだよ。一緒に卒業するんだろ? サボってないで、授業いけ! この、サボり魔」
「口がわりぃ。俺のが移ったのか? ほんと、ニルは俺の心をかき乱すなぁ――っと」
俺が、扉から離れた瞬間だった。ドンッ! と扉がけ破られ、肩に当たるかすれすれのところで扉がその場に落ちる。俺は、ゼラフに抱きしめられ、扉から離れることができたので、無傷だが、今のはさすがにやりすぎなんじゃないかと、俺は扉を蹴破ったやつを見た。
俺が離れたのを知って、そのうえでゼラフが俺を守るだろうと予想しての一撃。
「ヴィルベルヴィントッ!」
「……ったくよ。皇太子殿下。人んちの扉も蹴り壊すわ、寮の扉も蹴り壊すわ、どうなってんだよ」
「いいから離せ! ニルは、俺の恋人だぞ!」
「せ、しる。それ、いってよかったの?」
いつもよく一緒にいるゼラフのことだから、気づいているだろうと思っていたが、頑なに恋人だということを周囲に言いふらさないと決めていたセシルが自ら恋人だと口にした。
相当頭にきていたんだろうなとはわかったが、一番ばれたくないといっていた人間の目の前で言うのか……と俺は呆然と立ち尽くすしかない。
「ハハッ……人のもんになっちまったのか、ニル」
「ゼラフ?」
「まあ、奪うことはできるだろうよ……またな、ニル」
「……っ」
チュッと、優しいリップ音が聞こえた。少しカサついた唇が、俺の頬から離れていく。
ゼラフは、追撃を食らう前にひらりと身をひるがえして、去っていく。その赤を見えなくなるまで追っていれば、セシルが後ろからぎゅっと抱きしめてきた。
「ニル、何もされなかっ……何かされただろ! 見てたぞ!」
「見てたんだ……」
「お前は、こういう時に限って、無防備だ。簡単に抱きしめられて……き、キスも……! 自覚しろ、お前がかわいいことを!」
「そ、そこ? え、と、ごめん。セシル。そんな、怒んないでよ……てか、扉弁償だよ」
「そんなことは些細な問題だ。あの、男だけは絶対に許さない。俺のニルを」
「でも、恋人っていっちゃったんだし、牽制になったんじゃない? さすがに、人のものには……わかんないけど」
ゼラフが去っていった廊下の端を見つめ、俺はため息をついた。
本当によくわかんないやつだと思う。近づけば離れていくような、そんな生き物。
セシルは、ちゅ、ちゅっと俺の頬にキスの雨を降らせ、もう一度ぎゅっと俺を後ろから抱きしめた。
「好きなのは、セシルだけだから。大丈夫だって」
「……俺はニルが心配だ。誰かにとられそうで」
「セシル以外に赦さないって。大丈夫。とりあえず、扉壊しましたっていいにいこっか」
「すまない…………」
「いいよ。今回は、俺も悪いから」
俺は、セシルの頭を撫でてから、少しの間目を伏せた。
深入りしなければ、大丈夫。その言葉を信じていいのなら、目を瞑ることにしよう。そう考えて、俺は申し訳なさそうにあとをついてくるセシルの手を取って、職員室まで向かった。
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