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第3部2章 今年最後のイベントとトラブル
05 再び狙われた特待生
しおりを挟むすべての買い出しが終わり、後は皇宮のほうへ帰るだけだった。
セシルに顔を見せたいというのもあったが、明日学校ということもあり公爵邸に戻るよりかはうんと皇宮のほうが学園に近い。なによりも、俺とセシルはルームメイトだし、一緒に転移魔法で登校したほうがいいのだ。ということもあり、許可も得ているので皇宮に泊まらせてもらうことになっている。
セシルの護衛ということもあるし、騎士団長である父と皇帝が仲がいいこともあって特別扱いされている。
まだ、三時くらいだったが日はかなり傾いており、吹き付ける風はとても冷たい。空の色もほんのりと灰色でキレイとはいいがたく、雪が降りそうな空をしていた。
「キルシュさん、やっぱり重くない? 半分持つよ。あと、俺が頼まれていた荷物だし」
「い、いいえ! 大丈夫です。これくらい何のこれしき……」
「めちゃくちゃ、きつそうなんだけど?」
父に頼まれていたものは、調合する前の薬草だった。しかも、帝都では一店しか扱っていない特別なもので値段もグラムでみてもかなり高いもの。
父が薬? と思ったが、すぐに母に贈るものなんだなと分かり、そこでしか扱っていないこともあってほとんど買い占めた。そして、その薬草とは別にすでに粉末状になっている薬も買ったのでかなり重量がある。それと、他にもこまごまとしたものを買ったので、細身のキルシュさんが長時間運ぶのは苦しい重量になっている。
すでに腕がプルプルと震えているし、指先が赤くなっている。
見ているだけで、辛いんだけど、と俺はキルシュさんから、薬のいくつかを受け取り、ついでにセシルへのプレゼントももらった。これは軽いので、持ち運びやすい。
「すみません、ニル様……もっと鍛えます。そして、ニル様と殿下の中を邪魔する輩を吹き飛ばせるほどの筋力をつけます」
「だ、大丈夫だから。それに、キルシュさんはまだ結婚を控えた貴族令嬢なんだから、身体は大事に、ね?」
「に、ニル様あぁあ」
べしょべしょと顔を濡らして、キルシュさんは泣いていた。確か、上位貴族の三女だったはずだ。まだ、結婚も決まっていないというし、身体は大事にするべきだろう。仕事ばかりしていて、手が荒れて痛い思いをしているところをみたくないし。
俺は、そんなキルシュさんを宥めながら、ふと視線を大通りから、暗い路地へとつながる細い道へと向けた。なぜそこを見ようと思ったのか分からないが、いつもの誰かが何かをするにうってつけな暗い場所、と危険な場所を瞬時に察知する能力からかついみてしまうのだ。
(まあ、そこまで治安が悪いわけじゃないけど……)
暴力が横行しているまではいかないが、人さらいはよく聞く。治安隊が警備しているとはいえ、街の隅々まで見えるわけでもなく、人さらいや隠れた暴力というのは絶えない。帝都から離れれば離れるほど、周囲の生活環境の格差からかそういった暴力は増えるともいわれているし。
冬は、日が落ちるのが早いので周囲が暗くなってき、人の往来が減った時間に人さらいは多発して――
「キルシュさん!」
「ど、どうしたんですか。ニル様」
「……先に皇宮に帰ってもらっていい? 重いかもだけど、荷物もよろしく」
「ニル様はどちらへ!!」
「ちょっと、急用を思い出した。セシルにもそう伝えて」
俺は、押し付けるのは悪いと思いつつもキルシュさんに先ほどもらった半分の荷物を渡して、車道へ飛び出し、四つ先の曲がりが度を曲がった。馬車に途中引かれそうになり、怒られたが、俺は足を止めることなく、角を曲がり、細い道を全力でかける。
道は進むほどに細くなり、影に覆われる。俺の横には水路が流れ、水の音と俺の足音だけが響く。
うなじあたりがまたビリリと熱く燃えるように痛む。そういった危険を察知する何かがあるのではないかと疑うくらい、何かあるとそこが痛む。だが、今回ははっきりと見た。見間違いじゃないと思う。
細い路地を直角に曲がり、うっすらと感じていた魔力が濃くなっていく。そして、俺は銀色のリングに手をかけ、美しい氷のような剣を取り出す。地面をさらに力強く蹴り上げ、目の前にとらえた黒衣の男の首筋を狙い、柄で思いっきり叩いた。
ぐあああっ、と男はその場に倒れ、ある少年を取り囲んでいた残りの四人も俺に気づく。男たちの足元に現れた魔法陣に剣を突き立てれば、パリンとガラスが砕け散る音が響き、魔法陣が粒子となってその場に霧散する。
「その子のこと、離してもらえる? そしたら、今だけは見逃してあげるけど」
黒衣の男たちに囲われていた、亜麻色髪の少年はこちらを振り返る。美しいその瞳を潤ませて、整った小さな口で俺の名前を呼んだ。
「ニル先輩っ」
まるで正義のヒーローが来た時のような歓喜と安堵の表情に、少し恥ずかしくもなる。だが、助けるために来たことには変わりないので、彼を安心させるために微笑んであげた。
本当なら、他の攻略キャラが彼を助けるところなのだろうが彼が攻略する予定だった人たちの矢印は、俺に向いているし。攻略キャラを略奪した形になってしまったので、俺はアイネを守る責任があると勝手に思っている。実際に、俺が彼の攻略対象に入っている以上、俺が助けに入ることは必然的なのかもしれないが。
(本当に、良く巻き込まれるなあ……)
ゲーム内でも多々あった描写。
主人公だからトラブルメーカーなのか、それとも他の理由か。どちらにしても、今年に入って何度もアイネは怖い思いをしているのだろう。その旅、誰に助けを求めればいいか分からず、一人抱え込んできたに違いない。俺がそうであるように。
黒衣の男たちは、顔を見合わせ、どうすると次の手を考えているようだった。もちろん、身のが好きなどこちらにはないし、治安隊、もしくは巡回している騎士団に引き渡すつもりでいる。俺がこいつらを制圧した後にだが。
数的不利であり、この間学園内で見た黒衣の男たちときているものが一致している。ゼラフがまた関わっているのか、と嫌な想像は頭によぎりつつも、目の前の任務を遂行しようと俺は気持ちを切り替える。
あの時は、思わぬ形で出くわしたため、反射で対処しきれなかったが、今回の場合は、すでに手の内が分かっているし、人数も確認している状態だ。少しは楽に動けるだろう。
「どうやら、引く気はないみたいだね……残念。でも、その子は返してもらうから――ッ!!」
黒衣の男たちが迷っている間に、俺は切りかかった。
相手が何を仕掛けてくるか分からない状態で切り込むのはリスキーだが、反応が遅れれば簡単に魔法を撃つことも、受け身をとることもできない。それは手練れであってもそうだ。隙をつかれれば、どれだけ強者であっても攻撃をまともに食らってしまう。
男の一人はアイネの手を縛り、残りの三人が俺の動きに対応する。だが俺は、スピードを緩めることなく突っ込んで、低く姿勢をとった後、下から切り上げるような形で剣を振り上げた。男の一人は間一髪交わしたが、後ろによろめいた隙を狙い、俺はそのまま男の腹に蹴りを食らわせる。男は、壁に頭を打ち付け、そのままつるつると壁にもたれかかるようにして気絶した。
相手は、俺のことを舐めていたのか、仲間の一人がやられたことに動揺し、次なる隙が生まれる。俺は、構わず、背後にまわって、先ほどのように剣の柄で思いっきり殴り気絶させていく。残りは、二人。だが、一人が詠唱を唱え、俺を包み込むほどのサイズの魔法陣が足元に浮かぶ。
「お前は、この間の」
「……この間? それって、学園の事?」
「……くっ」
魔法陣の一番脆い部分に剣を突き立て、破壊したのち、そう吐露した男に詰め寄り、顎を蹴り上げ気絶させる。
妙なことをいっていたが、後からいくらでも聞けるだろうと、残り一人になった男に俺は詰め寄る。しかし、その男は、アイネを盾に取り、これ以上近づいたら殺すぞと言わんばかりに威嚇してくる。
アイネは、カタカタと震えており、今すぐにでも助けてあげなきゃという気になる。だが、下手に突っ込めばアイネが傷ついてしまう。卑怯だな、と思ったが、俺が剣しか取り柄のないと思っている輩のようで、俺にとっては都合がよかった。
「剣を置いて手を上げろ。さもなくば、この男を殺すぞ」
「に、ニル先輩。僕は大丈夫ですから」
「早くしろ!」
男は、切羽詰まったようにそういって、アイネの首元にナイフを光らせた。
アイネは呼吸がだんだんと早くなっていき、失神寸前だ。
俺は、周りの男たちがまだ気絶していることを確認したのち、剣をリングに片付け、ゆっくりと両手を胸の高さにあげる。それでいい、と男は勝ち誇ったような安堵の表情を浮かべていた。
「見られたからには、殺すしかない。だが、お前にも利用価値がありそうだ。だから、ついてきてもら――」
「ついていくわけないじゃん。だから、返してもらうって言ったでしょ?」
「な、なんだこの魔法はッ!? 氷、まさか――ッ」
俺が微笑めば、男の足元がピキピキと音を立てて凍り始めた。
先程、走っている最中に魔力増強薬を飲んだところだ。錠剤状になっていたからかみつぶすだけだったが、口の中は苦みで今もいっぱいだ。
でも、そのおかげもあり、小声で詠唱をゆっくり唱えバレぬうちに魔法を発動することができた。男が、俺が剣しか使えない脳筋だと思ってくれていたことが、勝利につながった。
男は、凍り付き始めた身体をひねったが、そう簡単に俺の魔法は解けない。出力は調整してあるため、凍死することはないが、気絶はするだろう。後々、情報を聞きだせればいい。あっという間に男は氷漬けになってしまい、持っていたナイフが地面へと落ちた。それと同時に、アイネも解放され、倒れるように俺に抱き着いてきた。
「大丈夫? アイネ」
「は、はい。ニル先輩が助けてくださったので……えと」
「死んでないよ。ちょっと凍ってもらっただけ。命に別状はない……と思う」
ズキンと、心臓が痛み、思わず顔がゆがんでしまう。それを見逃してくれなかったアイネは、大丈夫ですか、と先ほどよりも切羽詰まったように言う。
(やっぱり、魔法はダメ……かも。これだけでも、心臓に負荷がかかるなんて)
サマーホリデーの事件後、魔法を使うのは極力避けてきた。それも、自身が得意とする氷魔法は、セシルだけでなく、父や母にも止められていた。最近は調子がよかったし、寒さと関係しているのか、魔力量が戻ってきたと思っていたが、また空になる寸前までなくなってしまった。
供給が上手くいっていないのも問題だろう。
俺は、心配させないように「大丈夫だから」と口にして、アイネの方を見た。アイネは、目に涙を浮かべ、怖さからの解放か、それとも俺のことを心配してか泣きそうな表情をしている。
「治安隊呼んでこようか。この男たち、妙だから」
「妙、ですか……確かに」
と、アイネは何かに気づいたように、気絶している男たちを見下ろした。
どうやら、やはりこれが初めではないようだ。学園に来る前からも狙われていたような、慣れているが怖いものは怖い、みたいな空気が伝わってくる。
「ここは危ないから、とりあえず離れよう。君の安全の確保が最優先だし」
「ありがとうございます。ニル先輩」
俺が差し出した手をアイネはきゅっと握った。かすかに震えている手に気づけば、その震えが収まるまでは握っておいてあげようと、俺は心に決める。
そうして、光ある方へと俺はアイネを誘導し、ちょうど近くを通りかかった治安隊に妙な奴らがいると報告した。治安隊は、何人かの騎士を連れてその路地へと向かったが、ついたころにはすでにそこには誰もいなかったのだとか。魔力の痕跡はなかったものの、俺たちとは違う足跡があったようで、人がいたことは確かだと立証された。しかしながら収穫は何もなかったと。
俺の魔法も解かれていたみたいで、彼らがいかに魔法になれ、痕跡を残さないよう訓練されているか分かった。
俺は、皇宮に戻る前にアイネの気づいたことについて聞こうと、近くのベンチに腰掛け、買ってきたクッキーを彼の膝の上に乗せた。
「ありがとうございます。本当に何から何まで……ニル先輩が来てくれなかったら、僕は」
「たまたま通りかかっただけだから。でも、アイネ。一人で行動するのは危険だと思う。君は狙われているっぽいし」
俺がそう説教まがいなことをいうと、アイネは困ったように眉を下げた後「さっきまで一緒にいたんです」と小さくこぼした。そして次に「フィリップと」と一緒に街に来ていた男の名前を口にし、膝の上で小さな手をぎゅっと握りこんでいた。
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