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第4部2章 炎の王女と氷の騎士
01 女装ニル爆誕
しおりを挟む慣れない髪飾り、フリフリと揺れるレース。普段露出しない肩に、シルクの手袋。
「はいは~い、動かないでくださいね。ニルくん」
「うっ……」
小指にリップをつけ、俺の唇に優しく塗るレティツィアを前に、俺は動かないよう、動かないよう体に命令しながら小刻みに震えていた。若干の中腰が痛いし、こめかみがぴくぴくと動いている。絶対今、不細工な顔になっているのは分かっている。そのうえ、動かないでと言われた手前、動いたら殺される! と、ナイフを突きつけられている感覚さえして、暴力による拷問よりも、はるかに苦しい拷問に耐えている気分だった。
「……ふぅ、できました。やっぱり、薄い色にして正解でしたね」
「ほう、ニルの良さを残しつつ、引き立てるとは。レティツィアもなかなかやるな」
「そうでしょう。ふふ、ニルくんの恋人のセシルさんにそう言ってもらえるなら、頑張ったかいがありました」
「こ、こういうのって、その、使用人がやるものじゃないの?」
俺を前に、うんうんと出来栄えに感心している二人を見て、段々と恥ずかしくなってきた。
お風呂にいれさせてもらい、その後髪やら、服やらメイクやら……いろいろとされたのだが、それらすべてレティツィアが行い仕上げたので少し驚いていた。こういうのは、普通使用人にやらせるものではないだろうかと。
聞けば、レティツィアは誰かにやってもらうのがあまり好きではなく、独自に技術を身に着け、人に施せるまでになったのだとか。本当に、彼女は第一王女なのだろうか。
まあ、それでも俺たちも皇族、貴族とは言え、学園に通っているからか、自分の身の回りのことは使用人無しでもできるし、逆にそのほうが早いまである。その感覚と近しいものがあるのだろう。
だが、男装するよりも、女装させるほうがはるかにレベルが高いと思うのだが。
「似合ってるぞ、ニル」
「うぅ~~~~~~~~キラキラした顔で言わないで、セシル~~~~」
ああ、と感嘆の声を漏らし、夜空色の瞳にたくさんの星を瞬かせ、セシルは嬉しそうに俺を見ていた。その後ろで、キャッキャッとうまくいったとレティツィアが跳ねており、部屋の中はカオスを極めていた。
レティツィアと約束した、パーティーの当日。
王族専用の化粧室で、レティツィアにドレスアップしてもらうことになった。だが、部屋に入った瞬間、何着かドレスを見せられ、俺はこれを着るのか、と目が回ってしまった。赤に、青に、黄色、黒……初めから選んでおいてくれ、と俺はそれを見て思った。なぜなら、ドレスを見せられてセシルとレティツィアが俺に似合うドレスでもめ始めたからだ。
レティツィアは暖色系のドレスを押していたが、セシルは寒色系のドレスを押していた。レティツィアは、強い赤色! オレンジ! と押したが、セシルは赤が嫌いすぎるので赤色は却下、そして知人の髪の色であるオレンジも拒否し、青色を進めた。しかし、その青はアルチュールに似ているとレティツィアに指摘されたため、それも却下になった。
そして最後に、深い濃淡のある紺色のドレスで、セシルとレティツィアの意見がようやく合致したのだ。決まるまでに三十分以上はかかっていたし、何なら一時間ほどかかったんじゃないかと思うくらい俺は暇だった。でもまあ、選ばれた紺色のドレスは、よく見るとドレスの下のほうにかけてグラデーションになっており、まるでセシルの夜空色の瞳のようだと俺も惚れ惚れするものだった。
――が、ドレスがいくら良かったとしても、俺が着るのか? と、決まったドレスを目の前に怖じ気ずいたというか、やっぱりちょっと、と腰が引けてしまった。
骨格が騙しきれないし、俺も普通に身長はあるほうだとレティツィアにいったのだが、レティツィアにファルファラ王国の平均身長は男女ともに高い! と押し切られたので逃げる口実がなくなってしまった。確かに、レティツィアも身長は高いほうだし、身長が高く出グラマラスな女性もいるので、身長の問題ではないかもしれないが……
「声とかでバレないものなの?」
「私の侍女としての参加なので、黙っておけば大丈夫です」
「何も大丈夫じゃなかった。セシルからも何か言ってよ」
「俺も、変装したほうがいいのか?」
「無視されたし……」
「そうですね。セシルさんも、念のためしておきますか?」
「ふむ、大丈夫だ、問題ない。自分でやろう」
セシルはそういうと、詠唱を唱え彼の頭上に深い青色の魔法陣が浮かび上がる。そして、その魔法陣はセシルを包み、パッと消えたころには彼の髪色は黒に変化していた。
変装魔法など、セシルにかかればお手の物だ。
「さすがはセシル。黒髪も似合ってる」
「ニルと同じ色だ」
「サラッと、恥かしいこと言うなよ……」
長髪の黒髪姿も映えるなあ、なんて俺はセシルを見ながら思い、レティツィアに目を向けた。彼女も一瞬にして魔法で着替えて、王女様だといわれても納得できる装いに変化した。エメラルドグリーンのドレスは、彼女の髪の色と似あっている。
そんなことができるのなら、俺も魔法でやってほしかったのだけど。
いまさら言っても遅いとはわかっているが、着替えを見られたし、キャッキャッ言われながらメイクもすべて見られたわけだから、鑑賞量をとりたいくらいだ。
「でも、俺、今日護衛なんだよね。レティツィアの」
「はい。ニルくん、動いてみてください」
「え? 動くって、どんなふうに」
「いつも通りです。剣を握って少し動いてみてください」
と、レティツィアに言われ、俺は銀色のリングから剣を取り出した。
言われた通りに、周りを見ながら剣を振ってみると、意外にもいつもと大差ない動きができ、俺は驚いて彼女のほうを見た。ドレスで隠れるからと、靴は普段通りのブーツを履いているのだが、それを抜きにしても、ドレスの抵抗や、髪飾りが邪魔だという感覚は一切なかった。
「そのドレス、魔法がかかってるんです。普段の服と大差ない動きができるようにって。私も、ドレスが苦手でよく動いて怒られるので。ならば、動きやすく感じるような魔法を開発すればいいと! あ、ちなみにこれを一緒に開発したのはアーくんです」
「アルチュールと何やってんの……でも、すごいかも。これなら、問題ないね」
ドレス姿で、いつも通り動けるとは不思議な感覚だし、そんな魔法があるのかと疑わしいが、実際動けてしまっているのだからあるのだろう。ドレス自身に魔法を織り込むことで、布の抵抗全てを軽減すると。
これなら、何が起きてもいつも通り対応できるだろう。まさか、ドレス姿の女装男子が護衛だとは誰も思うまい。
はじめは、どんな作戦だと思ったが、こういうことなら納得――
(できないけどね! 普通に、俺を護衛として雇えばいい話なんじゃないのか!?)
女装させて、相手の意表を突くのが狙いかもしれないが、やはり解せぬ。納得しろと言われても、まだ半分以上は納得しきれていない。
二人とも楽しそうなのが、さらに俺の羞恥心を駆り立てるし。
「これで、準備は整いました! いざ、行かんです!」
準備は整ったと、まるで今から戦場に向かうように高らかに宣言したレティツィアは気合十分といった感じだった。
やっぱり、楽しそうなのは気のせいじゃないらしい。
男装王女ではあるが、元から女傑じみた人なんだなと思わされ、俺はなんだかなーと、彼女の少しテンションについていけなかった。
「レティツィアも、剣をどこかに隠し持ってるの?」
「ん? はい。私はここです!」
レティツィアは、自身の胸元に輝いているブローチを指さした。彼女の瞳の色と似ている不思議なブローチからはかすかに魔力を感じ、俺たちのリングと一緒でそこに剣がしまわれているのが確認できた。
空間魔法がかけられている装飾品は本当に役に立つな、と俺は感心しながら自身のリングに触れた。いざとなったら、対応できるように、恥かしい気持ちもあるが、集中しないと。
気持ちを切り替え、俺はよし、と意気込む。
「……って、セシル、何見てんの」
「いや? その格好で『よし』などといって拳を握るものだから、おかしくってな」
「いいじゃん、別に。恰好が変わっても、中身は俺なんだから」
「だが、侍女を装って出席するのだろ? とくに歩き方は気を付けたほうがいい」
「なんで、セシルに言われなきゃいけないのさ」
「バレたらまずいだろ」
正論だ。ぐうの音も出ない。
その通りすぎて反論できずにいれば、コンコンと扉が叩かれ、外側からレティツィアを呼ぶ声が聞こえた。レティツィアは、パタパタとせわしなく足を鳴らし、扉を開けた。そして、使用人から伝言を聞き、少し席を外すといっていってしまったのだ。
本当に風みたいな人だ、と俺はセシルを顔を見合わせた。
「だから、そんな見ないでよ」
「似合っているなと思ったんだ。本当に……きれいだ」
「へえ、じゃあ、セシルは女の人がいいんだ。俺が女だったらいいって思ったでしょ、ちょっとは」
「いや? まあ、確かに、こうしてみるとエヴィヘット公爵夫人に似てなくもないが……似ているな」
「話そらした?」
見慣れないというのもあると思うが、女装している俺に見惚れているのは事実だった。
俺が女の子だったら、今よりももっとスムーズに婚約の話が進んでいたのだろうなと思う。公爵令嬢で、父親が騎士団長。皇族側からしたら、何一つ文句のつけようがない見合っている人間。
時々そう考えてしまうけど、もしそうだったら、セシルは俺を今まで通り隣においてくれただろうかと思ってしまう。
男だからとか、女だからとか、きっとセシルにとっては些細な問題なのかもだけど。世間が、許してくれるかどうかは別だ。特に、皇族との結婚はややこしいし、政治的なことが確実に絡んでくる。恋愛結婚は簡単じゃない。
そういうのもあって、ちょっとトゲのある言い方をしてしまったのだが、それすらもかわいいというように、セシルは俺の手を取って手袋の上から俺の手の甲に口づけをした。
「機嫌を直してくれないか、ニル。俺は、お前じゃなきゃダメなんだ」
「別に、機嫌悪くなってないし。女装した俺に見惚れてることくらい分かってるし。セシルが、俺じゃなきゃダメだって、そんな……分かってる。ただちょっと不安というか、いつもの俺にはもう飽きたのかなーっていう、やきもち的なやつだよ」
「ニルだからいいんだ。ドレスを着ていようが、騎士服を着ていようが、お前の良さは何一つ変わらない。似合っているのは確かだぞ。持ち帰りたい」
「ドレスを?」
「ドレスとお前を。どうやら、今夜ことが片付いたら、王宮の一部屋を貸してくれるらしいしな。ドレスも、持って帰っていいといわれた。報酬だな」
「待って、そんな話いつしたの!?」
用意周到すぎるし、何よりもレティツィアの適応力が高すぎる。俺たちが、恋人同士だからってそんな気を使わなくていいのに。
それと、俺が引き受けると決めた護衛に報酬まで出してくれるなんて……いや、ドレスを持って帰っていいというのが報酬かどうかは微妙なところだが。
いつの間にか、話がうまくまとまっていることに驚きが隠せず、また置いてけぼりを食らった感覚だった。
「てか、終わった後って……セシル!」
「まあ、そういうことだ。とっとと、終わらせて俺は報酬をもらう」
「セシルの報酬じゃないでしょ……いや、セシルの許可があって、一日だけレティツィアの護衛をするっていうんだから、セシルが報酬もらうのは妥当……なのか?」
「細かいことはいいだろう」
「重要なことだと思うけど」
終いには「ニルは細かい」といわれてしまい、俺はそれ以上言い返すこともばかばかしくなってやめた。
まあ、どうでもいいんだけど。
「パーティーか、気が進まないんだよな……」
「ダンスが苦手だからな。ニルは」
「俺が気にしていることを、ずばずばいうセシルは嫌いだ」
「なっ……大丈夫だ、ニルのダンスが剣舞と見間違うくらいだったとしても、俺はそんなことで嫌いになったりしない」
「もう、全部言っちゃってるんだよ……はあ。セシルは、苦手なことないからいいよね。しいて言うなら、方向音痴ってことくらいか」
セシルの方向音痴は今の今まで直そうと思ったが治らなかった。でも、なぜか俺が皇宮の庭園にいるとちゃんと迎えに来てくれる。まるで、俺を目印にしているように。
セシルと少し言い合って、汗が出てきたのでこれ以上言い合いはやめにして、俺は改めてセシルを見た。
黒髪のセシルもやっぱりかっこいい。セシルも、姿かたちが変わろうと、何も変わらない。本質的な部分は。
なんだかホッとして、胸をなでおろしていると、俺の前に彼の手が差し出された。
「何? セシル」
「エスコートをしたい」
「エスコートする人が、そんな真面目に申し込む? なんだか、決闘を申し込むみたいだなぁ。それ」
「うっ……いつも、こういうことをしないから仕方がないだろう。なっていないのは分かる」
「嘘、ちゃんとなってるよ。ありがとう、セシル。ほんと、俺、お姫様になったみたい」
彼の手を取る。一枚手袋をしているだけなのに、こんなにも隔たれているという気になるのは、いつも彼が素手で俺に触れてくれているからだろう。
俺が手を取ると、セシルも安堵したように俺を見た。たまに、酷いこと言うし、よくわかんないこと言うけど、黙っていればイケメンなんだよな。
(好きなのは、顔だけじゃないけど)
そんなふうに見つめ合っていれば、バン! と扉が開かれて、レティツィアが戻ってくる。
そして、俺たちの様子を見て、失礼しました! とまたバン! と扉を閉めたので、俺たちは笑うしかなかった。
これだけ笑えば、緊張もしないだろう。そう俺は考え、彼の手を取ったまま部屋を出ることにした。
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