みんなの心の傷になる死にキャラなのに、執着重めの皇太子が俺を死なせてくれない

兎束作哉

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第4部3章 バカンスと告白とエトセトラ

06 ニルの告白

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 日が沈むと、それなりに寒くなる。

 夏といっても、さんさんと降り注ぐ太陽が沈めば、真っ暗な夜がやってくる。昼間の暑さに比べれば、夜は肌寒いくらいで、上着を羽織っていても衣類の隙間から入ってくる風に身体を震わせる。
 空には月が昇り、満天の星空が黒い空に広がっていた。いや、目を凝らしてみれば、黒一色じゃなくて、水色や青、紫やピンクと様々な色がまじりあった空模様がうかがえる。白いペンキをぶちまけた星空。時々強く光っては、その光を弱めてすうっと闇に消えていく。星の寿命は、俺たちじゃ計り知れないし、地上から見て星は一瞬で消えたようにも思えて不思議だ。この光が届くのが長い年月をかけてやっとと分かっていても、儚く消えていく星を見ても、ああ消えた程度に思ってしまう。その程度の光。


「寝れないのか?」
「……うーん、まあちょっとは。でも、一番の理由は、帝都よりも明かりが少ないから、夜空がきれいに見えるかなって。セシルも眠れないの?」
「お前がいないとな。部屋が別々なこともあって、寂しいし、寒い……ニル、寒くないか?」
「ちょっと寒いかも」


 屋敷の外の、小さな庭で俺は羽織を肩にかけたまま空を見上げていた。小さな噴水が静かに水しぶきを立てている。
 今は十時くらいだろうか。
 いつもと違う場所だからか、それとも昼間のことでいろいろと思うことがあってか、どうにも寝付けず外に来てしまった。セシルは、俺が部屋にいないのを知って慌てて外に出てきた感じか。
 屋敷の客室を一人一部屋と割り当てて寝ていたため、すぐに俺がいなくなったことには気づかなかったはずだが。
 セシルの勘か、それとも彼自身もねむ寝なくて外に来たのか。理由はどちらでもよかった。


「中に入らないか。眠れないなら、中で話そう」
「……ううん、今は外にいたい気分」
「だが……」


 と、セシルは言って口を閉じた。

 俺が何か言いたげにしているのを気づいてしまったのか、彼はそれ以上何か言ってくることはなかった。
 本当はいつ伝えようか迷っていた。それもあってきっと眠れなかったのだろう。


(アイネは、あの後、自分の力をもっとコントロールできるようになって誰かの力になりたいって言ってくれた。口だけじゃなくて、有言実行してくれそうな目で俺たちを見て……)


 俺よりも小さくて、守られてばかりの彼がそんな自分は嫌だといって変わろうとしている。その変化と勇気に俺は魅せられた。
 さすがは主人公だと思ったし、そうじゃなくとも、彼の本質というか、強い部分が前面に現れた感じ……といったほうがいいだろうか。何にしろ、俺はそれに影響を少なからず受けた。
 そして、寿命のことをセシルに話そうと決意した。
 でも、結局目先の楽しことばかりに流されて今日はいいかと思ってしまった。何とも情けない、決意でも何でもないものだった。
 セシルは、寒いな、と呟きながら体を震わせており、俺はこの場にとどめておくのがなんだかかわいそうになってきた。まあ、勝手にセシルが戻ってくれればいいだけの話ではあったが……


「確かにニルの言う通り、星がきれいだな」


 感嘆の声と共に、セシルが星空を眺めているのが見えた。
 その横顔は美しく、同じく夜空を閉じ込めた瞳がさらに輝きを増しているようにも思えた。俺のこと、何も知らないセシル。
 他人が考えていることなんて、普通に生活していたらそこまで考えないだろう。何を抱えていたとしても、それは他人からすればそれこそ他人事だ。
 俺は、夜空を見上げながら、二度彼に見せてもらった夜空を思い出した。
 一回目は俺が前世の記憶を取り戻して必死にあがいているとき、二回目はファルファラ王国で倒れてしまった後。
 広大な夜空を見れば、いくらか気が和らいだ。自分の考えている悩みなんて、この夜空からすればちっぽけなものなのではないかと、そのときはそう思えた。
 何よりも、彼の瞳と同じ色をしている絶えず変わり続けるこの星空が俺は好きだった。
 横で、セシルが一緒に夜空を見上げてくれるのが嬉しくて、温かくて。この瞬間が何よりも好きで、かけがえのないものだった。
 あと何回彼と星空を眺めることができるのだろうか。そう考えてしまったら、急に胸が苦しくなって、指先が震えだす。
 言ってしまえば楽になるものでもない。でも、もしかしたら俺は聞いてもらいたかったのかもしれない。彼に重荷を背負わせることになったとしても、彼なら受け止めてくれるかもしれないと。


「――セシル」
「どうした、ニル。何だ、改まった顔をして」
「俺がつらい時、いつもセシルは俺の隣で星空を見せてくれた。俺が、悪い夢を見てひとり悩んでいた時……その悩みに寄り添って、聞いてくれて、一緒にいてくれた」
「……去年の春休みのことか?」
「うん。この間、俺が魔法を使って倒れちゃったときも、冷たい夜の海で一緒に夜空を見上げてくれた。すごくうれしかったんだ。つらいのはお互い様だけど、それを分かち合ってくれたって」
「ニルのことだ。親身になる」
「セシルらしい」


 ああ、すぐに不安そうな顔になる。

 俺の話題の切り出し方が悪かったかもしれない。でも、それと同時に俺がこれからいうことがきっと辛いものだっていうことをセシルは気づいてしまったのかもしれない。
 その先を言わないでほしいというような顔で俺を見る。嫌な予感が彼にはしていたのだろう。
 夏の夜の冷たい風が吹き付ける。セシルは髪をほどいていたため長い髪の毛が風に吹かれる。銀色の髪は、星屑をちりばめたようにきれいだ。
 黙っているほうがつらいなんて言う言い訳を俺は言うつもりはない。
 きっと母も辛かっただろう。俺に言わなければならないことを黙っていたこと。残酷な事実を大切な人に伝えること。きっと勇気が言ったはずだ。けれど、逃げられないと悟ったから、先に言わなければならないと思ったから、それを口にした。
 今でも、俺の身体のことについて話してくれた母のあの時の顔が脳裏に浮かぶ。
 セシルにこれ以上黙っていることはできない。


「セシル、聞いてほしい。俺、ちょっと黙ってたことがある、から」
「俺に黙っていたこと……?」
「うん……ああ、でも一つ、約束して。俺の話を聞いても、絶対に変な行動はしないで」


 例えば、俺が早く死んで後追いとか。
 セシルは、俺の言葉を聞いて、いまいちピンとこないように眉間な眉をひそめた。ずっと一緒に生きてきた親友の初めての告白だ。何を言われるか、嫌な予感はすれど予想はできないだろう。もし、できているとするなら彼から口にしそうなものだ。
 ごめん、セシル。
 俺は、心の中で謝って、セシルに「お願い、約束して」と再度言った。
 数十秒ほど黙り込んだ後、セシルは「ああ……」と消え入るように言う。言質は取った、と俺はようやくいう決意がついた。
 静寂が俺たちの間に流れる。息が詰まりそうだ。
 風で揺れる毛先の白い黒髪を見て、命の儚さを垣間見る。俺はセシルの隣で、あと何年生きられるのだろうか。


「俺の魔力のこと、魔法のこと……体のこと。俺、ファルファラ王国で、魔法をつかっって倒れたじゃん。それで、髪の毛の色が変わっちゃって。セシルががっかりしてた」
「ああ、そうだな。前々からずっと気になっていたことだ。だが、お前が言いたくなさそうにしていたから、俺はきかずにいた」
「やっぱりそうだった……? でも、言って欲しかったんだよね」
「……内容によっては、聞きたくないことかもしれないと。そう思って、俺もさけていたのかもしれない」

 と、セシルは分かっているように言う。

 さすが、鋭いなあ、なんて感心しつつ俺は彼が聞き入れてくれる姿勢をとったことで、いくらか肩の力を抜くことができた。今言うしかない状況になったからどのみち、後には引けない。


「お前が、覚悟を決めていってくれるというのであれば、俺も受け入れるしかないだろう。どんなことでも……」


 握った拳が震えていた。
 でも、彼は逃げなかった。言わないでくれとも、彼の命令なら俺は口を閉じたのに。強いのは、アイネだけじゃなかった。
 むしろ、俺の心が弱いのかもしれない。
 それがたとえ、強がりだったとしても。セシルは俺を正面から受け止めてくれるんだ。
 臆する必要はない。ありのままを伝えるだけだ。何文字、何百文字程度……? もしかしたら、もっと少ない言葉で伝えられてしまうかもしれないこと。
 心臓がドクンドクンと高速で脈打つ。言いたくないと、口が渇いて、唇が張り付く。いうって決めたくせに、このありさまで笑えない。
 やっぱりセシルを目の前にするとダメだ、と俺は涙がにじむ。言ってしまったら、突きつけることになり、俺もセシルも向き合わなければならなくなってしまう。分かってる、逃げちゃいけないんだ。
 過呼吸気味に俺が肩を震わせ、胸を押さえていれば、そっと彼が俺の肩に手を当て、もう片方の手で俺の頬を撫でた。


「セシル……?」
「ニル、教えてくれ。一人で、抱え込まないでくれ」


 夜色の瞳と目があった。
 自然の広大な夜空なんかとは比べ物にならないくらい美しい瞳。張り付いていた唇が開く。胸に酸素をいっぱい吸い込んで、俺はようやく言葉を紡ぐことができた。


「――俺は、長く生きられないんだ」


 セシルが息をのむ音が聞こえた。
 夜風、そして波の音が先ほどまで聞こえていたはずなのに途端に無音になる。
 彼は口を開き、その後グッと唇をかみしめた。


「……その話は」
「ウィンターホリデーのときに、セシルに話したことはすべてじゃなかったんだ。黙っててごめん……もしかしたら、うすうす気づいていたかもだけど、竜の血は……俺は竜と人間の間に生まれた半竜の子孫だけど。その血は受け継がれたとしても血の力は強大すぎる。ゆえに、すさまじい氷の魔力を持って生まれる代わりに寿命が短いんだって。母上が言ってた……」
「そんな……ことは」


 だが、彼は思い当たる節があるみたいでレティツィアの名前を口にした。セシルの口から彼女の名前が出るなんて思ってもいなかったが、彼女が大丈夫なら、俺も大丈夫だと思いたいのだろう。
 けれど、彼女と俺は違うのだ。


「レティツィアは、どうなんだろうね。詳しい話は聞かなかったけど。でも、帰ってファルファラ王国の王家のこと調べてたら、長くはないみたいだね。とはいえ、それは呪いのようなものだし。俺たちの血は……祝福かもね。レティツィアのように、適合する、適合しないっていう確率がない。けど、彼らと同じように強大な力を持ち、ゆえに制御も難しく、寿命を削る。だから、竜の血は人の手に余るもの」
「……ニルは」


 会話がうまく続かない。わかり切っていたことではあるが、真正面から受け止めるにはかなりの勇気がいる。
 受け止めてくれようと必死なのは伝わってきた。だからこそ、俺も顔があげられない。どんな顔して、セシルを見ればいいか分からないから。
 彼が俺の肩を強く掴んだ。小刻みに震えているのが分かり、彼が爆発しそうな感情をこらえていることがすぐにでもわかった。
 感情的になってはいけないと自分を押さえているのだろう。


「何年だ」
「長くても五十まで生きられるかどうか。それと、魔法を使ったら寿命が削られるって」
「……この間のは」
「髪が白くなって倒れたのは、魔法を使ったから……多分。でも、あんなこと一度もなかった。詠唱も唱えた……けどダメだった。体に負荷がかかって」
「何か方法はないのか?」
「母上は、何も言ってなかった。それに、病気じゃないから。元から遺伝子的に短命っていう……ね」


 長く生きられる方法があるなら俺こそ教えてほしい。でも、現状そんな都合のいいものはないのだから。
 明日死ぬわけでもない。でも、明後日かもしれないしそれは分からない。
 あれだけ三年生の時に死を間近に感じたというのに、寿命という抗いきれない当然の死に俺はおびえている。もちろん、死にかけたあの瞬間たちを忘れたわけではないけど。
 セシルは、何度も何度も口を開いては閉じて。そして、俺の頬に触れている手を震わせ、その温度を失わせていく。
 暗くて顔がよく見えない。
 銀色の髪も、光りを失い夜の闇に溶け込んでしまいそうだ。
 何か言ってあげたいのに、何を言っても彼を傷つけそうで口にできなかった。受け入れてもらうしかない。方法がないのだから。
 楽しみにときた二泊三日のプチ旅行。
 楽しい思い出だけを作ることだってできたはずだ。それでも、これ以上は先延ばしできないと思った。自分たちのための未来のために――なんて、大袈裟かもだけど。


「セシル、俺は――っ」


 ただ何か言おうと思った。でも、感情に任せていってしまえばまた傷つける。そう思ったが矢先だった。
 セシルは俺を真正面からぎゅっと抱きしめた。俺が壊れるんじゃないかってくらい、強く、強く。けれど、その体は震えていた。彼の熱を間近に感じ、安心してしまう俺はバカだ。


「ニル……っ」
「……っ、俺、セシルとずっと一緒にいたい。君が死ぬまでずっと隣にいたい……っ、君より早く死ぬなんて嫌だ」


 この告白を聞いて、セシルが何を思ったのか分からない。きっと悲しんでくれているし、苦しくて胸が張り裂けてしまうような痛みを覚えているかもしれない。
 俺を抱きしめてくれるこの温もりと、ちょっとした痛みが……今俺が生きているんだって証だと感じる。
 言いたいことがいっぱいある。別にきっと明日死ぬわけじゃない。それでも、将来が暗くて不安でどうしようもない。
 ぽろぽろとこぼれた涙は、頬を伝って落ちていく。どうすればいい? 俺はずっと君の隣にいたいよ。


「ニル……話してくれてありがとう。辛かったな。すまない、一人で抱え込ませて……」
「セシルが、そんなこという必要ないよ……俺が……」
「お前の気持ちも、悩みもわかった。受け止める……胸が、痛い」


 と、セシルは俺を抱きしめながら言う。気づけば俺の肩が濡れていた。セシルも泣いているのだろう。だが、その顔が見えないから分からない。彼がどんな顔をしているかなんて。


「それが避けられない運命であるなら……明日も、明後日も、お前の隣にいると誓おう。ニルが不安にならないように、幸せだと感じられるように。俺の人生をかけてお前を幸せにする」
「何それ、プロポーズみたいじゃん」
「みたいじゃない。プロポーズだ」
「……でも、でも、セシル……俺は」


 冗談のつもりで言ったのに彼は本なようだ。
 俺はその言葉をどう受け止めればいいかわからなかった。嬉しい……皇太子とその護衛という関係から、親友という関係から脱却して恋人同士になった。それだけでも十分で、もし、セシルが卒業後、皇族としての役目を果たすために他の人と結婚しても仕方がないと思っていた。そういうものだっていう認識だった。彼の隣にいられることが俺の幸せだったから。そこは甘んじて受け入れようと。
 でもセシルは違った。
 俺は、セシルの告白をしっかりと受け止めていなかったんだ。
 彼は、感情のまま動く人間じゃない。しっかりと理性があって、先を見据えている。俺の恋人にはもったいないくらいいい男で、完璧な男だ。
 自分の身分のことだってちゃんとわかっている。

 それでもセシルは、俺を――


「今答えなくてもいい。お前が答えを出してくれるまで待つつもりだ。寿命がどうだとか関係ない。いや、短いというのであれば、俺は俺の一生を使ってお前を幸せにする。お前が死ぬその瞬間まで」
「……後追いするっていわれなくて、本当によかった……」
「お前は望まないだろう。ニル」


 耳をくすぐる声は少し震えていた。きっと、セシルは一人になったときのことを考えたんだろう。孤独で、穴の開いた人生になるかもしれないと想像したに違いない。けれど彼は、俺が俺の後を追って死ぬことを望んでいないと分かったうえで、彼なりに答えを出してくれた。
 俺はそれに応えられずにいて。


(ずるいよ……セシルは)


 いつだって欲しいものをくれる。俺はもらってばかりだ。


「ありがとう、セシル。受け止めてくれて……君の恋人になれて、幸せだって今すごく思った」
「ずっと思っていてくれるものとばかり思っていたが。まあ、そうか……それでもいい」


 セシルはそういうと俺の肩を掴み、まっすぐと俺を見た。やっぱり泣いていたようで彼の顔には涙の痕が残っていた。


「改めてお前が好きだ。ニル……これからもずっと」
「……俺も、セシルのことが好きだよ。愛、してる」
「……っ、ニルからそんなことを言ってもらえるとはな」
「つ、伝えられるときに伝えなきゃって思ったの。恥ずかしいけど……でも、後何回言えるかわからないから」
「お前からもらえる言葉はどれも大切だ。ありがとう、ニル。俺も愛している」
「うっ、セシルからの愛してるは、ちょっと重いというか。抱えきれないの……嬉しすぎて」


 そうか? と、セシルは首を傾げた。だが、嬉しそうに笑って、もう一度俺を抱きしめた。
 少し強がっているように見えたが指摘しない。俺を落ち着かせるために言ってくれているのだろうから。俺は、セシルに背中にそっと手を回し抱きしめた。ドクン、ドクンと力強く彼の心臓は脈打っていた。


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