みんなの心の傷になる死にキャラなのに、執着重めの皇太子が俺を死なせてくれない

兎束作哉

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第4部3章 バカンスと告白とエトセトラ

07 進んでいく君

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 俺がセシルにすべて話した日からちょうど一週間が経った。

 サマーホリデーの思い出にと旅行に行ったのに、なんだか苦い思い出になってしまって申し訳ない。それでも、機会を逃したら俺はあの話をできなかった気がするのだ。
 あの日、セシルが受け止めてくれなかったらどうしようと思った。前に死にかけたときみたいに軟禁するっていいだしたら……でも、そうなっても俺は別によかった。セシルと一緒にいられるなら。
 きっと思考がマイナスな方向によっていったのだろう。それと、セシルになら何をされてもいいっていう贖罪と、セシルのやることはすべて愛なのだからと俺は認識しているから。


「エヴィヘット公爵邸の料理長が作るお菓子は格別だな。このお茶もうまい」
「セシル、いつでも家に来てよ。俺は大歓迎だから」
「ああ。ニルと片時も離れたくない」


 エヴィヘット公爵邸に戻り、俺はサマーホリデー中の勉強をすすめつつ、今は家に泊まりに来たセシルと庭でお茶をしていた。
 目の前に置かれた宝石のようなお菓子たち。俺は水色のマカロンを手に取って口の中に入れる。ねっとりとした生地に、くちどけの酔いガナッシュがいいアクセントとなっていておいしい。
 お茶は少し甘めのフルーツティーで、セシルの苦手なものだ。だが、セシルは文句ひとつ言わずに飲んでくれている。
 セシルはあの日からさらに俺に優しくなった。無理しているのが目に見えてわかって申し訳ない。
 俺の心の中はずっとそんなモヤモヤとした気持ちでいっぱいだった。
 明日死ぬわけじゃなくても、近い将来訪れる寿命に今からビクビクおびえているのだ。死亡フラグを幾度となく回避してきた。しかし、フラグでもないただの運命に俺は打ちのめされた。
 死ぬのはやっぱり怖い。


「……ニル? どうした?」
「えっ、ああ、ううん……ごめん。いっぱい気を使わせてる」
「そんなことは考えなくていい」
「でも、セシルが無理してる見てて分かるから……」


 こんなことを言いたかったわけじゃないのに、つい口に出してしまった。そのせいでセシルは申し訳なさそうに眉を八の字に曲げた。


「すまない」
「……ごめん、俺」
「いい。俺がしたくて、お前に尽くしているんだ。ニルは何も気にすることはない。それに、あと半年じゃないか」
「半年?」


 俺が聞くとセシルは、ああ、と答えた。少しだけ顔が明るくなり、セシルは笑う。
 俺もそれにつられてぎこちなく笑えば、セシルは話を続ける。


「卒業式だ」
「ああ、そうだった。あと半年なのか。早いね」


 セシルの言う通り、半年後には卒業だ。
 前世を取り戻した当初は、卒業なんてまた夢の夢だと思っていた。それでも、幾度となく死亡フラグをへし折って、ゼラフや、アルチュール……アイネやフィリップ、レティツィア――いろんな人と関わることができて、四年生にもなった。この間の留学だっていろいろあったけど、いい思い出になったし。悪い思い出ばかりじゃなかった。
 思い出せばどれもかけがえのないものだ。そして、必ず思い出の中にセシルがいる。
 暗いことばかり感があえて、未来のことにおびえてしまっていたが、少し先のこと、目の前のことに目を剥けるのが一番だと思った。なるようになる。俺は切り替えて卒業のことを思い浮かべていた。


(……って、こっちもいろいろ問題だらけじゃん)


 まだ卒業後のビジョンが見えていない。
 俺たちは半年留学をしたため他の人よりも進路研究が遅れている。といっても、セシルに対しては即位式を経て皇帝になって、サテリート帝国を統治するという仕事が課されるわけだし。俺も、順調にいけば帝国騎士団に入って、ゆくゆくは父の後を継げれば。それと、エヴィヘット公爵家も継がなきゃ。


「あ……」
「今度はどうした?」
「ううん。卒業かーって思って。セシルとは離れ離れにはならなさそうだけど、みんなとはって」
「そうだな。ニルは、俺よりも親しい人間がいるしな」
「セシルだって、なんだかんだ言ってアイネやフィリップと仲いいじゃん。それと、皇帝になったもうゼラフと喧嘩できないしね」
「なっ!? あんな奴いないほうがいいだろう。顔を合わせないと思うとせいぜいする」


 ゼラフの名前を出した途端これだ。どれだけ嫌いなんだ。俺はくすっと笑ってしまい、紅茶に口をつける。フルーツの甘さが下に広がっていき、幸せな気持ちになる。
 確かに、みんなと離れ離れになるのは寂しい。もう学生だからっていう言い訳も使えなくなるし、学園での生活も残り半年ほど。
 あっという間すぎて、もう少し学生でいたかったなって気持ちが強くなる。


「でも、ゼラフはどうするんだろうね」
「……ヴィルベルヴィント公爵家を継ぐんじゃないか? まあ、あいつが継げるかどうかは知らないが……あんな問題児が」
「順当に言ったらいけると思うんだけど……まあ、確かに彼、今年で二十一だしね」
「あいつが、留年するからだろう……俺たちには関係ないことだ」


 そうえいば、ゼラフについて知らないことが多いような気がした。一年半と一緒にいるが、彼のプライベートなことはあまりよく知らにあ。もちろん、知られたくないっていう本人の希望もあるだろうが、これだけ一緒にいても、ゼラフの言動は未だに理解できない。ゼラフのすることすべて本気なのか、冗談なのかも。
 前は魔塔に就職をって言っていたが、多分魔塔に就職してほしいのはヴィルベルヴィント公爵ではなくズィーク卿のほうだろう。ヴィルベルヴィント公爵とズィーク卿の仲も分からないが、あのゼラフが魔塔に就職するというのは想像がつかない。これほど、魔塔は危険だという話が出回っているというのに、わざわざ俺たちの敵になるような道は選ばないだろう。
 何にしろ、俺たちは将来を考えなければならないところまで来ている。貴族だから、基本的には家を継ぐこと、そして結婚して子孫を残すことがセオリーだが……

 俺はちらりとセシルを見る。彼は優雅にお茶を飲み、フロランタンに手を伸ばしていた。


(俺と、セシルの関係……いつまで黙ってるんだろう)


 セシルが皇帝に即位するということは、後々結婚して子孫を残さなければならないということ。いや、即位式の前に婚約ということもあり得る。
 セシルは俺に隠し事をしないので、すでに婚約が決まっているだのそういう話があればしてくれるはずだ。口止めされる可能性はもちろんあるが、俺と違ってセシルは基本的に何でも話してくれる。
 前にセシルの机の上に婚約者候補の令嬢の書類が乗っていたが、乱雑に積み重ねられていたところを見ると、興味がないらしい。

 俺とセシルは恋人同士だが、婚約者同士ではない。俺たちの間の関係であり、何の拘束力もないのだ。

 ゲームではアイネと婚約者になって結婚……と簡単にいっていたように思うが、現実、そんなに甘くない。
 セシルが俺を選んでくれるとして、いつかは公にしないといけない。そのとき、どんな反応をされるか怖くて仕方がない。きっと反対する人は多いだろう。
 俺の家は、俺の幸せを願ってくれているから、セシルとの交際は認めてくれる。父は、何だったら親戚の子供を養子にとって公爵家を継いでもらってもいいといってくれている。でも、この世界は父や母のように優しい人ばかりじゃない。


「セシル、結婚は……」
「結婚?」


 つい、思っていたことが口に出てしまい、俺はまずいと口を覆う。
 セシルはお菓子をつまんでいた手を止めて俺のほうを見た。ドクン、ドクンと心臓が脈打つ。気になっていたけど、今その答えを聞きたいわけじゃない。


「えっと……将来のこと考えていて。進路、とか」
「そうか」
「……セシル」
「式はいつにする?」
「え?」


 俺は思わず聞き返してしまった。
 セシルは今、何といったのだろうか。


「お、俺の聞き間違いだったらあれなんだけど。式はいつにするって……言った?」
「ああ」
「そっか……じゃなくて、ええ!? え、え、式はいつにって」
「ああ」
「ああ……じゃないし。本気で言ってるの?」


 セシルを見れば、真剣な顔で俺を見ていた。まあ、セシルが冗談でこんなことを言うような人間じゃないことはよくわかっている。でも、そんなふうにあっさりと言われてしまい拍子抜けというか、驚きの感情がすごい。
 だってそれは簡単なことじゃないだろうから。
 セシルの夜色の瞳には揺るがぬ意思が見て取れた。ああ、本気で言っているんだなと思い、グチグチしていた自分がバカバカしくなる。だが、俺の思っていることも間違ってはいないはずだ。


「本気で言っている。こんな大事なこと……嘘をつくわけないだろう」
「そ、そりゃそうだけど……でも、簡単なことじゃないでしょ」


 忘れそうになっていたが、俺たちは表向きは護衛と皇太子という関係だ。身分差がある。
 それに、俺は男で子供を産めない。子供を産めずとも子供を授かる方法はなくはないが、その方法はかなり険しい道のりだ。今の俺じゃきっと子供を授かる前に命が……
 セシルもその方法をとろうとは考えないはずだ。何よりもセシルがそれの危険性をよく知っている。生まれた子供がどんな目をむけられるか、その身で痛いほど感じている。
 卒業すれば、学生同士の恋じゃなくなる。必ず大衆の目にさらされることになる。
 俺はまだその覚悟が足りない気がする。だからと言って、今の幸せを、セシルの隣を譲りたくない。けど、でも――


「簡単じゃないことは承知の上だ。どれだけの目にさらされようと……それでも、俺はニル以外に考えられない。お前は違うのか?」
「俺は」
「……俺が他の人と結婚しても、ニルはいいのか?」
「いいわけないじゃん」


 ずるい質問だ。そんなの、いいわけないに決まっている。
 セシルはその答えを聞いてにこりと笑った。本当に分かっているのだろうか。俺たちが目指す道に、どれだけの障害があるのか。その険しさは、今の俺たちには計り知れないだろう。
 それでもセシルは、俺以外は嫌だといってくれる。きっと彼の中で、俺に告白したときからずっと決めていたのだろう。俺は、セシルの覚悟を見誤っていたのかもしれない。
 紅茶に波紋が広がる。不安な顔がそこには映り、波打った。


「あと半年の間に考えてくれればいい。もしも周りに否定されたとしたら、そのときは俺が皇位継承権をネーベルに譲ろう」
「セシル、待って!」


 ダン、と俺は思わず机をたたいて立ち上がった。セシルは物怖じせず俺を見ている。
 先ほどからセシルはあまりに無茶なことを言いすぎている。無茶、というか、一周回って怖いことだ。
 俺はあたりを見回し、誰もいないことを確認して着席した。
 セシルがどんな思いでこれまでがんじがらめの教育を受けてきたか知っている。彼の苦労も、苦しみも。それは、いずれ皇帝になるためにとセシルの決められた道。彼はそれを拒絶することなく生きてきた。辛くても、苦しくても。彼は乗り越えてきた。
 それなのに、俺のために皇位継承権を弟のネーベル殿下に譲り受けるというのだ。
 そんなのセシルの十九年間を棒に振るようなものだ。意味なんて……


(俺のため……)


 セシルは誠心誠意、俺と向き合って、それほどまでに愛してくれている。俺が返せるものなんて何もないのに。いや、見返りなんて求めていないんだろう。
 それは、これまで彼が生きてきて初めて欲しいと思ったものだから。自由のない生活、決められた道、過度な期待と重圧。
 セシルがそんな不自由の中で見つけた唯一欲しいもの。自分の意思で決定した、抱きしめたものだ。俺が否定するのもおかしな話だ。


「……ごめん、今のは撤回。でも、セシルがそこまで考えてくれていたんだって、俺、ちょっとまだ信じられなくて。嬉しいよ。けど、セシル……君は王になるべきだ。その素質がある」
「素質なんて関係ない。ただ言われたことをこなしてきただけだ」
「セシルにとってはそうかもね……もう少し考えさせて。ごめん、今答えを出せなくて」
「いや、いい。時間はあまりないが、焦るものでもない。焦らせてお前の判断を鈍らせるのもいけないしな。ニルの出した答えを俺は尊重する」
「……ありがとう、セシル。本当に君はいつも俺のことを驚かせてくれるね」


 なんだか遠い人になってしまったようで少し寂しい。
 俺は自分の寿命について告白するのでやっとだった。けれどセシルはそれを受け止めて、そのうえで俺を愛してくれた。寿命よりも、今を大事にして幸せな思い出を作ろうとしてくれるセシルに応えたい。
 俺も早く答えを出したい。セシルとどうなりたいか、どうなっていきたいか。
 そんなふうに話し合いが終わり、お茶を片づけようとすると、エヴィヘット公爵家の従者がこちらにやってきて、俺に耳打ちした。どうやら、母が公爵邸に来ているらしい。


「どうした、ニル」
「母上がこっちに来ているんだって。珍しい……セシル」
「行ってこい。俺も後で追いかける」
「……ううん、一緒に来て。何かあったのかも」


 母がここに顔を出すなんてよっぽどな気がした。とはいえ、従者の口ぶりからして緊急のようではないらしい。元から、母はここを訪れるようだった。知らないのは俺だけだったか。
 俺は立ち上がり、セシルに確認をとった。セシルは、一緒についていくといってくれ、俺たちは庭を後にした。


(いったい何の用だろう……)


 嫌な胸騒ぎはしない。ただ、母がここに顔を出すのはとても珍しいことだった。俺に話し忘れたことでもあっただろうか。それとも、単に近くに来たから寄っただけ?
 ウィンターホリデーから早半年経つので、あうのは半年ぶりだ。母に会えることは楽しみにしつつも、先ほどのセシルとの答えも考えたいと複雑な気持ちだ。
 俺は、母の待つ応接間へと慎重に足を進めていくのだった。


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