みんなの心の傷になる死にキャラなのに、執着重めの皇太子が俺を死なせてくれない

兎束作哉

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第6部1章 君の隣で歩みだす未来

05 宝物

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 もし、母がいてくれたらこの話をもっと深く理解することができただろうか。


(いや、母は竜のことを嫌っていたから、すべてを知っていたわけじゃないと思う……むしろ、知識として入れたくないとすら思ってたんじゃないか……)


 ディーデリヒ先生の話は、難解なものだった。
 彼は、魔塔にスパイとして潜り込んでいただけではなく、魔法をあがめ研究する機関に属している人間だ。もちろん、あの神話時代に大陸を脅かした三体の竜についても詳しいだろう。
 三体の竜と言えば、氷帝フリーレン、雷帝トネール、炎帝フィアンマの三体である。
 そこから、飛竜という竜種が残り現在騎士団で買われている。魔法科にもその授業があり、飛竜たちの小屋もある。


「竜はもともと、繊細な生き物だ。人間の負の感情や、その地に漂う魔力にあてられやすい。気性が荒いのは繊細なせいだ」
「現代に生き残っている飛竜も、似たような性質をしているように感じます……それで……でも、元となった祖竜、三体の竜はいないはずですが?」


 俺の血……母の家系はにわかには信じられない話だが氷帝と人間の間に生まれた存在で、その血を絶やすことなくつないできた。また、ファルファラ王国はフィアンマの腕を所有し、その血に適合する人間を見定めていた。王族であるレティツィアはその地に適合した、後天性の竜の血を引く王女だ。
 母方の家族の生き残りがいれば、竜の血を利用するということも可能だろうし、ファルファラ王国の王族にも他に適合者がいるかもしれない。
 竜がいない今、竜の力を利用しようとするなら、俺やレティツィアを狙う人間がいるということではないだろうか。


「エヴィヘットくんは、もしや祖竜から飛竜の間に何もないと思ってはいないか?」
「え? 違うんですか」


 俺が聞き返すと、ディーデリヒ先生は、これまた冷たい目で俺を見てきた。
 こういう歴史の話は苦手だ。


「祖竜は、氷帝、雷帝、炎帝の三体とされているが、その三体の血を引き継いだ竜がいるんだ。その竜たちが時を経て、ただ飛ぶことしかできない飛竜へとなり、今の姿になっていると」
「つまり、祖竜には子孫がいると? でも、その竜も生きているとは限らないんじゃないですか? 飛竜しか残っていないってことは」
「それが、そうとも言えない。三体の竜よりかは災害の規模が小さいものの、確実に力を持った竜がまだこの世にはいるとされている」
「大きいだろうに、いったいどこに……」


 ディーデリヒ先生の言い方から察するに、その竜はまだどこかで生きているということ。だが、大陸を沈めるほどの災害規模を持つ三体の竜より小さいにしても、かなりの大きさなはずだ。飛竜ですら大きいと思うのにそれよりも大きい、原種に近いとなると、その竜はすぐに発見されるのではないかと思った。


「それが分かれば苦労しない。とにかく、話を戻すが、竜を支配下に置く秘術があるのだ。それがこの本に記載されていた」
「……と、過去形ですけど」
「その二重スパイの男に破られたのだ。秘術はあるらしいが、そのページだけ抜き取られたのだ。そこから、竜を支配下に置こうとしているという推察をした。そんな秘術、すぐに発動できないとは思うが逃げ回っているうちに完成されたら大ごとだ」
「まあ、そうですよね……」


 ディーデリヒ先生は、先ほどから俺が分かる人であるように花あしているが、全くついていけない。
 要約するに、二重スパイは竜を支配下に置こうとしており、その秘術、方法を知っている。もしかしたら、現在もどこかで生きているかもしれない祖竜の始祖を用いて、何か事を起こそうとしているかもしれない……と言ったところだろうか。
 もしくは、俺やレティツィアのような竜の血を引くものを狙っているとか。


「そういうことだから、気を付けてほしい。エヴィヘットくん」
「……俺が、竜の血を引くものだからですか?」
「ああ。それに、君の息子も狙われるだろう」


 茜色の瞳が細められる。
 俺は、その言葉を聞いた瞬間、こめかみがピクリと動いた。
 俺が狙われるならまだしも、俺の血のせいでフィルマメントが危険にさらされることはあってはならない。


「待て、エヴィヘットくん」
「何ですか。ディーデリヒ先生」
「……君たちに子どもが生まれたことを、改めて祝っていなかったと思ったんだ」
「はい?」


 神妙な顔つきで俺を見たかと思えば、ディーデリヒ先生は空気をぶち壊すかのようにそのような言葉を発した。
 一気に、俺の中の邪気が払われ、は? という、なんとも間抜けな反応をしてしまう。ディーデリヒ先生は、口元に手を当てた後「出産……にはならないかもしれないが、祝いの品を、エヴィヘット公爵邸のほうに送ろう」と何度か頷いていた。


「皇宮に直接でもいいです。迷惑はしないと思うので。それで、俺たちの子どもが狙われるかもしれないって、本気で言っているんですか?」


 母の家は、これまで近親相姦を繰り返し、氷帝の血を濃く残し続けた。しかし、母はそこから離反し父との間に俺を産んだ。そして、俺はセシルとの間に子どもを授かった。となれば、フィルマメントに受け継いだ氷帝の血というのは、かなり濃度が薄くなっているのではないか。
 だからこそ、狙われるなら俺のほうじゃないかと思うのだ。
 これは、フィルマメントが狙われているかもしれないという事実から目を逸らすための言い訳に過ぎないのかもしれないが。
 ディーデリヒ先生を見つめていれば、失礼、といい彼は座り直す。


「あくまでだ。はっきりと狙われるかどうかも分からない。ただ、用心して多くことに越したことはないだろうという忠告だ」
「はあ……ありがとうございます。でも、本当に嫌な話ですよね……終わったと思ったのに、まだ悪意が……」


 竜か、それともズィーク卿がまいた種か。
 これまで潰してきたと思っていた悪意がまた芽吹いているように思えた。どこまで広がり、侵食し、そして、どこから俺たちを狙ってくるかもわからない。
 貴族社会という常にお互いを監視し、上げ足を取ろうと、自分が有利になることを考えている政治的な人間の欲の世界。俺たちが戦うのはそれだけだと思っていたが、どうやらまだほかにもあるらしい。


(フィルが狙われることは絶対にあっちゃいけない。そんなの、絶対に……)


 ディーデリヒ先生の忠告がなければ、確実に俺たちはそういう悪意に気づかず生活していただろう。そして、手遅れになっていた可能性だってある。
 現段階では不明な点が多いが、ディーデリヒ先生はこれからも調査を続けることだろう。


「情報を、これからもくれるってことで見ていいんですよね」
「ああ。我々の組織としても、あの憎き元管理者の意思を継ぐものがいるというだけで目障り極まりない。それに、竜の災害についてはよく知っている。ただ、竜は神聖なものであり、人がどうこうするものではないと。魔法で、竜を封印したとはいえ、竜たちは暴れた後に眠りについただろうとも言われている。本当に災害のような存在なのだ。その災害に巻き込まれ、残った者たちがまた文明を築き上げていく。それでもよかったが、我々の祖先は、その地点の文明を守るために魔法を用いて竜を封印したのだ」
「……竜は、人の手に余る存在。だからこそ、それを支配下に置こうなんてお門違い……禁忌に触れるってことですよね」
「ご名答。我々も、竜を神聖視する気持ちがないわけではない。だからこそ、その竜を汚すような輩は生かしてはおけないのだ」


 と、ディーデリヒ先生は強く言った。

 俺の知らないところで、知らない話が繰り広げられている。
 でも、それは俺たち人類を揺るがしかねないことであり、過去から現代まで続いてきたこと。人間の業は底知れない。いつの時代もそうなのだ。


(竜を支配下に置く秘術……か)


「この話は、セシルに伝えてもいいんですか」
「かまわない。むしろ、共有していたほうが何かと分かりやすいだろう」
「確かにそうですね。ありがとうございます。ディーデリヒ先生。わざわざ、公爵邸まで足を運んでもらって」
「何もなければそれでいい……君たちは、これまで多くの悪意にさらされてきただろう。そして、自分たちでそれらに立ち向かい、打ち取ってきた。その勇気に感動させられた。だからこそ、これ以上悪意にさらされないよう私は祈っているのだ。一教師として、君たちの幸せを望むものとして」
「ディーデリヒ先生……」


 彼の言葉を聞いて、胸の奥が熱くなる。
 感情が表に出ないし、抑揚のない声で話すけど、ディーデリヒ先生なりに、俺とセシルのことを思ってくれているのだろう。
 俺たちが直接的に関わったのは、進路相談だが、ディーデリヒ先生は以前から俺たちを監視していたのだろう。魔塔に忍び込んだ二重スパイとして。時に、俺たちに攻撃を仕掛けてきたこともあったし。
 幾度となく俺たちを見てきてそう思ってくれたのかもしれない。
 その善意というか、厚意は受け取るべきだろう。


「ありがとうございます。本当に何もないといいんですけど。俺たちにとって、唯一の宝物というか、フィルは……あの子は大切な存在ですから。俺たちが、悪意にさらされるのはいいんです。でも、フィルだけはそうなってほしくない」
「親が持って当たり前の感情だろ。エヴィヘットくんのいいところは、理不尽や悪意に対して立ち向かえるところだろう。そして、何より優しい……ライデンシャフトくんのことも、君は忘れないでいてくれるのだろう」
「リューゲのことですか……? ディーデリヒ先生は、彼と接点が?」
「ああ、少しな。就任してきたとき数回会話した程度だ。そのときにはすでに、騎士科に移っていたが、魔法が好きな学生だったのを覚えている。まだあの時は彼が、魔塔の……魔塔とつながっていた元副団長の息子だとは知らなかったからな。魔塔とつながりを持ったものには警戒していたため、その事実を知って驚愕したのを今でも覚えている」


 ディーデリヒ先生は、昔懐かしむように言う。
 確かに、直接的にリューゲは魔塔とつながりがあったかと言えばグレーゾーンじゃないだろうか。もちろん、魔塔の命令の元、俺を連れ去ろうとしていたわけだが。大本は、魔塔とつながって支援を受けていたメンシス卿の指示によるもの。だから、リューゲ自体は、自分が連れてきた魔塔に属するよごれ部隊の人間について全く知らなかったんじゃないだろうか。
 その中でも、彼は指示を出し、実行犯として任務にあたっていた。


(というか、ディーデリヒ先生……そのときから、俺たちのことみてたんだろうな)


 そのころにはすでにディーデリヒ先生は、スパイだっただろうし、学園への手引きをして自分の存在を魔塔にアピールしていただろう。そこで信頼を勝ち取って。でも、学生や、学園の人間に危害が及ばぬよう調節もしていただろう。


「ライデンシャフトくんは魔法が好きということしか私は知らなかった。そうして、魔塔とつながっていると知ったときには、君を殺そうとしていた。でも、君は家庭環境や彼自身のコンプレックスに向き合い、真正面から受け止めようとしただろう。結果的には、彼は命を失ってしまったわけだが、君はライデンシャフトくんのことを忘れないでいてくれている。そういう人間がいるだけで、救われるんじゃないか」
「言いすぎですよ。俺はただ忘れられないだけ。心の傷っていうか、強烈な記憶というか。リューゲのこと思い出すと、他の悪意ってちっぽけなものだなって思うんです」


 意味が分からず向けられた殺意。
 それに気づいたころには、リューゲは死んでしまっていた。だからこそ、ディーデリヒ先生のように、彼を知らないまま、彼がなくなってしまい、ぽかんと心に穴が開いたようだった。
 埋めようにも埋められない。
 もう、その人はいないのだから。今さら知ったって、生前の彼の影を追うことしかできない。
 ディーデリヒ先生がリューゲの話をしたのは意外だったが、他人の口から彼の名前が出たことに俺はどこか安ど感を覚えた。リューゲが存在したという証があるようで、俺も彼を忘れずにいられる。


「エヴィヘットくんには、本当に驚かされる。メリッサ・ハーゲル……いや、メリッサ・エヴィヘット公爵夫人の息子なだけあるな」
「マグナ・エヴィヘットの息子でもあるんで。俺は、両親のいいところを引き継いでると自負してます。だから、フィルも俺たちのいいところをいっぱい引き継いでると思うんです」
「親ばかだな」
「親ばかですよ。それも自覚あります」


 そう、俺が笑うとディーデリヒ先生も眉を上げてふっと笑った。何とも石が転がったような笑みだったが、ディーデリヒ先生の限界の笑顔がこれなのだろう。
 話はおおよそすんだみたいだったが、お茶をもう一杯どうかと俺が立ち上がったとき、廊下のほうからあわただしい足音が聞こえた。そして、扉の向こうから「ニル様!!」と俺の名前を呼ぶ従者の声が聞こえる。
 俺は、ディーデリヒ先生に断りを入れてから扉へと歩み寄る。切羽詰まったような声、いったいどうしたのだろうか。


「何があ……」
「それが、フィルマメント様が攫われたみたいで」
「は? フィルが?」


 俺の声を遮り、従者が声を荒げた。
 俺は、扉を開けようとした手が止まる。聞き間違いであってほしかった。でも、エヴィヘット公爵邸に仕える従者が嘘をつくわけがない。そんなメリットはない。


(伝達がスムーズ……いや、もう攫われてかなりたっているのかもしれない。でも、何で……皇宮にいたんだろう?)


 頭には様々な考えが浮かんでは消えていく。
 皇宮にいたのに攫われた。皇宮のシステムは? それとも、皇宮で働くものの中に刺客が?
 どれもこれも、ありえない話ではなかった。
 俺はガッと引き抜くような力で、ドアノブを掴む。
 焦ってもいいことはない。そう分かっていても……


「エヴィヘットくん」
「あ……ディーデリヒ先生聞いてましたか? それとも、今回のことは貴方が仕組んだこと?」
「いいや、違う。だが、タイミングがあまりにも……すまない」
「………………一瞬疑ってしまってすみません。まあ、そんなわけないですよね。ただの偶然」


 皇宮の警備は完璧だ。防犯面でもかなりの数の騎士たちが巡回している。
 だが、二年前の春のように、どれだけ防御魔法をかけたとしても、あのセシルの部屋が魔法攻撃を食らって吹き飛んだんだ。可能性はあり得る。
 それこそ、ディーデリヒ先生が言ったような、ズィーク卿の後継となるものが攻めてくれば……突破される可能性も無きにしも非ずというわけだ。


「クソッ……」
「エヴィヘットくん、手伝えることなら手伝おう。君だけでは荷が重いだろう」
「ディーデリヒ先生は優しいですね。はあ……じゃあ、お願いします。俺が暴走しそうになったら止めてください。それと、場所は分かるんで、転移魔法頼めますか」
「了解した。くれぐれも、先走るなよ。ニル・エヴィヘット」
「……はい」


 二言返事で了解してくれ、俺はとりあえず手札を手に入れた。
 フィルマメントには、追跡魔法をかけてある。しかも、二重にだ。だから、どちらかが解除されても、その痕跡は残るだろう。
 すでに、皇宮の騎士たちも動き始めているだろうし、セシルがこの騒ぎを知らないはずがない。


(セシルと合流するのは、誘拐した人間たちの本拠地かな……)


 セシルの心配はしていない。心配なのはフィルマメントのほうだ。
 ディーデリヒ先生が言ったように、悪意の塊たちに利用されるのではないか。
 体の震えは、恐怖からか、それとも怒りからか。
 俺は、雑に髪を結び、銀色のリングから剣を取り出した。それを、腰のフォルダーにしまい靴ひもを結びなおす。


「ディーデリヒ先生、援護もよろしくお願いします」


 俺の言葉に、ディーデリヒ先生は静かにうなずいた。


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