みんなの心の傷になる死にキャラなのに、執着重めの皇太子が俺を死なせてくれない

兎束作哉

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第7部1章 大人になっていく僕らの試練

09 冬のような春

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「ニル、ココアをいれたのだが飲むか?」
「えっ、セシルが?」
「何故そこまで驚く……俺が、ココアもいれられない人間だと思っていたのか」
「あーえっと、そうじゃなくって。珍しいなって思って。いやいや、全然。セシルだってココアぐらい入れられるもんね! うん!」
「……それは、俺はどう受け止めればいいんだ?」


 マグカップを持って現れたセシルは、俺に飲むか? と言ってそれを差し出した。
 マグカップからは黙々と白い湯気が立ち込めており、甘ったるい匂いも漂って来る。
 ちょっと本音が漏れてしまったが、うまくカモフラージュできただろか。


(だって、皇太子であるセシルがココアをいれてきたんだよ? さすがにびっくりするって……)


 そう思うのは俺だけなのかもしれないが、セシルは俺にマグカップを渡した後、俺の隣に腰を下ろした。
 ふぅ、と息を吐けばココアの湯気とは別に白い息が虚空へと吸い込まれていく。
 俺たちは今日の分の調査を終え、天幕へと戻ってきた。火が燃える焚き木に手をかざしながらかじかんだ指先を温めていた。
 季節は春だというのに、ここは冬真っただ中のように寒い。夜になれば、その寒さは異常なまでに下落し、火に手をかざしているだけでは指先の震えを収めることができなかった。
 俺は受け取ったマグカップに口をつけて匂いを嗅ぐ。暗がりで少しわかりにくいがミルクがたっぷり入れられたココアというのが分かった。


「セシルのも一緒?」
「俺は少し甘さを控えた。もともと、甘いものは得意ではないからな……本当は、一緒のものが飲めたらいいが、そうはいかない」
「そっか。でも、無理して飲まなくてもいいんだよ。人には好き嫌いあるしね」
「だが、ニルと一緒に美味しいものを共有できたらいいと思っている」


 セシルは、俺に身を寄せながらそう言った。
 確かに、彼のカップから香るココアは少し苦みのきいた匂いがする気がする。彼の好物は、甘さが極限まで控えられたほろ苦いティラミスだ。彼はそれをよく好んで食べている。
 だが、進んで甘いものを食べるタイプではない。食べること自体は好きなのだろうが、甘いものだけは前からあまり食べない男だった。
 俺は紅茶に砂糖を入れてしまうタイプだが、セシルはだいたいストレートだ。


「そう思ってくれるだけで嬉しいよ。俺、この間セシルがブラックコーヒー飲んでいるの見て、大人だなあって思ったから。俺は、ブラックで飲めないし」
「まあ、だいたいコーヒーはあまり好まないがな。紅茶のほうが好きだ」
「そうなんだ。また、セシルのこと知れた気がする」


 ズッと俺はココアをすする。
 体の芯まで温かくなるような甘さが口の中に広がっていく。しかも、俺に合せて甘さがかなり調節してあるのが、さすがセシルだと思った。彼は本当に俺のことをよくわかっている。
 俺も、彼に寄りかかりながら燃える火を見ていた。時々、パチ、パチと火の粉が飛んでくる。


「調査、あと三日ほどだっけ」
「ああ。この寒さの中、風邪をひかなければいいが……それに、フィルのことも気になる」
「去年のハネムーンと違って、自我が強くなってたからね。俺たちが調査に向かうの知って泣いちゃってたもんね」
「そうだな……フィルの泣き顔を見ていると、胸が苦しくなる。早く帰らねばと思うんだ」


 セシルは、コップをぎゅっと握りしめてそういった。
 彼の横顔を見ていれば、どれほどフィルマメントのことを大事にしているか伝わってきた。フィルマメントはまたいやいや期に入ってしまって、セシルのことを高確率でたたいたり、無視したりするけれど、本気で嫌っているわけじゃない。それを、セシルも分かってきたからこそ、そんなフィルマメントの行動一つ一つが愛おしくてたまらないのだろう。俺だってそうだ。


(でも、あの子を連れてきたらそれこそ風邪ひいちゃうだろうな……)


 俺の血を半分受け継いでいるのもあって、寒さには強いかもしれない。そうはいっても、一歳児なわけで。俺たちもずっと彼を抱きかかえながら調査をできるわけでもない。
 だから、置いてくるしかなかった。
 騎士団長である父もこの調査に同行しているため、皇宮の警備はいつもより手薄になっているかもしれない。何せ、俺の父が一人いるだけでも刺客は恐れて襲ってこないから。
 でも、だからこそ気を引き締めて警備に当たっているとは思うのでそこは心配ない。

 今や、あの子を狙う人間がいるとすれば皇族を揺する目的だろうし、魔塔のようなフィルマメントの中に流れる血を利用しようとする輩はいないのではないかと思う。新魔塔の体制もなかなかいい感じだし、このまま平和であってほしい。
 戦争や、竜、災厄が訪れないことを祈るしかない。
 大陸を超えた先にある敵国との仲は決していいものとは言えないが、大陸を越えなければならないという不便上、すぐに戦争に発展することはないだろうとの予想だ。


「フィルにも、ココアいれてあげるの?」
「あいつは、甘いものが好きだろうか。ニルに似ているから、甘いものが好きそうではあるが」
「えーセシルに似てるよ。だから、甘いもの苦手かも。あっ、でも、離乳食美味しそうに食べてたし、今のところ好き嫌いはしてないみたいだよ」
「本当か? ははっ、そうだな。二人に似ているからな。何が好きか、これから知っていきたいな。たくさん食べて、大きくなってほしい」
「そうだね。ちょっと、ネタバレ……というか、未来を見ちゃってるからあれだけど、俺たちより大きくなるしね」


 もう別の未来に帰ってしまった俺たちの息子は、俺たちよりも身長が高かった。ゼラフほどではないにしても、セシルを抜いていたのが驚きだ。


(すごくイケメンだったなあ。セシル似の……)


 未来が未来なだけに結婚や恋愛といったことにあの子は重きを置けなかったのだろうけど、平和な未来だったら引く手あまただろうとは思う。もちろん、皇族であるため簡単に結婚できるわけでもないのだが、注目の的になることは間違いない。


「成長すると、ますますニルに似ていると思った」
「セシルじゃない? スッとした鼻とか、目元とか……あの子は、呪いで髪の色がああなっていたのか、それとも寿命のことがあってああなっていたのかは知らないけど……俺たちの今ここにいるフィルは黒髪だけどね。それ以外は、けっこうセシル似じゃない?」
「瞳の色はそうだが。笑うと、ニルみたいだと俺は思ったぞ? あの、幼い感じは。笑うと幼く見えるのは、ニルの笑顔だと俺は思った」
「お、俺、笑うと幼いの?」
「ニルは年をとっても変わらなさそうだな」


 セシルはそう言って俺の頭を優しく撫でた。
 童顔と遠回しに言われて、どんな反応をすればいいかわからなくなる。嬉しいような、嬉しくないような……まあ、年の割に若く見られるのはいいことだとは思うが、それで舐められたらいやだなとは思った。


「俺たちの子どもはどんなふうに成長するかは分からないけどね。あれは、別世界の未来の姿だから。髪の色だって違うかもだし、服のセンスとか、好きなものも違うかもしれない。どんなふうに成長するか楽しみだなって、今から思うよ」
「そうだな。どんなふうに育っても、幸せだって思ってくれればそれでいい。俺たちが、フィルが寂しくないように愛情を注いであげなければな」
「うん。彼が寂しくないように……ね」


 今は置いてきてしまっているが、仕事上仕方がなことだ。
 きっと、これからも仕事上離れ離れになるときがくるだろう。フィルマメントも未来の王としての教育が始まるだろうし、それが嫌で逃げ出してしまうかもしれない。
 現時点では未来なんてわからないが、彼が幸せになれることだけを俺たちは祈っているし、そうなるように努力したいと思う。


「ふ、あははっ」
「どうした、ニル。いきなり笑いだして」
「ううん。いや、だってさ。俺たち、こうやって二人きりになったときフィルの話するようになったなあって思って。前まで、二人きりのときは、二人の話してたじゃん。だから、これが親になることかって思って」
「そういわれればそうだな。そうか、二人きりか」


 セシルは、一口ココアを飲んで、ほぉっと息を吐いた。
 俺たちの頭上には、美しい星空が広がっていた。いつぞや、彼が見せてくれた星空に似ていたが、あのときよりも澄んで見えたのは空気や、周りの明かりが少ないせいだろうか。
 でも、俺の隣にいる夜空には敵わない。俺が一番好きな夜空はここにある。


「二人きりなんだ。フィルの話ももっとしていたいが、今は二人の話をしよう」
「い、いきなりだね。俺はいいよ。別に、フィルに嫉妬してるとか、そういうんじゃないから。フィルの話はもっとしたいよ。それに! セシルも、フィルのこと知りたいでしょ?」
「もちろん、知りたい。俺は、あの子との時間をあまり作れないからな。俺の知らないフィルのことがあっては困る」
「欲張りさんだね」
「自分子どものことを知りたいのは当然だろう。フィルのこともお前と同じくらい愛しているんだ。天秤にはかけられないがな」
「分かってるって」


 ちょっと向きになって言うところはまだまだ子どもだなと思う。


(そっか。二人きりだもんね……)


「ココア、美味しいよ」
「それは良かったが……ニル」
「何?」
「俺と結婚して後悔しなかったか?」
「二人きりの話題にしてはとっても重いね。聞くまでもないでしょ。後悔していないよ。どうして?」


 もしかして、昼間のことだろうか。
 フロリアン卿に皇太子妃としてみたいに強く言われたから、そして俺は皇太子妃としてやるべきことをしたいと答えたからだろうか。セシルにとって、それが重荷になる言葉に聞こえてしまったのかもしれない。俺に、いろいろと背負わせてしまっているのかもしれないと彼が勘違いしたのかもと、俺は推測した。だってセシルだから、俺に一人で背負わせたくないって思う男だから。
 俺は、ココアを両手で抱えながら「後悔なんてするわけないよ」と重ねて言う。


「嫌だったら逃げ出してるよ……って言いたいところだけど、責任を負った以上は、逃げ出すなんて簡単にできないよね」
「……ニル」
「でも、後悔なんてするわけないじゃん。好きだから結婚した。そもそも、好きでも結婚できない人だっている中、俺たちは自分たちの意思を貫いて、結婚したんだよ。それで祝福されて、フィルも生まれて。俺は、人生最大の運を使い切ったって思ってる。けどね、これからももっと運を使うと思う。セシルとこれからも一緒に歩いていくっていう未来? 幸せ? 俺は、君の隣を手に入れたから、それを守りたい。誰にも渡さないよ」
「……俺だって、お前の隣は奪わせない。そうか、後悔はないか」
「セシルもない?」
「あるわけがないだろう。そもそも、俺がまずお前を好きになったんだ。そして、お前を囲い込んだ。逃げられないように、逃げてしまわないように……でも」
「俺は俺の思いで君を選んだんだよ。不安?」
「……不安じゃない。すまなかった」


 セシルはそう言って俺の頬にキスをした。許して、というような優しいキスだったからくすぐったかったし、恥かしかった。
 時々こうやって弱々しくなってしまうセシルを見ていると、まだまだ、ひとりにできないなと思う。
 俺はいつ死ぬのだろうかという不安は増すばかりで、消えてくれない。それから目を逸らして生きてきているが、いずれ寿命というものにたどり着く。
 セシルは、俺が死ぬとき抱きしめてくれると言ってくれた。死ぬときは、俺の腕の中で死んでくれとも言った。なんだか、それが嬉しくて、今でもその言葉が残っていて。
 俺は、全然後悔していない。
 だから、思わないでほしい。後悔とか、不安とか。全部。


「二人きりなんだから、明るい話題とかどう?」
「この調査が、かなり苦しいものだから、明るい話題を出せない。すまない」
「ぷっ……もーセシルらしいなあ。確かに、この調査は大変だよね。まず、寒い!」
「ああ、すごく寒い。だから、温めてくれ」
「甘えたさんだなあ。セシルのこと甘やかせるの俺しかいないのに」
「お前にしか、甘やかしてもらいたくない」


 セシルは飲み終わったココアを横に置いて俺の腰に抱き着いた。そして、俺の腹に耳を当てる。


「お腹の音がする」
「な、に、恥かしいんだけど」
「落ち着くと思ったんだ。お前の薄い腹、細い腰……ああ、でも太ももはいいな。好きだ」
「ちょ、ちょっと、も~~~~それ、何、どういう意味?」


 セシルは片手で俺の太ももを撫で、際どい部分に指を滑らせた。厚手のズボンを履いているためいつもより刺激は感じない。とはいえ、そんな所触られたら、さすがに変な気が起きてしまう。
 周りには見回りの騎士たちがいるわけで。いや、俺たちは夫夫だからいいけど、限度というものがある。公共の場……じゃないけど、人がいるところでは無理だ。
 セシルは俺の腹にすり寄って「好きだ」、「大好きだ」と繰り返している。こうなったら俺の言葉なんて聞かないだろう。甘えたモード全開のセシルは、どさくさに紛れて俺の股関節部分をくるくると指で撫でまわす。
 俺はまだ少し残っているココアを彼の顔面にこぼさないようにと、震えながら耐えていた。


(うぅ~~~~ダメ、俺こういうの弱い……!!)


 いつも凛としているセシルが甘えん坊になっている。俺にだけ甘えて……いや、俺にしか甘えないのは当たり前なんだけど、こうしてただギュっとされているのでも、愛おしさと母性に似た何かを感じてまずかった。
 セシルのことを撫でまわしたい。俺だって抱きしめたい。それで、ちゅ、ちゅって優しいキスを繰り返したい。セシルにキスしたい。
 俺はグビッとココアを飲み干して、自分の横に空になったコップを置いた。一気飲みしたせいか、少し喉が熱い。舌だって火傷してしまったかもしれない。
 はあ、はあ……と息が切れ、俺はどうにか呼吸を落ち着かせながら、左手で彼の頭を優しく撫でた。月明かりに照らされる銀色の髪にスッと俺の指が沈んでいく。指と指の間に彼の美しい銀色の髪が通り抜け、その旅ふわっといい香りが漂って来る。


(あ、最近一緒にお風呂入っていないからかな……それとも、香水変えたんだっけ……?)


 俺と少し違う匂いがした。それがちょっと寂しかった。俺と同じ匂いでいてほしい……なんて、ちょっと強欲すぎるだろうか。


「セシル、香水変えた?」
「ん? ああ、そうだったな。フィルが、前の匂いが嫌だったみたいだから……ちょ、直接聞いたわけじゃないが、匂いが嫌なら変えようと思って」
「言ってよ」
「す、すまない?」


 困惑気味にセシルはそう言うと、俺の顔を見上げた。膝枕だってしてあげるのに、妙に俺の腰に抱き着いて頭を俺の膝の上に乗せてくれない。


「俺、セシルと一緒の匂いがいい」
「待て、ニル。なんてかわいいことを言ってくれるんだ」
「かわいくないよ。ヤキモチ焼いてるんだよ、俺」
「かわいい」


 セシルは、さらにギュっと俺に抱き着いて「かわいすぎて爆発してしまう」と言ったまま固まってしまった。
 そんなことないのにな、と思いながら俺は彼の背中をトントンと撫でる。俺よりもがっしりしているたくましい背中を見ていると、俺ももう一度剣を振るいたくなる。今だって趣味程度にたしなんではいるが、手合わせなんてあれっきりしていない。セシルも、それどころじゃないので、かなり腕は鈍ってしまったのではないかと思う。
 そんなふうに俺たちが、押し問答しながらだべっていると、サクッと草を踏みしめる音が聞こえた。


「おい、いちゃついてんなよ。そろそろ寝ろ」
「ゼラフ」
「……………………お邪魔虫が現れた」
「おい、皇太子殿下テメェ……俺のことなんだと思ってんだ」
「……お前は俺たちに注意できる立場なのか」
「ハッ、俺は皇太子妃殿下の護衛なんで? てか、お前らが寝てくれねえとこっちも気が休まらねえんだよ。まっ、お前らが寝たとしても、見回りは交代制だし、どーでもいいが」
「では、俺たちの邪魔をしに来たというわけか」


 セシルは、ギッとゼラフを睨んでいるが、俺の腰にぎゅっと抱き着いたまま言うのでイマイチ覇気がなかった。多分、ここは譲らんぞ、というセシルなりのあれなのだろうが、どうも抱き着いているというこの構図がかわいく思えてしまう。
 ゼラフもそんなセシルを見て、はあ~~~~と大きなため息をついた。


「本当に、皇太子殿下はニルがお好きで?」
「好きに決まっているだろう。貴様には髪の毛一本すら渡さない」
「セシル、大人げないよ」
「じゃあ、ニルは、ヴィルベルヴィントに髪の毛一本渡すというのか?」
「どういうキレ方? ……ゼラフ、ありがとう。俺たちを心配してきてくれたんだよね」


 セシルの怒りは収まらないようだったが、俺はとりあえず俺たちの様子を見に来てくれたゼラフにお礼を言おうと思った。
 彼は口では雑に言うが、ようは俺たちが心配で見に来たと言ったところだろう。ゼラフは本心を口にしない癖があるから、こっちがそれを読み解かなければならない。別に苦労はしないが、少しは素直になってくれてもいいんじゃないかって思ってる。
 ゼラフは、俺の感謝の言葉を聞いて目を丸くした後、ガシガシと頭を掻いた。


「お前は、なんなんだよ。ニル」
「分かるよ。君が優しいことくらい。セシルも、別に分かってないわけじゃないんだよ。まあ、その、ただ、ね……」
「とにかく、俺たちの邪魔をした貴様が悪い。声をかけるなら、タイミングを考えろ」
「皇太子殿下、テメェは本当にぶれねえな~~~~すがすがしい」


 ゼラフは、また呆れて肩をすくめていたが、彼自身もセシルのことを悪く思っていないようだった。
 俺はそんな犬猿の仲同士の会話を聞いて、笑いが漏れる。すると、二人が一斉に俺のほうを向くので、ビクッと肩を震わせてしまう。じっと見つめられれば、こちらも何も言えなくなる。
 仲がいいね、なんて言ったら殺されそうだ。


「まあ、ほどほどにして寝ろよ。ここはさみぃし、風邪ひかれたら困るからな。風邪ひいたまま、フィルマメント殿下に会えねえだろ?」
「それは、貴様の言う通りだな。ニル、そろそろ寝るか?」
「うん? うん、そうしよっかな。ゼラフもお疲れ」
「ああ、ニル。おやすみ」


 セシルのときとは違い、ゼラフは俺に優しい声色で言う。セシルにももうちょっとこれくらい柔らかく接してくれたら衝突しないんだけどなーなんて考えたが、それはそれでセシルが気味悪がってしまうかもしれない。
 あれこれ考えたが、今のままで俺たちは十分な気がして立ち上がる。すると、隣に置いていたコップの存在を忘れていたため、それに手が当たって、地面へと転がった。そして、マグカップは取っ手の部分が割れてしまい、またひびが入る。


「ニル、触らなくいい」
「でも……ごめん」
「謝ることじゃない。ヴィルベルヴィント、片づけを頼めるか」
「へいへい。お二人は早くおねんねしろよ~」


 セシルは、ゼラフに頼み俺の肩を抱いて天幕へ向かって歩く。
 しかし、そのときだった。


(何……)


「どうした? ニル」
「……と、何か」


 ピリリと、熱い何かがうなじあたりを走る。何度かあったそれは、嫌なことが訪れる前触れ。
 俺は、静かな夜空を眺め、風の音――つまりは、竜の息吹が止まったことに気づいた。


(何か、くる……?)


 そう思っていると、松明を持った騎士が慌てた様子でこちらに走ってきた。二人とも顔つきをかえ、何事だと騎士を一瞥する。


「敵襲です」
「敵襲だと? この領地には誰も――」
「竜です。黒い、竜が、空に……ひ、飛竜と思わしき影も!!」
「黒い、竜……?」


 胸騒ぎは確信へと変わる。
 何かがいる。この夜空に、何かがいると俺は直感的にそう感じた。
 心臓が一瞬だけピタリと止まり、また何事もなかったように不規則に動き出す。俺は、セシルと目配せをし、詳しい状況をとやってきた騎士に説明を促した。

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