一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

文字の大きさ
63 / 128
第2部2章

08 勃発アクシデント

しおりを挟む


 神殿の中も、その周辺も数分あれば回り切れるほど、小さな建物だった。
 何重にも連なったアーチ状の天井を潜り抜けると、ひやりとした冷たい空気に包まれる。神殿内は神聖な空気が漂う中、至る所に咲き誇る草花の匂いがほのかに香っており、石畳が真っすぐ続いていた。そしてその先……その奥には祭壇のようなものがあり、そこには七色の光が集まっていた。


「この光は……」


 殿下も気づいたのか、私と同じようにその光に吸い寄せられたように近づいていく。


「儀式場はここみたいだな。つくりは、帝国のとよく似ているが、こっちのほうが、味気ないな。装飾品もあまりないようだ」
「そうですね……」


 儀式場は、先ほどとは比べられないほどの草で生い茂っており、蔦もあちこちに伸び、苔むしていた。天井を支える柱や壁にも蔦が巻き付き、


(床だけは綺麗だけれど……)


 まるで、誰かが整備したように、魔法陣のようなものが床には彫られており、その周りには植物が一切生えていなかった。この場所だけが守られているような、そんな感覚がする。 
 祭壇の装飾に施されたステンドグラスは曇っており、あちこち欠けてはいたが、比較的、放置されていたと言われてもきれいに思う。それと、戦地になったと言っていたのに、ここが形として残っているのも不思議だった。それほどまでに、神聖な場所で、そういった力によって守られていたのだろう。ステンドグラスの中に見える絵柄は、二匹の竜が絡まり合うようなもので、金粉が埋め込まれているのかキラキラと輝いているように見えた。


(竜人族を追い払ったくせに、竜を描くってどういう神経よ……)


 もとは、竜人族と良好な関係にあったのかもしれない。番契約という物を作った理由が、竜人族の一夫一妻制に憧れたからだから。ゼイに聞けば、その歴史についても教えてもらえるのだろうが、それよりも、番契約を切る方法について今は調べるべきだろう。


「公女、奥に書斎があった。いってみないか?」
「マルティンさんに言わなくても大丈夫なんですか? 勝手に行動すると怒られると思いますが」
「戦場は、何も平地だけではない。森の中、砂漠のど真ん中でも戦ってきた。そして、軍からはぐれたこともな。心配するな、公女が俺から離れなければ問題ない」
「問題あるんですけど。帝国の未来を背負う貴方と、その番である私がいなくなったら皆心配しますよ? ここは、慎重に――アイン!」


 私の話を聞かずに、儀式場の奥の書斎に向かおうとする殿下の後を慌てて追いかける。


「本当に人の話聞かないんだから!」


 単独行動に慣れすぎて、集団行動が出来ない子供のようだった。一人の方が行動しやすい、というのは分かるし、実際私も、群れるより一人でいたい人間なので、気持ちが分からないわけではなかった。ただ、自分の立場を考えてほしい。皇太子が行方不明とか洒落にならないからだ。
 マルティンや、ゼイを呼んでこようかと思ったが、それよりも暗闇に飲み込まれていく殿下の背中を見ていると、私だけでも彼のそばにいなければ、と足は、そっちへと向く。本当なら、一言かけていくべきなのだろうが、そんな余裕はなかった。


「殿下!」
「何だついてきたのか」
「何だって、貴方が一人で行動するからでしょ! もう、マルティンさんに何を言われても私庇いませんからね?」
「ああ、マルティンは俺のことをよく理解しているからな。それくらい融通を利かせてくれるだろう」
「はあ……殿下がそういうならいいですけど」
「公女も、俺と離れたくなかったからついてきたんだろ?」
「そんなことは」
「こんな埃っぽい場所、令嬢はひどく嫌うと思っていたが……公女はやはり、他の令嬢とは違うようだ」


 くすりと笑われて、言葉に詰まる。確かに埃っぽくて、長くはいたくない場所ではあるが、彼の後を追わずにはいられなかったのは事実だった。


「それは――私が、女性らしくないと言いたいんですか?」
「いや? 俺は、別に男女差別をしたいわけじゃない。そういう考えは古いと思っているからな」
「じゃあ、なぜ令嬢は――とかいうんですか」
「俺だけが、理解を示そうと思っても、あいつらが俺に心を開いてくれなければ分からないこともあるだろ?」
「た、確かにそうですね。すみません」
「いや、謝ることはない。ああ、それで? 女性らしくないかどうかか? 気にしなくていい。公女のような女性が初めて……珍しく、興味がわく、という話だ。とても素敵だと思うぞ、ロルベーアは」
「……っ」
「俺は、そういう公女の変わったところにも惚れている」
「変わってるって……褒めてるんですか、それ」


 褒めている、と間髪入れずに返してき、彼が本気で言っていることが分かり安心した。殿下も変わり者だし、そういう意味では変わり者同士いいのかもしれない。どんな部分でも受け止めてくれる、好きだと言ってくれる殿下のことが、私も好きだ。


「確かに、書斎といっても、本が数冊棚に置いてあるくらいですかね……ごほ、ごほっ」
「大丈夫か、公女」
「大丈夫です。少しせき込んだくらいで」


 書斎といってもそれほど広くはなく、こじんまりとした室内には、背の高い本棚が壁一面に並べられていた。灰色の絨毯の上にテーブルがあり、その上にランプが置かれていたが、棚には数冊、ランプは誇りがこびりついていて、つかえそうにもなかった。
 すでに、誰かが本を持ち出した後なのだろうか。
 ほこりを払いながら、一冊の本を取り出し、中身を確認すると、それは幼い子供が読む童話のようなもので、番契約を切る方法が乗ったものではなかった。


「俺ではないが、帝国の研究職のやつらが持ち出していったのかもな」
「そんな! では、帝国の方に?」
「さあな。そこまでは分からない。だが、研究職のやつらは、たまに重要なことを見逃すからな。番契約を切る方法など、研究の対象にもならないと思ったのか、置いていっているかもしれないしな」
「いや、それは研究職についている人間としてどうかと……」


 ああ、だからイーリスが、番契約を切る方法がもう少しでわかりそうだと言ったのか、と辻褄が合った。その研究職の人間が持ち出した資料を、イーリスが受け取って研究をしていると。
 となるとやっぱり、ここにはめぼしいものはないのだろうか。


「番契約は……あの時の儀式と逆に手順を踏んで、行う……とイーリス、聖女様はいっていました。でも、それだけじゃないと」
「それを行う上で、必要な呪文か、魔法石がいるんだろうな。この島では、たくさんの魔法石がとれるらしいから、そっちに聞いてみてもいいかもしれないな」
「く、苦労してきたのに!」


 これでは、来ただけ損だったんじゃないか、と私は肩を落とした。
 殿下が、研究職の人たちのことまで把握しているわけでもないし、そういう情報が、どこまで回っているのか分からないため、自分たちの足と目で、方法を探しに行こうと来たが、そこはほとんど調べられていて――など、本当に来ただけ損だったのではないかと思った。クラーケンにも襲われるし、散々だ。そう、私が肩を落としていれば、殿下が優しく肩を叩いた。


「俺は、公女とのスリリングな船旅、楽しかったぞ?」
「ほんと、スリル満点でしたね。恐ろしいほどに」
「だろ? たまにはいいだろ。帝国から出てみるのも。気分転換になる」
「そうね……あの、結婚式の……新婚旅行の話。私、海が見えるところに行きたいわ」
「……っ、ロルベーア?」
「ダメ? い、愛しの番様の要求なんだけど?」
「いや。いこう。二人で。世界一周の旅でもいい。色んな所を、ロルベーアと見て回りたい」
「フッ……でも、世界一周は無理よ。帝国をそんな長い間あけていけないでしょ?」


 顔を見合わせて、くすりと笑う。お互い笑いあうと、殿下は私の肩に腕を回した。耳元にかかる吐息がくすぐったくて肩を竦めたが、それを逃がさないとばかりに、さらに引き寄せられる。
 誰かが来るかもしれないのに、抱き寄せられては、抵抗もできなかった。恥ずかしくて、見られたくないという気持ちも、もちろんあったのだが、雰囲気にながされ、私は彼の胸に頭を預けると、そっと目を閉じる。少し埃っぽくて、カビっぽいのはロマンスな空気感を半減させるけれど、彼がいればどこでもそういう雰囲気になれる。


「じゃあ、こうするか? 俺たちの間に子供が生まれ、帝国を背負っていけるほどの人間になった時、その時皇位を譲って、二人で旅に出ないか?」
「随分と先の話ですね。これからもずっと一緒にいるというのに」
「それでもさ。今日が終わってしまうのが惜しい。今日のロルベーアは、今日しか見えないのだから」
「何ですか、それ。アインは、まったく――っ!?」
「……っ!?」


 また子供みたいになこと言って、と言い返そうかと迷っていると、足もとがぐらぐらと揺れ、棚や、ランプ、部屋までもが大きく揺れだした。


「公女、捕まってろ!」
「じ、地震!?」


 瞬く間に、揺れは大きくなり、出入り口付近にパラパラと上から石や砂が落ちていく。このまま、天井が落ちてきて生き埋めになるのでは? と、ぎゅっと目をつぶったが、思っていた最悪の事態ではなく、ピシピシと、下から亀裂が入るような音が走り、目を開けば、案の定足もとに亀裂が走っており、その亀裂は、次の瞬間口を開くようにぱっくりと割れたのだ。


「ひっ!?」


 足もとが崩れる――! どうあがいても、踏ん張ることも、出口に向かうこともできず、重力が私たちを引っ張る。


「ロルベーアッ!」
「あ、アインッ!」


 足もとが完全に崩れるその瞬間、さらに強く彼が私の身体を抱きしめ、庇うように丸くなると、そのまま、私たちは地面の見えないくらい亀裂の底へと落ちていった。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…

ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。 王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。 それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。 貧しかった少女は番に愛されそして……え?

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番。後悔ざまぁ。すれ違いエンド。ゆるゆる設定。 ※沢山のお気に入り&いいねをありがとうございます。感謝感謝♡

処理中です...