一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

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第3部3章

02 公女と護衛

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「ごめんね、いきなり呼び出しちゃって」
「いえ。公女様の命令とあればすぐにでも駆け付けます」


 灰色の頭を振り乱し私の前まで来たシュタールは、腰を折り、膝をついて頭を垂れた。騎士というより、やはり奴隷のようにも見えて、私はすぐに頭を上げるように言った。そこまでかしこまられるとこっちもなんだか、頼みづらい気がするのだ。
 彼は私の指示通り立ち上がると、その透き通ったビー玉の瞳を私に向けてきた。どうしても、私はあの男とその瞳が重なって嫌な気持ちになるが、この勘はあながち間違いじゃないだろう。
 部屋には私とシュタールだけ、外にはゼイが控えている。この部屋には厳重な防音魔法がかかっているため外にいる人間にここでの会話がばれることはない。イーリスに頼んで作ってもらった魔道具の一種だ。決壊魔法の一種で、竜人族のゼイにも聞こえないようにするノイズを発生させることができる優れものらしい。別にそこまでしてもらうつもりはなかったし、ゼイに聞かれても問題なかったのが、念のため。また彼には、彼に伝えることがあるから別に呼び出そうと思っていた。


「とりあえず座って頂戴」
「……」
「座りなさい」
「はい」


 抜けているのか、座ることすら許されない環境下で過ごしてきたのかわからないが、彼は頑なに動こうとしなかった。私は彼の人権まで奪うつもりはなく、むしろ彼には人間らしくなってほしいと思っていた。まだ未成熟な体で奴隷という身分に落ちて。私は悪役令嬢に転生したけれど、家としては申し分なく、最悪処刑される可能性はあったもののそれも回避できて、衣食住はそろっているわけで。
 しかし、おどおどしたような感じはなく、座るときも音を立てずに姿勢よく座るものだから、ただの奴隷にしてはきれいすぎる。シュタールはそういうのを意識しなくても癖でできるのだろう。もしくは、そうしろと躾られてきたから……躾、いや教育を受けてきたから。
 彼が座ったのを見越して私はこれまで思っていたことを彼に問おうと思った。それが、今後にもつながる大事なことであり、そして、もう一度彼が私たちの味方なのか確認する方法でもあったから。


「単刀直入に聞くわ。シュタール……貴方の本名は、シュタール・ディオスであっている?」
「……っ」
「答えなさい。シュタール」


 私がそういうと、彼のビー玉の瞳は一瞬大きく見開かれ、そして色を失った。それからしばらくしてこくりとうなずき「なぜ?」と、水色がかった透明な瞳で私を見つめてきた。それは、彼と同じ瞳だ。


「別に、簡単なことよ。雰囲気が彼そっくりだったから」
「それが根拠なのですか?」
「ゲベート聖王国出身とも言っていたじゃない」
「ですが、俺は魔法が使えません」


 と、うなずいたくせに否定するようなことを言う。
 確かに、ゲベート聖王国で魔法が使えないとなると迫害を受けるかもしれない。また、似ているから彼――ヴァイスと兄弟だろうといったが、そうなってくるともっと王族なのに魔法が使えないなんておかしいという話になる。矛盾はあるが、彼の奴隷としての態度や、人を見て感情を感知して動く姿はもっと前から染みついたものだろうと思った。また、その少しこぎれいな態度も。


「そうね……その歴史とか、何があったかとかは知らない。でも、貴方から同じものを感じたの。ヴァイス・ディオスと……このかんはきっとあっていると思うの。そうでしょ?」
「……なんで」


 シュタールはうなだれたようにそういった。もしかしたら、ばれたら解雇されるかもしれないと思っていたのだろうか。こんなことでは解雇しないし、むしろここから解き放ってしまえば、ヴァイスに殺される可能性だってある。彼は殺されてはこちらとしても困るのだ。
 切り札になってもらいたいから。


「別に解雇しようとか、不当に扱おうとか思っていないわ。今まで通りよ」
「ではなぜ、こんなことを?」
「確認よ。貴方が味方なのか敵なのか。それを知るために……帝国の皇太子が記憶喪失、襲撃……って、今の帝国は不安定なのは知っているわよね。いつ、この隙を狙って敵国がせめてくるかわからない。そんな状況で、貴方は私たちにとって切り札だと思うの」
「俺は、そんな大したものではありません」
「いいえ。魔法を切ることができるのは、殿下と貴方だけ。貴方のそれはきっと天性のものでしょう?」


 私がそういえば、シュタールはそれもなぜ知っているんだというようにハッと表情を変える。
 これはゼイに聞いた話だが、一度不意打ちで魔法を放った時それがその場で切り落とされたといっていた。私は実際その現場を見ていないからそれがどんなすごいことなのかわからなかった。でも、ヴァイスと戦っていたとき、殿下がヴァイスの魔法を切った時、彼は驚いていたからきっとすごいことなのだろう。魔導士からしたらそれは致命的であり、点滴なのだ。殿下のは才能ではなく、そういう剣を使っているからなのだが、シュタールは違うと。


(殿下の記憶が戻って、シュタールも魔法が切れるのであれば、ヴァイスに対応出来る人間が増える……)


 帝国が魔法に対する備えが不十分なのは昔からで、そこはずっと指摘されてきたことだった。だからこそ、魔法が使える人間は重宝するし、逆に魔導士に対抗できる魔法が切れる人間なんてもっと重宝するだろう。
 シュタールはようやく意味を理解したのか、わかりましたと一言言って私を見た。


「しかし、俺ではヴァイス様に勝てないと思います」
「なぜ?」
「……彼を殺そうとして牢屋に入れられました。もともと、俺は魔法が使えないから迫害されていたのではなく、あの魔法主義国家で魔法を断絶できる存在だったため危険視されて……一応、王族という身分なので、それなりの作法やマナーは身に着けていましたが、俺のことをみんな化け物のように恐れて」


 と、シュタールは先ほど黙っていた男とは思えないほどこれまでの経緯を話し始めた。
 ヴァイスの弟であったことは間違いない。そして、彼がこの屋敷に来た時最初に話した奴隷のように冷遇されて生きてきたというのは半分本当で、半分嘘だった。正しくは、恐れられ監禁されて生きてきたと。
 どちらにしろ、シュタールという存在はゲベート聖王国にとってイレギュラーであり、自分たちの根本を揺るがす存在だったのだろう。化け物と比喩するのもわからないではない。しかし、だからといってそんな扱いは……


(自分の兄のことを様付けで呼ぶなんてね……)


 そう呼ぶように言われたのだろうか。それとも、そう呼ばざるを得ない状況だったのだろうか。わからない。ただ、そのせいもあって自己肯定感が地に落ちているのは言うまでもないだろう。


「確かに、ヴァイス様は俺のことを警戒していると思います。ですが、彼のことですから俺が生きていることも想定済み……なのに暗殺者を仕向けないのは、俺を恐怖しているから……?」
「なぜ疑問形になっているかわからないけれど、そうね。貴方は剣の才能もあるし、本当に不意打ちでなければ殺せないと思ったのでしょうね。彼は」
「……そうですか」
「でもそのおかげで、こうして生きているんだからいいじゃない。命はお金よりも大事よ」
「そうですね。公女様、公女様はなぜ――」


 利用しているといわれれば利用しているかもしれない。でも、適材適所でもある。
 シュタールは私がしようとしたことに何も言わずに気づき、ぐっと膝の上でこぶしを握った。だが、それを否定しなかったし、理解した、というように口をつぐむ。


「シュタール。貴方は、ヴァイス・ディオスに対抗できる最後の切り札よ。殿下のこと、よろしく頼むわね」
「わかりました。公女様……ですが、公女様も幸せになってください。必ず、必ず終わらせますから」
「ええ」


 何も言わなくても伝わるのはうれしかった。それだけで心が休まる気がした。
 肩の荷は下りないけれど、これでだいたいのことはすんだ。部屋の扉を開ければ、ゼイが眠たそうにこちらを見て「どうだった?」と聞いてきたので、私は「いい話ができたわ」といったうえで、今度はゼイにある頼みごとをした。それもうまくいくかはわからないけれど、帝国を守ることにつながるのなら。


「よろしくね、二人とも」
「……はい、公女様」
「いいのか、お嬢?」
「いいのよ。大丈夫。きっと……ね?」


 不安そうなゼイに私はすっきりとした笑みを向けられた。彼らなら大丈夫、そう言い聞かせて、私は殿下に出紙を出した。三日後会えないかと、そんな手紙を。

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