一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

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第3部3章

03 愛を問う

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 魔法石は後いくつ残っていたか。


「ずいぶんと有効活用しているんだな」
「馬車での移動より、魔法石を使って転移するほうが早いですから」
「まったくそうだ。だが、高価なものだからな。流通できるまでにはもっと時間がかかるだろう」
「流通したら、いい商売になるわね」


 殿下が商売の話なんて珍しい。確かに、魔法石は国民の間で流通すればいい商売になるだろう。荷物の運搬も楽になるだろうし、馬車からワープホールのようなものに移動手段が変わるかもしれない。馬車は痛いし、時間がかかるが、その中でしか味わえない空間とか会話とか。楽しみ方がないわけではないだろう。
 何度も、皇宮の庭園を歩かせてもらい、殿下が記憶を失ってから二か月と何度来たか数えるのもばかばかしい。そして移動が魔法石を使っての移動だったからだいぶん時間も短縮された。
 あの日からあってはいなかったが、殿下も変わりないようで安心する。けれど、その手にはやはり指輪はないようだった。


「すまない、探しているが見つからない」
「大丈夫。いつかきっと見つかるから」
「だが……そうか。本当にすまない」


 私が指輪を捨てたときよりもショックを受けていて、なんだか私が悪いことをしたみたいで胸が締め付けらる。自分の指輪に触れて心を落ち着かせつつ、私は殿下の隣を歩いた。


「まだ、記憶が戻る手がかりがつかめていないそうだ。聖女の力をもってしても難解だと」
「そう……ね。仕方ないわ。だって、貴方に魔法をかけたのは、ゲベート聖王国の王族だから」
「俺はそいつに何の恨みを買ったんだ。思い出せなくてもぶん殴りたいが」
「確かに、一発ぶん殴ってやりたいわね」


 そんなことが現実的にできればどんなに心が晴れるか。いや、殴ったところで変わらない。私たちにつけられた傷というのは一生付きまとう気がするから。彼は死んでも死ななそうだし。
 ゲベート聖王国は自分たちが世界の支配者だと思い込んでいて破滅した。強い力を持ちすぎるものはいずれ破滅するのだと。まあ、その国の絶対的存在だった王族に裏切られているんだから、その程度の存在だったのかもしれない。でも、この世界では魔法は恐れられているし、そして呪いも……


「呪いと魔法の違いって何ですかね」
「フッ、ロルベーアはそんなことも知らないのか」
「わ、悪かったわね。知らないのよ、そういうの……」


 この世界の住民じゃなかったから。それなりに知識は詰め込んだつもりだが、殿下が受けていた呪いというのと、今の魔法というのが何が違うかは気になってしまったのだ。


「魔法というのはかけた本人が解けるもので、呪いはかけた本人にも解けないものだ。条件が必要になってくるからな。条件さえ満たせば呪いは解ける。また、呪いは術者に変える可能性もある」
「術者が死んだ場合でも、呪いは解けないの?」
「その程度にもよるな。俺にかけられた呪いが解けなかったのも、その術者が強かったかか、それほどまでに恨みを買っていたからかだからだな。魔法も呪いも、感情によって増幅されるからな」


 と、殿下は言ったうえで足を止めた。
 何度も来たはずで、道は覚えているのに、そこは行き止まりだった。赤いバラの壁が私たちをふさいでいる。
 呪いと魔法が違うということを教えてもらい、今回のは魔法……呪いにしなかったのは、条件を満たして解かれたらまずいと思ったからだろう。また、呪いであればイーリスが解いてしまう可能性があると考えていたからか。どちらにしても、ヴァイスだから魔法でも呪いでも難解なものにできるわけで、イーリスが対応できないのは単純にまだ知識不足だからだろう。でも、あと数年研究を積んだら本当にすべて理解してしまうかもしれない。彼女の研究熱心なその姿勢を馬鹿にはできない。


「行き止まりだな」
「珍しいですね。道でも間違えましたか?」
「道? 間違えるはずもないだろ。ここには何度きていると思っている」
「そうですね、殿下」
「何だ」


 行き止まり、いやある意味ここは分かれ道だと思った。
 私が改まって彼を呼べば、その声のトーンで気付いたのか、殿下は真剣な表情でこちらを振り返った。私が何を言うかわからないから、少しこわばったような表情をしている。それかもしくは、よくないことを言われると察知したのだろうか。
 私も、これからいう言葉とても苦しいし、言わなくてもいいなら言いたくない。いや、記憶のある殿下だったらこんなこと聞かなくったってよかったのだ。


「殿下は愛を信じますか?」
「いきなりどうした。公女。それを証明したから、俺は呪いが解けたんだろ?」
「今の殿下の話を聞いているんです。過去の、ではなく今の」
「なぜ、それにこたえる必要がある?」


 この質問は嫌いなのだろうか。明らかに嫌そうな顔を向けられ、少し失笑すれば、さらに彼の顔と機嫌は悪くなった。
 彼は、今の自分を見てくれていないと思っているのだろうか。私が、過去の彼に思いを寄せているから、今の自分じゃないと。なんとなくそんなニュアンスで取ってしまったのかもしれない。でも、そうじゃない。


「あります。大切なことです。愛を信じますか?」
「……し、ん、じるしかないだろう。この胸の空洞も、指輪をなくしただけでこんなにも気が乱れることも。俺の体なのに、心と体が一致しない。公女を求めるのもきっと……それが、過去と今の俺と一致しないから気持ち悪い」
「そう。でも、愛は信じるんですね」
「ああ」


 殿下はそう言って息を吐く。
 私たちの間に風が吹き込んで、彼の真紅の髪を揺らした。


「では、私を愛していますか?」
「は?」
「答えにくくても答えてください。今の段階で……ああ、でも、言ったらまた苦しみますよね。殿下は」
「何がしたい、公女」


 確かに、ここで愛しているといえば彼はまた魔法に妨害され苦しむことになるだろう。彼が苦しんでもその言葉を言ってくれるならと思っていたが、彼は踏みとどまった。痛いのが嫌というよりも、なんというか防衛反応的に。またあの痛みを味わったら、本当に思い出せなくなるのではないかという不安、そんな顔。私がそれを知らないはずないと、殿下はそれでも言わせるのかと私を見る。


「愛しているといえばいいのか?」
「言葉だけではなく、心も」
「……公女、それを言ったら、俺の記憶は」
「――わかってます!」


 わがままとかではない。でも、少し可能性があるかもしれないと思ったのだ。けれど、やはりいってはもらえないみたいだった。それが答えとは言わないし、それが悲しいとは思わない。記憶を本当に失うことを殿下が恐れているから言わないのだ。そう彼も口にした。思い出せなくなることを彼が恐れていることも。そして、思い出したいと思っているのに思い出せないもどかさも。


「ありがとうございます。アイン」
「公女、だから先ほどから何を」
「私は、アインのことを愛しています。私は、アインザーム・メテオリートを、心から愛しています」
「……っ」
「言いましたよね、私。必ずあなたの記憶を取り戻して見せると。どんな手を使っても」


 私はそう言ってもう一度微笑んで、それから彼に背を向けた。彼がどんな表情をしているか確認することはしなかった。だって見てしまったら私はそこで踏みとどまってしまうと思ったから。だから背を向ける。
 覚悟を決めたんだから、これでいい。
 周りに迷惑を一時的に欠けるかもしれないけれど、大丈夫。自分で選んだものが正解だと、そういいたい。


「さようなら、アイン」
「こう……くっ!」


 今まで聞いたことのないようなうめき声が後ろから聞こえた。苦痛にもだえ苦しみ彼がその場で倒れる音を聞いた。私はその瞬間、ヴァイスに教えてもらった魔法を唱える。すると、さらに彼の悲鳴は大きくなる。振り返って確認したい気持ちにかられるが、彼も彼だ。さすがにここで裏切ったりはしないし、裏切った場合私はヴァイスの好奇心を満たす前に自害すると脅しておいたから裏切らないだろう。
 苦しむ殿下を背に、私は庭園の中を駆け抜ける。少しでも殿下から離れて、誰にも見られないように。気が生い茂る茂みのほうへ走り、光から遠ざかったところで、私は彼の名前を呼んだ。


「ヴァイス!」
「ああ、ちゃんと守ってくれたんだ。ありがとう。ロルベーア。僕の手を取ってくれたこと、僕を選んでくれたこと……」
「選んだんじゃない!」
「まあ、そうだね」


 風とともに現れたその白い悪魔は私たちの一連の行動を監視しているようだった。何でも知っている、そんな顔で私のまあ絵に現れて手を差し出す。ここまで来てしまったらもう引き返せない。


「お手をどうぞ。お姫様」
「私は貴方のお姫様じゃない。貴方にそんなロマンチックな未来は一生来ない」
「気が強いのも素敵だよ、ロルベーア」


 私は腕をちぎる勢いで彼の手を掴んだ。細いくせにこちらが引っ張られ、強引に立ち上がらせる。私はそれに関節の痛みを訴えながらも、ヴァイスの顔を見た。恍惚とした笑みを浮かべ私の頬に触れようとする彼の手を払う。


「触らないで」
「ふふ、まあいいよ。それくらいがちょうどいい。行こうか。最後のお別れは?」
「いらない。もう、してきたから」
「思い切りが良くていいよ。いい決断だ。ロルベーア・メルクール」


 彼はそういうとすっと弧を描くように足を動かすと、私たちの足元に魔法陣が現れた。その光は徐々に強くなっていき、私たちを包み込む。
 殿下は追ってきていない。そう、後ろを確認しながら私は胸をなでおろした。それと同時に今度は恐怖がやってくる。


(さようなら、アイン……貴方の記憶は、これでもう大丈夫だから。もう何も心配いらないから)


 大切な思い出は守ることができた。それだけでも大丈夫。
 光に包積まれる直前、私はヴァイスからあるものを手渡された。それは、殿下がなくしたといっていた指輪で、私はすべてを取り戻した気になって、それをぎゅっと握りしめ、涙を流した。


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