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第3部4章
09 貴方の横で星を見る
唇がふやけるほどキスをした。唇の先を突き合わせるようなキスも、相手の唇をついばむようなキスも、熱く舌が解けるようなキスもした。
別荘に戻れば状況を把握していた使用人たちに服を着替えさせられ、今度は海の青を基調としたドレスに着替えさせてもらった。夜の海を彷彿祖させる夜空を落とし込んだような透明感のあるブルーのドレスだ。髪色に個性がないから何色でも基本は似合うが、青系統はよく映える。陛下の赤と並ぶと反対色になるがそれもまたきれいだと思う。
あの後イソギンチャクの魔物がどうなったのかと現場検証を行っていた騎士たちに聞いたところ、海に溶けるようにしてその体は消えていったという。もともと、シュタールによると、魔導士が使役していた魔物だったので、元となる魔導士を処分した後は魔物自体が理性を失い暴走気味に暴れていたこともあり、遅かれ早かれ自滅していたのではないかと。それでもあれに出くわしてしまったから倒さなければもっと被害が出ていただろう。服を溶かすだけの魔物じゃないだろうし、あの卑猥なくぱくぱと動いていた口の中に放り込まれでもしたらどうなっていただろうかと考えるも恐ろしい。触手が伸びるとか……
あまり考えないようにしたが、夜に出た魚介類のコース料理を見て、またあの魔物を思い出し、少し憂鬱な気持ちで食事を終えた。味自体は申し分なくて、とてもおいしかったし、陛下との話も弾んで悪くはなかった。
新婚旅行というより、普通にバカンス……な気もするが、彼といつもはいかない場所にいけるだけでも私は幸せだった。
互いに恋というものを今自覚してしまい、付き合いたてのカップルよりもよそよそしく、落ち着かない感じの会話もしたが、最後には笑って、いつも通りに、と意識をしながらも、意識することなく会話を楽しめた。
「すごい、星……」
「本土からは見えない景色だろ? 屋根の上にでも上がってみるか?」
テラスから見える夜空は、皇宮や、公爵邸から見る星とは比べ物にならないほど美しかった。周りの明かりが一切ないからか、自然な光が私たちに降り注いでいる。絵具を飛ばしたように転々と光る白い星々、星の集合体が川のようになってまるで流れているように見える。黒い天幕に描かれたような言葉にするのも難しい自然の神秘がそこに広がっていたのだ。
陛下は私にカーディガンをかけると、何やら詠唱を唱えたかと思えば、彼の体がふわりと浮いた。
「陛下、魔法……」
「これくらい使える。まあ、俺はあまり魔法が得意じゃないし、好きじゃないから使わないだけだ」
これくらい当然だ、と陛下は言ったうえで、私に手を差し伸べた。まるで、ピーターパンのようだなとも思った。このままネバーランドに連れ去ってくれるような、いや、夜の天使のような。彼の真紅の髪が夜風に揺れている。黒い星空に燃えながら横切る真っ赤な星のようにも見える。
彼の手を掴んだら自分も浮くのだろうか。どんな風になるのかわからなかったが、彼の手を恐る恐る取った。すると、自分の体がはねになったようにふわりと宙に浮いたのだ。空を、とまではいかないけれど飛んでいる、と子供のころの夢がまた一つかなった瞬間だった。
「すごいですね」
「これくらい普通だ。ロルベーア、手は離すなよ?」
「はい」
陛下は何もないそこを踏むようにポンポン、と軽いリズムでテラスから屋根の上へ私を引っ張り上げる。本当に魔法とは不思議なもので、空気の階段ができたように私の足元にしっかりとした足場が現れる。見えないけれど、そこで何かを踏んでいるというようにはっきりとわかるのだ。
あっという間に、屋根の上に上ることができれば、彼はそこに腰を下ろした。もう手を放しても大丈夫だろうか、と思ったが怖くて離せずにいると、彼の指が私の指の間にするりと入り込んできた。
「アイン?」
「大丈夫だ。落ちても一緒に落ちる」
「そ、そこは落ちても助けるじゃないんですか?」
「そうか、そうだな」
と、まったくそれは考えになかったというように陛下は言った。一緒に落ちるなんてそれもまた陛下らしい言葉だった。私も彼を引き上げるほどの力がないから、彼がひとりで落ちるのであれば、私も一緒に落ちようと思う。それは、物理的にも精神的にも。でもそうならないように私は彼を支えていきたい。
屋根の凹凸の上に腰を下ろしたため、変な感覚はしたが、すぐに慣れて私はふと顔を上げる。先ほどよりも近くに夜空を感じた。
「こっちのほうがいいだろ? さっきは屋根が邪魔でみづらかった」
「確かに、空を近くに感じます」
ゴロンと彼はそこに寝そばっており、彼の真紅の髪もそこに散らばるように広がっていた。
リラックスした彼の姿に私も真似してみようかと思ったが、スッと彼の横に言って膝を抱えて座ることにした。手はつないだまま。二人とも空を見上げている。
「静かですね」
「ああ」
「……なんか、話しますか?」
あまりにもぎこちなさすぎる会話の切り口に恥ずかしくなるが、陛下は「そうだな」と応えてくれる。
「新婚旅行、どうだった?」
「そうですね。ちょっとしたハプニングもありましたし、ゼイも、シュタールもいて、なんだか勢ぞろいになっちゃいましたけど。こうして二人でいる時間もあって、知らない場所で、新鮮でしたよ」
「それはよかった。少しだけ不安だった。うまくできているか」
「何がですか?」
「ほら、互いに仕事ばかりだっただろ? 少し休めたらと思ったんだ。お前に楽しんでもらいたい。ロルベーアが、楽しみにしていた新婚旅行だったからな」
「そこまで気にしていてくれたんですか」
そう聞けば、ああ、と短く返した。
多分、柄にもないことをしたからこれでいいのかわからないといった不安なのだろう。そんなこと気にしなくても、私は陛下とならどこへ行っても楽しめると思う。
いろいろあって疲れはしたけれど、いつもとは違う日常から離れた一日が新鮮で、思い出に残って。きっと忘れないと思う。
夜風が私たちの間を通り抜けていく。このままうとうとと眠ってしまいそうだが、今日が終わったらまたすぐに日常に戻っていかなければならない。それが少し寂しくて、もっとこの瞬間を、二人の時間が続けばいいのにと思う。でも、それはわがままだって私は気づいている。
覚悟が揺らいでいるわけでもないし、後悔しているわけでもない。でも、こうやって時に二人きりになれる時間が欲しいと思ったのだ。言葉とか、体の関係とかそういうのもなくていい。ただ隣にいて、今日のように星を見上げられる時間があればいいなと思う。
「アインは、この新婚旅行どうでした?」
「俺は楽しかったぞ。新しい発見もあって。こうして久しぶりに二人の時間が取れて。きてよかったと思っている」
「そうですか。そうですね」
「どうした?」
「いいえ、何も。アインと同じ気持ちで嬉しいですよって、そういいたいんです」
「じゃあ、そういえばいいじゃないか」
「ロマンチックじゃないじゃないですか」
「そういうものなのか?」
と、陛下はわからないというように私のほうを見る。
「あと、そうですね……私のこと好きですか?」
「何だいまさら……あたりま…………ここはロマンチックに言ったほうがいいのか?」
「ロマンチックにって、口にしないでくださいよもう」
先ほどの言葉が聞いたらしく、陛下は自分なりに言葉を探し始めた。私はそれを待っている間、夜空に視線を移す。
ずっと同じように光っているわけではない。ちかちかと、今にも消えそうな星だってある。赤い星、白い星。夜空の黒に飲み込まれていく薄い星。目に映ったところから星を数えていると、陛下が答えを出したように私の名前を呼んだ。だから、私は、もう一度同じ質問をする。
「アイン、私のこと好きですか?」
「ああ、誰よりも。この宇宙よりも大きな愛をお前に向けている。愛している、好きだ、ロルベーア」
「はい、私も大好きですよ。愛しています。アインザーム」
お互いに見つめ合って笑う。
私たちを祝福するように、きらりと黒い夜空に輝く星が流れていった。
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