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第1章 夜明けの一等星

01 現状

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「父さん、弁当は……?」
「悪い、今日もいらない。気をつけて行ってこい」



 机の上に置かれた二つの弁当。父さんは俺に背を向けると、俺が作った弁当を持たずに出て行ってしまった。
 父親に、こんなにも冷めた目を向けられるようになったのはいつだっただろうか。



(俺の憧れていた『正義』はもうそこにない)



 静まりかえる部屋。広がるのは静寂と、虚無感だけ。



「……もったいな」



 俺はそう呟きながら自分の鞄に弁当を押し込むと、家の鍵をかけて学校へ向かうことにした。

 幾ら考えたところで、「矢っ張り弁当いる。ありがとな」とは言われない。父さんの目には、俺は映っていない。眼中にない。わかりきったことなのに、何処か期待している自分がいるのも事実で。
 反抗期を迎えることもなく、ただ真っ直ぐに、諦めつつも、心の何処かで俺はあの頃の父さんが戻ってくることを願っているんだ。



「行ってきます」



 そう、挨拶しても「いってらっしゃい」なんて言葉は返ってこない。

 父さんは警察官だ。
 優秀で、正義感の溢れる俺の理想で目標の人物だった。だが、数年前母さんをとある殺人鬼に殺されたことで壊れてしまった。以前の正義感溢れる父さんの面影はなく、ただ復讐に生きる男となってしまったのだ。

 殺人鬼の情報は少ない。ただ、同じ犯行なんだろうという曖昧でぼやっとしたものがあるだけ。俺の住む、双馬市という街を拠点としている……住み着いているという情報だけは何故か上がっていた。隣の市である、捌剣市の方が犯罪件数が多いのにもかかわらず、あちらの方が犯罪を起こしやすい……と言ったらあれだが、警察が足りていない状況で、捜査の手を遅らせることも出来るのに。まあ、何年も前の殺人、そして今も尚捕まっていないところをみると、その殺人鬼は手慣れだと言うことは誰が見ても分かることだった。

 今も尚、父さんはその殺人鬼を追い続けているのだ。

 そうして仕事が忙しいと、家に帰ってこない日もあるし、帰ってきてもすぐに寝てしまうから、俺はいつも1人でご飯を食べていた。
 家族の時間が取れないのを悲しく思うのと同時に、俺の中での父さんという理想像は完全に崩れ、俺は正義とは正しさとはと、父さんが壊れた日から問い続けるようになった。

 何が正しくて、何が間違っているのか。
 正義とは何で、悪とは何か。そう、自問自答を繰り返し、答えを出せずにいた。

 俺・陽翡星埜しらいしせの、父さんみたいな正義感の強い警察官になりたかった。今でもその夢は潰えていない。



「おはよ、陽翡」
「おはよう、陽翡くん」



 学校につき、教室のドアを開けばクラスメイトたちが挨拶をしてくれる。それに俺も笑顔で応えて席に着き、今日も平穏で退屈な一日が始まるんだと、欠伸をした。
 俺が通っている高校は、白瑛大学付属の私立学校で偏差値もかなり高く白瑛コースと言った変わったコースがありそこは推薦だけで選ばれた生徒のクラスで、そこには芸能人やら未来のアスリートやらがいると聞く。俺は、普通コースのため、別棟の白瑛コースの人達とは関わる機会はないがそれなりには、学校生活を満喫している。といっても、まだ入学して数ヶ月と言ったところだが。
 死にものぐるいで勉学に励み勝ち取った席。普通コースの推薦を貰えるぐらいには頭がよかった。生活に困っているわけではなかったが、父さんに迷惑をかけられないと思ったこと、そして、自分の夢は自分で掴みたいという意思から今にいたる。

 窓の外の桜はもうすっかり散ってしまい、青葉を靡かせている。



(……そういえば、俺の後ろの席……空いてるな)



 もう入学式から何週間と立つのに、俺の後ろの席は空席だった。誰かがいる、ということは分かっているのだが、その誰かを見たことは無い。女子生徒なのか男子生徒なのかすら分からないその席の主は、あまり良い噂がないのだとか聞く。進学校に不良なんているか、と偏見を持ちながら、まだ見ぬ席の主を少しだけ心待ちにしている自分もいた。



「起立」



 担任が教卓に立ち、日直が号令をかける。椅子ががたりと後ろにずらされ、皆が一斉に立ち上がる。
 真っ白な生地に紺色のラインがはいったブレザーは、気品があり、黒色のシャツとその上に着るセーターとベストは紺色で、何とも珍しい色の制服である。誰が見ても、白瑛の生徒だと分かる制服。この制服に身を包むと一気に背筋が伸びるのだ。
 そうしてホームルームが始まり、淡々と授業を受け、あっという間に昼休みを迎える。



(……さてと、手を洗って弁当でも食べるか)



 いつものように弁当を持って屋上に向かおうとしていると、突然肩を叩かれた。 
 振り返るとそこには、明るい茶髪が綺麗な女性用の制服を着た同じクラスの水縹楓音みはなだかのんが立っていた。



「星埜くん、一緒にご飯食べよ」
「びっくりした……楓音か、ああ、いいよ。一人は寂しいって思ってた所だし」



 楓音は俺の言葉を聞くと嬉しそうな顔をして、それからふわりと笑みを浮かべていた。



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