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第3章 真夜中の一等星

13 真剣な告白

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「ごめん、制服濡らしちゃったかも」
「気にするなって、楓音」



 ひとしきり泣いて、落ち着いたのか、楓音は我に返って、俺の制服を涙で濡らしてしまったことを、謝罪した。そういう律儀なところも好きだなあ、なんて思いつつ、彼の過去を知って、少し距離が縮まったようなそんな気もした。
 同じ……とは言えないかもだが、似たような境遇で、家族を失っていて、楓音が女の子らしく可愛く振る舞っていたのは、その妹を自分に投影していたから何じゃないか、と思った。でも、楓音は楓音だ。楓音の妹は、楓音の妹で。彼は、彼だと。
 俺は、可愛くて、明るい楓音が好きだ。けれど、笑顔の裏にあるものを知って、彼に同情の気持ちも抱いている。同情なんかされたくないかも知れないけれど。



(同じ……か)



 楓音の妹の殺され方が、俺の母さんの殺されたかと酷似していた。いや、きっと断言できる。同じ犯人なんだろう。楓音は、泣きながら犯人は捕まっていないこと、そして、両親がその殺人鬼を捕まえるために、警察に協力を仰ぎ、今も探していること。何でも三年前のことらしいが、今も犯人は捕まっていないのだとか。両親に聞くと、その警察は親身に話を聞いてくれて、同じ思いをする人が出ないよう全力で協力すると、強く言ってくれたらしい。
 もしかしたら、父さんかも……と薄々思いながら、俺はその事を話さなかった。この場に応じて、俺も、自分の過去を語れれば良かったのかも知れないが、タイミングを逃してしまったのだ。
 でも、運命に似た何かを感じる。



(……楓音と俺が出会ったのも運命か)



 運命なんて言葉、不確定で、曖昧で、少し大げさで嫌いだ。けれど、運命としか言えないような出会いだった、と今で入ってしまうかも知れない。同じように家族を失って、両親が、その殺人鬼を追っていると。



「星埜くんって、ほんと優しいね」
「優しいって……俺は、別に、話を聞いただけだよ」



 楓音は、フフッと笑うと、ほんとだよ、と俺の頬を優しく撫でた。寂しげに揺れるコバルトブルーが、俺の翡翠を映して、ターコイズになっていく。



「だって、誰にも打ち明けたことなかったし、話そうなんて思った事無かったから」
「そう……か」
「不思議だよね。星埜くんなら、話しても良いかなって、聞いて貰いたいって思っちゃった。凄く、辛くて、実際に妹の姿は見ていないんだけど、お母さん達が泣き崩れていて、その事実を受け止めるしかなくて」



 楓音はそう言うと、ふと瞳から光を消した。
 忘れられるわけ無いだろうな。そんなトラウマ。事故じゃなくて、殺人だから尚更……いいや、どっちでも残るが、故意的にわられたものだと分かったら、許せないって、その犯人に怒りが向くのも容易に想像がつく。楓音は、そういうマイナスの感情を表に出さないから分からないけれど、父さんが正義を捨てて豹変したように。あり得ない話ではなくて。



「俺だから……って、なんか信頼されているみたいで嬉しいな」
「信頼……か。ちょっと違うかも」



と、楓音はピタリと動きを止めて、俺をさっきよりも真剣に見つめた。 

 零れんばかりの感情を両手に抱えて、楓音はフワッと髪をなびかせ、俺にその薄い唇を押し当てた。触れるだけのような、そんな一瞬のキスに、俺は心を奪われる。



「……楓音?」
「星埜くんだから。星埜くんが僕のこと、可愛いって……一番最初に優しくしてくれたから。僕さ星埜くんのこと、好きになっちゃってた」



 それから息継ぎをしてもう一度。



「好き、星埜くん好き」



と。楓音は真剣な告白をする。

 一瞬だけ、ドキッとしたのに、すぐにさあっと風が通り過ぎるように凪いでいく。凪ぐ……というよりかは、応えられないっていう気持ちが強くなった。
 俺は、ギュッと口を結んで、ブランコから降り、楓音と向き合った。楓音ってこんなに小さかったっけ、と、俺は彼と向き合いながら思う。楓音は、覚悟を決めたように目を大きく見開いた。



「ごめん、楓音。俺は、楓音の気持ちに応えられない」
「うん、分かってるよ。星埜くんは、朔蒔くんのことが好きなんでしょ?」
「そう……だと思う。確証があるわけじゃないし、何で好きになったかとか、未だに理解できないけどさ」



 すぐに手が出て、ころころ表情が変わって、暴力的、性に奔放で……いいところがあるかっていわれたら、すぐに答えられないけれど。出会った時から、好きになる運命だったんじゃ無いかって思った。
 バカみたいな黒い星。けれど、それが真っ白に輝いているんだ。闇の中を切り裂く光、一等星。俺には、朔蒔がそういう存在だって思える。
 恥ずかしいけど。



「俺、彼奴のこと、好きになる運命だったんだと思う。好きなんだ、朔蒔のこと」
「うん、星埜くん」
「だから、ごめん」



と、俺はいって頭を下げた。下げる理由がないかも知れないけれど、真剣に告白してくれたんだから、それ相応に返さないとと、誠意を見せる。

 楓音は「フラれちゃったなあ」と、呟いて、俺の手を握った。



「じゃあ、明日からは、友達だ」
「楓音……」
「気にしなくてイイから。気にして、関係が壊れるの怖かった。だから、これでいいの」
「そうか、うん。楓音」



 楓音の切り替えに驚きながらも、俺は手を握り返し、笑ってみせる。楓音もあの眩しい笑顔で答えてくれ、それから、二人で笑った。それから少しだけ喋って、分かれ道でわかれることとなる。



「おくっていかなくていい?」
「うん、そこまで迷惑かけられないかな」
「じゃあ、気をつけて」



 手を振って、楓音に別れを告げる。楓音は俺が次の曲がり角に曲がる前手を振ってくれていた。逆行になって、遠くなるに連れて、楓音の顔がよく見えなくなる。真っ黒な影、背景に大きな太陽。そんな太陽に吸い込まれそうな楓音を見て、眩しいな、と思いながら、俺は曲がり角を曲がった。


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