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1章 魔神引っ越し

第17話 イカ焼き

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 目が覚める。そこはベッドの上だった。
 それも、身体が痛くならない上質フカフカベッドの上だった。

「「おはようございますエフィルア様」」
 ロアさんとトカマル君がこちらを覗きこんでいる。

 ああ、そうだ。昨日は食いすぎて倒れるように寝てしまったのだ。
 あれは夢だったのかなという夢を見たが、目覚めてみるとこれは現実だった。

 しかし、しまったな。ちょっとはしゃぎすぎたか。
 ロアさんトカ君の2人は途中から、俺の面倒を見るために飲み食いを控えていてくれたようだった。

「すまん、ありがとう2人とも」
「「いえいえ~」」
 ハモる2人。なんだか微笑ましいものを見るような視線を向けてくる。
 食いしん坊だと思われてしまっただろうか。
 

「エフィルア様。おはようございます。こちら、おめざにいかがですか?」
 食い倒れて眠り込んでいた俺に、追い討ちの朝食を薦めてくれたのはコボルトの女性。群長むれおさじょいぽんさんの奥さんである。ジョゼリッピーナさんだ。

 昨日提供された食事の数々も、ほとんど彼女が関わっていた。
 彼女はこの街の中でも大変な料理上手であるそうだ。

 いま俺の前には、ルビーを使った一皿が差し出されている。
 それはジョゼリッピーナさんの手によって、ぷるんぷるんのゼリーのように調理されたルビーだ。

「これはまた美しいですね」

 まさに食べる宝石。ほんとうの食べる宝石。
 ムースのように滑らかにホイップされた淡紫の謎ソースも、甘く華やかな香りを漂わせている。

 美味そうだが、それでも元はルビー。普通に考えたら人間が口にするものではない。地球基準で考えたら食べたらダメだと思う。
 

 がしかし、きのう宴席で気分が高揚しすぎてしまった俺は、いつのまにか鉱物料理にもどんどん手を出していた。
 それは上質な肉のように柔らかな一皿だったり、あるいは果汁溢れる果実の一粒のようなデザートだったり。

 俺は堪能した。
 普通に美味かった。お腹も壊さなかった。むしろ、より一層元気になった。
 恐るべしコボルト文明であった。

 石を食べるなんて、歯がすごく丈夫なのだな、なんて思っていてすみませんでした。そんな話も彼らとした記憶もある。


「はっはー、生の鉱石なんて食うやつはいないよ。硬すぎるだろ」
「よっぽどの物好きだな」

 コボルト的にはそういう話だった。
 トカマル君は食ってたけどな。バリバリと。
 コボルトとトカマル君はどちらも宝石や鉱物や魔石を食うから同じような食性だと思っていたが、そこは少し文化が違うらしいのだ。

 トカマル君いわく、素材の味を重視するらしい。
 そういえばトカマル君は生き物の霊魂も食べるそうだ。
 コボルトはそれを食わない。

 というわけで、フカフカベッドから起きた俺は、皆と一緒に朝食ゼリーをいただく。バカ美味い。とても上品な甘さである。昨日まで長らく味わっていなかった甘味に脳髄が痺れるような思いだ。

「エフィルア様。また是非一緒に料理をしましょうね。皆も喜びます」
 ジョゼリッピーナさんは優しい笑みを浮かべながらそう言った。
 聞くところによると、食事を作り、提供する者は大変な親愛をもって受け入れられるそうだ。
 
「エフィルア様ほどのお方であれば、おそらく何か大きなお仕事もあり、このような寒村にお引止めするのは申し訳なく思いますが、願わくばながのご滞在を」

 じょいぽんさんは殊更ことさらに恭__うやうや__#しく頭を下げる。

「いや、たいした仕事も目的も無いですよ」
 きっぱり申し上げる俺。

「いやいやいや」 じょいぽんさんは俺の言葉を真面目に受け取らない。
「いえいえいえ、本当に」 もう一度念を押す俺。 

 本当に俺なんてただの村八分で、人里にも居られなくなったからブラブラしているだけなのですが。
 彼には森で初めて会ったときから俺なんてしょうもない存在だという話はしているのだが、まったく聞いてもらえない。

「魂の質からして、根源的に普通とは違うものを感じます」
 じょいぽんさんはそう語る。

 そりゃあ確かに、魂に限って言えば日本産異質なのかもしれないが。
 やはりブラブラしているだけの存在であることに変わりはないのだ。

 いかに今の俺が行くところもやる事も定まっていないかということを力説する。
 可能ならば、ここに住ませてほしいくらいなのだ。 

「それではエフィルア様、我々に出来る事があれば何なりといたしますので、しばらくの間、この町に滞在していただければ心強いのですが」

 お、やった、やったぞ。俺はこの、モフモフ軍団と美食の街に滞在する事を許可された。

「では、しばらく居てもよろしいので?」
「おおっ 居てくださると?!」

 じょいぽんさん夫妻と、御付の人々も歓迎してくれている雰囲気だ。
 俺はしばらく御やっかいにはなる事を決める。 

 そうとなれば、さて、何か仕事をせねばな。という事になる。

「じょいぽんさん、それでは、何か俺に手伝える事でもありませんか」
「そんなそんな、恐れ多い。ただいて下さるだけで心強いのですから」
「いや、それでは困りますよ。」
 
 コボルト族というのは弱いらしい。採掘や細工仕事、家事全般は得意なようだが。
 
 ならばそれとは違う面で俺にも出来る事をと聞いてみるのだが、じょいぽんさんは遠慮しながら話すので、話が長くなる。要約すると、

 ①近くにアースクラーケンでかいイカが出没する。巨大で強いし襲ってくる。もしまた町が襲われたりした時に、防衛戦の助力をしてもらえると助かる。
 ②歪んだ空間を元に戻せないか?
 ③近くに埋まってるアンデッドの古城が怖いのですが。
 ④また食事を作ってふるまってほしい。

 仕事の報酬は、採掘した鉱石や宝石。ミスリルでもサファイヤでもお選びください。とまあ、そんな感じだった。

「エフィルア様。やりましょうっ!」
 報酬の話を聞いたトカマル君が反応し、俺に訴えてきた。
 君は鉱物とか宝石とかが大好物みたいだからな。食べれば進化も出来るようだし。

「私はアースクラーケンイカを食べたいです。エフィルア様」
 続いてロアさんが妙な事を言い出した。
 食ってみたいらしい。
 確かに魚介類はこのあたりでは獲れないから珍しいのだが、アースクラーケンは食べられるのか? イカと同じなのか? 犬系ってイカを食べても大丈夫だったろうか? 

 一応この世界の常識では、強い魔物の肉ほど高級食材である。食べると強くなれる。しかし、それと味とは別問題。毒がある魔物だっている。

「足先だけですが、食べた事はございます。おいしゅうございました」
「やはり!」 ガタガタッ 

 ジョゼリッピーナさんの発言にロアさんが興奮気味に反応した。
 以前に戦闘になったときに、かろうじて足先を少し切り落とす事に成功したらしい。
 
「んー、それなら、まずはイカの様子でも見にいってみようましょうか? どの程度の相手なのか」
「やった。そのまま倒しちゃいましょうよエフィルア様。今夜はイカ焼きです」


「「「おおお」」」
 どよめくコボルト族。

「ま、まさか、アースクラーケンを倒せると?」
 じょいぽんさんが目をまん丸にして叫ぶ。

「もちろんです! エフィルア様に敵うイカなどいません」
 勝手なことを言うロアさん。
 ちょっと前まではもう少し思慮深かったのになぁ。いまはもうほとんど野生が勝ってきてるよね。アホの子になりつつあるよね。

「どんな相手か知らないから倒せるか分かりませんが、まずは調査をしてみます」
 まともな事を言う俺。

「「「おおお」」」
 しかしコボルトさん達は既に変なテンションになっている。困った。
 もう彼らは置いておいて、イカの出現スポットに行ってみる事にした。


 その結果。敵は地面をグズグズに崩壊させながら地中を泳ぐ巨大イカであり、旧市街といわれるあたりに生息している事が判明した。
 ズタズタのボコボコに荒らされた町並みが凄まじい。

 そして倒した。
 いけそうだったので倒した。

 今アースクラーケンは地面に半分埋まったまま、全身が石化してしまっている状態である。

 初めにこのイカを見た時、それはあまりにデカく、しかもすぐに地中に逃げてしまうので倒しきるのが厄介なのだろうなという印象を受けた。

 帰ろうかな? と思ったのだが、その前に霧の魔物が使っていた石化ミストや、バジリスクの石化ブレスを試してみた。
 
 もともと既に石化ブレスは実験済みで、これは上手く使えないことは分かっていた。
 が、ダメもとで、身体そのものをミスト化する方も試してみたら出来たのだ。びっくりである。

 ブレスを吐くための器官は俺の身体には無い。そう、だから口からブレスを吐く事は出来なかった。しかし己の身体そのものをミスト化させることには成功したのである。
 
 どうなってんだか。まったくおかしな話であるとは思う。
 しかしとにかく、そうして俺は毒霧になってイカを石化させていった。

「エフィルアさまかっこいいいいいぃぃ なんですかそれなんですかそれなんですか」
 このミスト化。なにやらロアさんに凄くウケた。やたら喜んでいる。ロアさん的にかっこいいらしい。
 
「まず黒いマントをつけましょうよ、そうしましょう。それでマントを! ばさぁっとやってからのミスト変化ですよ! そして暗闇に飛び去り消えていく! あああかぁっこいぃいぃぃ」 

 あれかな? ロアさんはヴァンパイアとかドラキュラ伯爵的なのが好きなのかな?
 少しばかり盛り上がりすぎな気もするが、とにかく受けが良いのは間違いない。

「それいいですね、エフィルア様」
 トカマル君もそこそこ好きなようだ。

「あ、でもそうだ、ちょっと待ってくださいよ」
 はしゃぎまわっていたロアさんがピタリと動きを止める。

「大変ですエフィルア様! これだとイカ焼きが美味しく食べられません」
 
 んー、まあこのままだと石ですからね。でも大丈夫。
 俺は足先の一部を叩き折ってから、その部分の石化を解除する。
 この石化は術者の意思で解くことができた。
 さあ、今夜はイカパーティだぞ。

 ロアさんをはじめ、コボルト族のみんなも喜んでくれる。
 割れんばかりの喝采と歓声が、ボロボロの旧市街に響いた。 

 巨大ゲソを担いで街に帰っていくコボルト族の行列。
 子供たちもその周囲を駆け回っている。

 そんな姿を見送りながら、俺は新しいスキルのチェックをしておく。
 嬉しい事に、今度は“地盤崩壊”というアースクラーケンの技をゲットできたのだ。
 試してみると、これはすんなり使えた。地面がグズグズになっていく。

 この感じならば、土木工事にでも活用できるだろうか?
 建物を倒壊させるにももってこいである。

「さっきの即死光線もかっこ良かったんですけどね。効果が上手く出ませんでしたね。うーん」
 俺がスキルを色々試していると、トカマル君が顎に手をあててそう言った。
 
 それな、たしかに微妙な術だよアレは。
 どうも即死光線は使い勝手が微妙だったのだ。イカにも効かなかった。
 弱い敵には確かに効果があるが、それなら殴るだけでも一撃だし、逆にある程度強い相手、あるいは巨大な相手には効果がなさそうなのである。
 もはや目からビームが出るという見た目の面白さだけの、ネタスキルのように俺は思う。
 
 ともあれ、そうして一仕事終えた俺達は坑道街へと帰り、今日も素敵な夜を楽しむのだった。
 イカはもうしばらく食いたくないと思えるほどに、皆で堪能した。
 幸いな事に石化させてあるので鮮度も保てるだろう。



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