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1章 魔神引っ越し

幕間-とりとめのない日常  

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 引越し騒動も少しは落ち着いてきたか。そんな日々。

 今日も城の廊下を歩いていると、たくさんの骸骨やら死霊やらに挨拶をされる。
 軽い会釈だけをする人もいるし、丁寧に名乗ってくれる人もいる。
 彼らは皆、城の掃除や改修をやってくれているらしい。素晴らしく有難い。

 ふうむしかし…… これは困った。困ったぞ。こまっているのだ。
 どうにも、顔と名前がまったく覚えられない。

 いや問題はそれだけではないのだ。コボルト族だ。めちゃくちゃ数が多い。
 しかも向こうは皆、俺の事を知っている。ガンガン話しかけてくる。

 覚えられん。
 まったく覚えられないぞ。

「どうしたんですかエフィルア様?」
 俺が難しい顔をして部屋に入ると、ロアさんが声をかけてきた。
 現状の説明をしてみる。

「へっへへ~、そうですかそうですか~、そうなりますよね~」
 ロアさんはなぜか嬉しそうだ。
 なんでしょうかね、そのニヤニヤ顔は。

「ふふふっ!、私はきっとこうなると思ってましたよ。いずれ、いや、すぐに、沢山の存在がエフィルア様の周りに集まり始めるとね!」
 ロアさんは得意満面である。

「あのとき少しムリしてでもエフィルア様に話しかけた甲斐があったというものです。どうですか私の先見の明。すごいですかすごいですか? ふっふー」

 なるほど。最近すっかりイヌ感が強くなっていたけれど、どうやらロアさんも中々にしたたかなようだ。
 さすが。そうでなければ人狼は勤まらないのかもしれない。

「じゃあエフィルア様。これからもちゃんと、私の顔と名前は覚えておいてくださいね。忘れたらだめですよ?」

「当然ですよロアさん。さすがにそれは…… あ、でも…… 今みたいな人間モードじゃなくて、フェンリル狼状態になって他の大型狼の中に紛れ込まれた見分けがつかないかも……」

「え、えええ、」
 ロアさん驚愕の表情。“うっそっだっろっ” とでも言わんばかりの驚愕の表情である。

「なんでですか、なんでですか?! おかしいですよ。分かりますよ。ぜんぜん違うじゃないですか。匂いだって全然違いますから! ほらほら、ちゃんと、ちゃんと覚えて下さいっ」

 そう言いいながらモフい巨体に変化へんげして、グリグリとじゃれついてくるロアさん。
 んん、匂いか。
 しかし、そういったもので個体を判別する習慣がないからな。ぜんぜん分からない。
 覚えようとすれば覚えられるものだろうか?

 それから、しばし戯れて落ち着いた後、俺はロアさんの大きな身体に寄りかかながら考える。
 やはりこの城に住んでる存在達のことは把握しておいたほうが良いのだろうか?

 そもそも何名ぐらいいるのだろうか。
 というか、あのアンデッド達はなんなんだろうか。誰なのだろうか。良く知らないのだが?

 俺の魔力と地脈からのエネルギーを動力にしているらしいが。
 制御しているのはダフネさんである。
 なら彼女の研究室に行って聞いてみるか…… うーん、まあいいか。
 そのうち暇になったらだな。

 それよりも今日は、このあいだまで住んでいた、墓の隣の借家を解約しに行こうと思っていたのだ。
 大屋さんに何も言わずに出てきてしまったからな。
 あの時は仕方なかったとはいえ、今は挨拶に行くくらいできるだろう。

 大家さんはたくましいから、人間ではない姿の俺が行っても問題ないだろうしな。
 よしっ。

「エフィルア様。どこか行くんですか? 僕も行きます」
 いつの間にかロアさんの上に寝そべっていた少年トカマル君。ひょこっと頭を上げた。

「いや、今日は1人で行くよ。すぐ戻るし」
 ロアさんは眠ってしまったようだし、トカマル君とて目が半分閉じている。あれは確実に眠い顔だ。

 そんなわけで俺は1人、町にある大家さんの家に向かった――

 コンコンコン。いつものように戸を叩くと、いつものように大家のおばさんが出てきた。元気そうですね。

「なんだい、貰った家賃なら返さないよ? 今はアッチに住んでるみたいだがね」
 そう言って、彼女は視線で城のほうを指し示す。
 いやまったく変わらんなこの人は。
 今日は挨拶に来ただけだと伝える。墓場の横の家を離れる事になったと。

 帰りがけ、いつものパンをくれた。ありがたくいただく。
 とくべつ上等なパンというわけじゃあないが、俺はこいつが好きだ。

「じゃあまた寄ります」
「ひぇっひぇひぇ。今度来るときは儲け話でも持ってきておくれ」

 ん、ああそうだ、もう1つ話があったのだ。パンをかじっている場合ではなかった。

「そうそう、それなら良い話があるんですよ。大屋さんにぴったりの商談です」

「んんんっ?! 馬鹿だねぇ、そんな話があるならすぐに言いなあ」
 大家さんは不敵な笑みをうかべた。

 この大家さんは手広くいろんな商売をやっている。そして相手を選ばない。
 実はコボルトさん達が人間と商売をやりたがっていたから、その窓口に良いかと思っていたのだ。それを伝える。

「きぇ~~っひぃぇっひぇ。こりゃたまらんっ」
 嬉しそうな大家さん。これなら上手く進みそうだ。

 しかし話はそれだけではない。
 今のこの町には少しだけ問題がある。
 これまで使われていた町の外との物流網がかなり制限されてしまっているのだ。
 かといって無闇に人を出し入れするわけにもいかない状況だ。

 それで、この人ならばどうだろうかとは思っていたのだけど……、とりあえずコボルトさん達にも合わせてみよう。

「ひゃっひゃっひゃ。こいつは楽しくなってきた」

 まったく、風変わりな人である。 
 
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