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39 コボルト料理
しおりを挟む目の前に運ばれてきたのはプルンプルンに揺れる水晶のような何か。
小指の先ほどの大きさだが、魅惑的に揺れている。
「お口に合うか分かりませんが、コボルトの名物料理からお持ちしました。各属性の魔素が豊富で栄養満点。この水晶ですと爽やかな風属性の風味が特徴です」
料理を運んできてくれたコボルトの女性が説明してくれた。
彼女は群長ジョイポンさんの奥様で、名前はジョゼリッピーナさん。コボルト料理の名手らしい。
それから、ありがたいことに普通の魔物肉料理なんかも運ばれてきて、次々に並べられてゆく。
「このスープは?」
「地脈から採取した地属性魔素のポタージュでございます」
コボルト族は人間とは少し違うものも食べるようだ。
普段よく食べているのは、地脈から採集した地属性の魔素だそうだ。
宝石や鉱石も食べるが贅沢品らしい。魔物肉も食べるが人間ほどではない。
さて、食事が始まるとトカマル君は鉱物料理をモリモリに食べ始める。
魔鋼石、ミスリル鉱石、銀鉱石。そんな感じの食材が多いようだ。
俺とロアさんは、とりあえず無難に魔物肉料理からいただく事にする。
パクッ モグモグモグ…… !!!
その味は。俺の口腔に多大なる衝撃をもたらした。まさに、味覚の大爆発だった。
「う、うまい?!」
ピリッと風味が効いた味。魔物肉とは思えない爽やかな香り。香辛料、香辛料なのか?! しかしコショウや生姜といった地球の味とは別物だ。なんだこれは?
こちらに来てからというもの、野趣が溢れすぎた魔物肉をただ焼いて食べるだけの日々だった俺には衝撃の味だった。いや、つい先日臭み取りの方法は見つけたけれど、しかし味付けに関してはまだ塩をようやく手に入れただけだったから……
「このお味は、どのように?」
俺はジョゼリッピーナさんに尋ねずにはいられなかった。
「こちらは風と火の属性魔素と風味を含んだ岩塩を使用して、火炎ネズミを高温で焼き上げた一皿となります」
「岩塩ですか」
「はい、私共の住んでいた土地では、数種類の属性岩塩がとれましたので。これを良く使います」
「なるほど、なるほど」
「ささ、どうぞ」
次々に勧められる料理を堪能する俺。
どれもこれも、あの町で人間たちが食べていた物よりもずっと上等な料理だと思えた。少なくとも、大屋さんの店ですらこういった風味のある岩塩やスパイスなんかは販売してはいなかった。
気分が高揚してきた俺は、ジョゼリッピーナさんと魔物肉クッキングの話に花を咲かせた。
九十九神さんの水を使った臭み消しの話や、百合根やその他の食用になる植物の話もしてみると、彼女も興味をもってくれた。
インベントリから取り出して振舞ってみる。
「素晴らしい下処理。濃厚な魔素が染み込んだ旨みはステータスを上昇させるほどの効力を持つほどで、それにもかかわらず臭みやアクは綺麗に取り除かれておりますね。これは興味深い。コボルト料理にはない手法です」
実に有意義で楽しいひと時だった。数少ない百合根の素揚げも彼女には食べてもらった。とても喜んでもらえた。
ただ困った事に、そうしているあいだに他の大勢のコボルトさん達も興味をしめし、食べてみたそうに集まってきてしまったのだ。
残念ながらこれは数が少なく、とても全員には振舞えない。
どうしたものかと思っていると、ジョゼリッピーナさんが小さな生鉱石を入れた瓶をもってきて言うのだった。
「もしこの石にエフィルア様の魔力を少しだけ注いでいただければ、みんな喜ぶのですけれど」
それか、トカマル君も好きなやつだな。
俺はかたっぱしから魔素を流し込んでみる。
それを材料にして今度はジョゼリッピーナさんたちが少し加工をほどこすという。トカマル君ならこのままモリモリ食べるのだけれどね。
さて、俺も調理場を見せてもらうことに。案内された場所は地下温泉のような場所で、ぐつぐつと煮え立った赤い川が流れていた。龍脈とよばれるものの一種らしい。地下を流れる強力な魔素の河なのだそうだ。
「今日は直接ササッと通すだけにしましょうね」
そういってジョゼリッピーナさん達は鉱石をジャラジャラと小さな容器に入れてから竜脈に投げ入れる。すぐにすくい上げて優しく湯切りすると、石がちょっとだけ柔らかくなっていた。
皿に盛り付けて、コボルト族の皆がこれを食べてゆく。
皆よろこんで美味そうに食ってくれている。彼らが普段食べている味とはまた少し違った風味に仕上がっているらしい。
「おおお、これは凄い。まるで地の底を抉るような濃厚な闇の力を感じる。ほれほれ、若い衆は食べ過ぎに気をつけるのだぞ。ちょいとばかり強すぎる」
しだいに酔っ払ったようなコボルトさんも現われ、宴はモフり、モフられるどんちゃん騒ぎになっていった。
美味なるコボルト料理に俺も気分が高揚し、気がつけば自然と鉱物料理も口に運んでいた。これがまた不思議と美味なのだ。ほんのりと甘さすら感じる爽やかな味の一皿もあった。
そして周りにいたコボルト達は、しだいに手持ちの宝石や鉱物を持ってよこし、魔素を注ぎ込んでくれと頼んでくる。
「「「かぁぁっ、こいつは脳髄がしびれるぜ。エフィルア様の魔素うまぁっ」」」
そんな宴が最高潮の盛り上がりを見せたころ、それは起こった。
食事の途中で、生鉱石を大量摂取したトカマル君が徐に光りだしたのだ。
これは明らかに形態進化の前兆だった。以前ミニトカゲ姿から少年姿に変わった時の様子と同じである。
前々から生鉱石は摂取したがっていたから、これで栄養素が揃ったのだろう。
どんどんと輝きを増してゆくトカマル君。
それはもう奇妙な光景だった。宴の絶頂で食い倒れはじめるコボルトさん達と、進化しかけるトカマル君。まばゆい光が坑道街の岩壁を明るく照らす。やや混沌感が高い光景だった。
そして光が収束したときトカマル君は…… 白銀の全身鎧に身を包んでいた。
均整のとれた引き締まった身体に、細身の鎧の一片一片が輝きを添えるような姿だった。鎧は僅かな燐光を放つ。
「形態進化しましたー、どうですかエフィルア様」
「ふうむ、かっこいいなトカマル君」
身長も少し伸びているし、もはや俺よりも遥かに立派な冒険者に見える。いや、それよりは騎士のように見えるだろうか。
ただし、なぜか手には大鎌が握られていて死神感がある。鎧のほうにしても、明らかに人間の身につけている物とは違う異質な雰囲気。
そんなトカマル君。コボルトのちびっ子たちに大人気になっていた。今の変身がかっこよかったらしい。少年の心に火をつけたらしい。
歓迎の宴は謎の盛り上がりを見せ、夜遅くまで続いたが、俺達は一足早く切り上げて族長夫妻の家へと通してもらった。
柔らかなベッドのある客間に案内され、今晩はここで休む事に。
全てがコボルトサイズで少し小さめだが、寝心地の良さそうな立派な寝具だった。
しばらくボロ小屋暮らしだった俺には、なんだか贅沢すぎるようにも感じられたが、ありがたく使わせてもらう。
それじゃあオヤスミ。と、身体を横にした時。
隣のベッドにいたロアさんが飛び起きた。いち早く何かを感知したのは明らかだった。
「エフィルア様、何かが来ます」
コボルトの坑道街は、激震に見舞われた。
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