虐げられた魔神さんの強行する、のんびり異世界生活

雲水風月

文字の大きさ
40 / 61

40 思いがけないイカ肉

しおりを挟む

 コボルトの坑道街が激しく揺れたとき、俺達はすでに族長夫妻の家を出ていた。
 ロアさんの探知網が馬鹿デカイ魔物の姿を捉えていたからだ。

 俺達はすでに魔物の出現現場にまで先回りしていた。
 族長であるジョイポンさん達にも声をかけたから、彼らも行動を共にしている。

 いま俺達の目の前には、地面をグズグズに崩壊させながら地中を泳ぐ巨大なイカの姿があった。

 そして倒した。
 いけそうだったので倒した。可能な限り最速で倒した。
 巨大イカはすでに石化して動かなくなっている。
 うむ、街に被害はないな、迅速な対応が出来て良かった良かった。

「エフィルア様。僕も戦いたかったですけど…… でも今回はしょうがないですね」
「そうだねトカマル君。今のは速攻で動きを止めて倒しておかないと、街に被害が出たら良くないからね。トカマル君はまた今度がんばってくれよ」

「はーい、分かりました。次は僕が戦いますね」

 などという話をしていると、コボルト族の精鋭部隊が決死の表情をして集まってきた。みんな立派な武具を身につけているが、相変わらず見た目はモフモフとしていて可愛らしい。

「アースクラーケンが現われたぞ!」 
「旧市街跡にアーーースクーラケンだ~~!!」
「クソッ、あの野郎まで一緒に転移してくるなんてやってられないぜ」
「文句言ってる場合じゃないよ。とにかく戦わなくちゃ」
「とはいってもな、今度こそ持ちこたえられ・ ん?」

「皆のもの静まれ。すでに怨敵アースクラーケンは討伐された。魔神エフィルア様の手によって倒されたのだ」

「「「なっ?!」」」

 アースクラーケンは地面に半分埋まったまま、全身が石化してしまっている状態である。完全なる拍子抜け状態で、コボルト族の英雄たちは巨大イカを呆然と見上げていた。触手の1本だけでも10mほどはあろうかというイカの石像。

「「「何がどうなっているんだ」」」

 異口同音で疑問が飛び出す。
 
 ええとですね。地面をグズグズに崩壊させながら接近してくる巨大イカの情報をロアさんに聞いた瞬間に、あっ、これは俊殺しとかないといけないなと思いまして、敵が姿を現した瞬間に石化ミストを使いました。

 石化ミストというのはアレだ。霧の魔物の主成分。
 あるいは、窟化バジリスクが吐き出していた石化ブレスの主成分でもある。
 
 もちろんバジリスクの石化ブレスは俺には習得できなかったから、今回使ったのはブレスとは少しだけ違う。

 そもそも、俺の喉にはブレスを吐くのに必要な器官がないのだ。
 翼がなければ羽ばたけないように、種族特有の器官がなければ使えないスキルだってあるようなのだ。

 そう、そして俺の場合はだな、ブレスは吐けなかったが、なぜか身体そのものを霧化させる事は出来たのだった。石化ミストそのものに変化できたのだ。わりと簡単に出来たのだった。霧の魔物とバジリスクの石化ブレスを解析したあと、ちょっと出来そうな気がしてやってみたら出来たのだった。

 ブレスは吐けなかったくせに、なぜ身体丸ごとなら変えられるのかと疑問に思う部分はあるのだが、実際そうなのだからしょうがない。

 あれかな。俺には【変体制御】というスキルもあるので、これの効果で身体を作り変えることが出来るのかもしれない。
 もしくは魔神の種族特性なのかもしれない。 

 ともかく、俺は石化ミストへと変化して、巨大イカの足先から頭のてっぺんまでを石に変えていった。

「はあぁ。エフィルアさん。ミスト化かっこいいですね。ロマンが溢れてますよ。しかも黒い霧。石化効果まであるなんて。浪漫の極みですね」

 ロアさんは興奮気味に食いついてくる。
 彼女はこういうのが趣味らしい。なんだか俺の思っていた反応とは少し違った。
 気持ち悪がられるかと思ったのだが。

「あの、あの、マントを着てバサーーッと翻してから、霧に変化して飛び立つのとかって、凄く格好良いと思うんですよね。今度やってみてください」

 あれかな、ロアさんはヴァンパイアとかドラキュラ伯爵的な感じが好きなのかな?
 ちなみに俺の場合は着ている服は霧化させられないからね。マントを身につけていたとしても、マントはその場に置き去りになる。

 当然ながら、そのまま元の身体に戻ると素っ裸になってしまう。マントどころか全ての衣服を置き去りにして飛んでいってしまうのだから。

 だから服を置いていった場所にきちんと帰ってきてから人型に戻らなくてはスッポンポンなのである。微妙に格好がつかない仕様になっております。
 いやまてよ、インベントリに仕舞っておけば大丈夫か。衣類を先にバサッーっと出しておいて、その中にもぐってもとの身体に戻れば大丈夫?

 あとで練習しておく必要がありそうだ。シャツの裏表とか左右とかを間違えたり、首のとこから手を出してしまうような失態は避けたい。

 さてさて、そんな戯言はともかくとして、どうやらアースクラーケンという魔物はコボルト達の古くからの天敵だったようである。
 これまでの犠牲者は数知れず。しかも、今回の空間転移でもコボルトの坑道街にくっついて一緒に来てしまったというのだから迷惑千番な話である。

「まさか、あのアースクラーケンまでも倒せるとは」

「エフィルア様に敵うイカなどいませんから」
 勝手な見得を切るトカマル君。
 今回はたまたま倒せるイカだっただけだ。きっともっと強いイカだって普通にいるはずである。


 それにしてもこのイカ。どこからどう見てもイカである。
 地球のイカをそのまま巨大にしたような見事なイカである。魚介類である。

 ここしばらく魚介類を一切口にしていない俺には、その艶かしいイカボディが極上の食材に見えてしまっていた。それは否定の出来ない事実だった。

 しかし、このイカは食用になるのだろうか?
 
 族長ジョイポンさんに聞いてみると、これまでの戦闘でも足先の切り落としに成功した事はあって、それは普通に食用にしているという。

「エフィルアさん。私もアースクラーケンイカを食べたいです。このあたりでは手に入らない珍味ですよ。それに、とってもレベルの高い魔物肉でもありますし」

 一応この世界の常識では、より強い魔物の肉であるほど、より高級な食材であるとみなされる。良質な魔素をたくさん含んだ栄養食だからだ。

 良質な魔素と睡眠。これは日々の生活で消耗したMPを回復させるのにも不可欠だし、効率良くレベルアップしていくためにも必要なものだと言われている。

 もちろん自分とレベルの違いすぎる魔物の肉は強力すぎて危険だから、魔素抜きの処理をしないと食べられない。とくに人間はそのあたりが繊細なようだが、コボルトさん達はどうなのだろうか。
 ふつうにイカ肉を食べたことはあるようだが。

 俺は石化したイカの足を少し切り落とし、それから石化を解除した。
 透明感のある新鮮なゲソが、ぷりぷりぷるんと現われる。
 幸いなことに、石化は術者の意思で解くことも出来るようだ。

 ジョゼリッピーナさん率いる御料理チームとも協議して、巨大ゲソは街の食料庫へと運ばれる事に。

 巨大ゲソを担いで街に帰っていくコボルト族の戦士たち。
 すでに歓迎の宴も終了した夜遅くだったが、子供たちまで出てきて周囲を駆け回っている。

 コボルト族のみんなもイカ肉に喜んでくれているようだ。いや、倒した事にももちろん喜んでくれているのだろうが。
 とにもかくにも割れんばかりの喝采と歓声がボロボロの旧市街跡地に響いた。 

 流石に今夜は誰もが皆すでに満腹だから、これを食べるのは明日になる。
 大部分は石化させたままの状態だから、鮮度も長く保てるだろう。

 皆の姿を見送りながら、俺はここで新しいスキルのチェックも済ませておいた。
 嬉しい事に【地盤崩壊】というアースクラーケンの技を少しだけ観察できていたのだ。イカが地中から姿を現すまでの間が少しだけ暇だったのだ。

 さすがにまだグレーアウト表示の状態で、完全な習得には至っていない。観察時間も短かったから練習には時間がかかりそうだが、面白そうなスキルではある。
 上手く使えば町の1つや2つは丸ごと沈める事も出来そうな強烈なスキルになるだろうし、土木工事なんかにも最適だ。


 人間の町から旅立って1日目の夜は、こうしてようやく終わりを告げた。





しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

暗殺者から始まる異世界満喫生活

暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。 流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。 しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。 同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。 ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。 新たな生活は異世界を満喫したい。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

コンバット

サクラ近衛将監
ファンタジー
 藤堂 忍は、10歳の頃に難病に指定されているALS(amyotrophic lateral sclerosis:筋萎縮性側索硬化症)を発症した。  ALSは発症してから平均3年半で死に至るが、遅いケースでは10年以上にわたり闘病する場合もある。  忍は、不屈の闘志で最後まで運命に抗った。  担当医師の見立てでは、精々5年以内という余命期間を大幅に延長し、12年間の壮絶な闘病生活の果てについに力尽きて亡くなった。  その陰で家族の献身的な助力があったことは間違いないが、何よりも忍自身の生きようとする意志の力が大いに働いていたのである。  その超人的な精神の強靭さゆえに忍の生き様は、天上界の神々の心も揺り動かしていた。  かくして天上界でも類稀な神々の総意に依り、忍の魂は異なる世界への転生という形で蘇ることが許されたのである。  この物語は、地球世界に生を受けながらも、その生を満喫できないまま死に至った一人の若い女性の魂が、神々の助力により異世界で新たな生を受け、神々の加護を受けつつ新たな人生を歩む姿を描いたものである。  しかしながら、神々の意向とは裏腹に、転生した魂は、新たな闘いの場に身を投じることになった。  この物語は「カクヨム様」にも同時投稿します。  一応不定期なのですが、土曜の午後8時に投稿するよう努力いたします。

異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める

自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。 その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。 異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。 定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。

処理中です...