幸福奇譚

安馬川 隠

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本編

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 重東からしたら、その日の行為は想定外のことばかりであった。嫌なものは一つもない、嬉しい誤算しかなかったのは僥倖。

 隣で意識を飛ばし、後処理等は重東が全て行い綺麗な姿で眠りについた宏臣の髪を撫でる。
壁掛け時計が時刻は深夜三時半だと告げる。

 重東は名残惜しさを残しつつ、寝室から出てリビングへと向かう。
キッチンの端に置いておいた自分の仕事用鞄を持ち中から携帯を取り出せば不在着信が五十件を越えていた。
チッ、舌打ちをして不在着信の相手に電話をかける。
呼び出し音が機会音ではなく、何故かオルゴールちっくなものなのが何故だか腹立たしい。
 三コール目で応答となり、電話の向こうの人が「遅いですよ、若」と挨拶も無しに切り込む。


「……ねぇ、いつから俺より偉くなったの?」


 宏臣に使う言葉とは真逆の冷たく、突き放すような言葉遣い。
電話越しの相手も瞬間「し失礼しました、若」と言葉を濁らせ、謝罪しか出来ぬ状態。
無言のような圧力がかかり続ける電話越しの会話。


「………ま、良いや。叶真ようまを呼んでおいて」


 すぐに伝えますと、切られた電話に重東の怒りは嬉しい誤算で得たものを壊すようで殊更腹立たしかった。
服を直し、寝室で寝ている宏臣の寝顔をみて癒される。先ほどまでの沸き上がる怒りも溶けて消えるようだ。
頬を撫でると違和感なのか手に頬を擦り付けるように頭を横に動かす。その一連の流れだけでそこに怒りなど存在しない。


 コンコンッと玄関の扉をノックする音がする。
電話を掛けてきた者に関しては重東は居ても居なくても、居ない方がスッキリする位にか思っていないが名指しで指名した叶真という男は気の利かせ方が上手く、今もお楽しみだった可能性を考慮し絶対にインターホンは鳴らさない。

 寝ている宏臣にいってきますと囁く声で挨拶すれば、玄関へと向かい扉を開く。
「お疲れ様です、若。これからロンティルの方で契約の更新に参ります」深々と頭を下げ、顔の見えない叶真は淡々と挨拶にこれからの流れを説明する。
ん、とだけ返事をした重東に叶真は違和感を覚える。


「………失礼ですが若。あの部屋で寝ている者についての処分はいかがされるので?」

「しない、あの子は俺の最愛だ」

「……左様で……は?最愛?……若の?」


 叶真からしたら、あり得ない話。
重東は決して一夜を過ごした相手とは二度と会わない。それは比喩等ではなく現実的な話として。
一夜をねだった女や金目当てで近付いた男は、須く生きて帰ることはない。
大体は眠ったようにそのままサヨナラ、臓器や売れるもんは捌いて終わり。あまりにも悪質な人間は臓器も綺麗でないだろうという重東の考えで繋がっている病院に卸して治験等で人類の役に立ってもらう。

 貢献して死ねるんだから、良い話だ、と笑う重東にやっと出来た最愛だが叶真の記憶で言えば、コンビニで一目惚れしたから薬漬けにして保存してぇから何日までにこの部屋に連れてこい。と言われ必死こいて連れ去ってきた奴が早々重東に懐くとは思えない。
ヤバい薬でも盛られたとしか……それでも死んでないという事実、最愛といい囲いを完全に封鎖した重東を見て悟る。

 『これは触れたらアウトなやつだ』


 じゃあ車回すんで、エレベーター呼びますよ?と叶真が下に行くボタンを押す。
高層階なだけあって、少し時間がかかりそうだと沈黙が包む中。
ガタンッと重東が出てきた玄関の扉になにかが体当たりしたような鈍い音が響き渡る。
このワンフロア全て重東の所有の部屋で今誰かを囲っているのは一つのみ。何が当たったかなんて考えなくても理解出来る。

 叶真からは流石に動けない為、ちらと見た重東の顔はあまりにも冷酷で見慣れているはずなのにヒュッと声が出るほどのもの。
はぁ、と小さくため息をつき叶真に「もし飛び出すことがあれば容赦なく気絶させろ」と冷たく言い放つ姿を見てやはり懐柔したわけではないとわかる。


 ガチャガチャと鍵を回し、扉を開いた重東の姿は扉越しに見えなくなったがそれまで殺気に溢れていたにも関わらず瞬間で優しい雰囲気になる。


「……ヒロ?どうしたの?どこに行こうとしてたの?」

「じゅとさ……居なかったから……」

「ッッ、寂しくなったの?大丈夫。仕事が終わり次第すぐ帰ってくるから。ヒロを一人にしてごめんねぇ」


 扉越しに聴こえる重東と宏臣の愛を語る優しい会話は、叶真には別世界のような違和感しかなかった。
その後、エレベーターの到着を叶真が教えたことで宏臣が叶真を認知した。それに腹を立て、叶真にとって厄介事が増えたことはいうまでもない。
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