幸福奇譚

安馬川 隠

文字の大きさ
6 / 30
本編

6

しおりを挟む

 叶真の運転する車が雑虚ビルの前に停車する。一足先に降りた重東に「車停めてきますわ」と一言、車を動かし去っていく。

 こういう場合の時の重東は待つことをしない。
スタスタと歩いて、雑居ビルの中へ入り三階にあるクラブロンティルの扉を開く。
鈴のような音が鳴り、黒服が走りやって来て頭を下げる。一連の流れはとても良くできた店。


「仕事中にごめんねぇ、オーナー呼んで?榊が来たと言えばわかるから」


 黒服は突然のことながらわかりましたと、とりあえずで重東を客席に案内しオーナーを呼んでくると裏へ回った。
店の女の子達は突然の来客で見た目で上玉だとわかる人間には目がない。重東のような容姿も良ければ着ているハイブランドのスーツの人間には殊更のこと。

 Cの卓に座った男性、うまく行けば玉の輿では。と邪な思考は正常な脳の危険信号を受け取らなくなる。
綺麗で艶やかな装飾に飾られた女性が二人、空席ではと気を利かせたように重東を挟んで両隣を埋める。

 各々名刺を重東に渡し、『エリカ』と『サチ』であることを示した。重東は仕事の時に使う『重』という名前だと伝えれば、思っていてもいなくても素敵なお名前ですねと笑顔を向けられる。


「重さんは今日はお仕事ですか?オーナー呼んでたみたいですけど」


 名刺から知ったエリカという女性の目的が、サチやチラチラと此方を覗く邪なものとまた違うものだと一言で勘づいた重東は、だったら何?と少し試すように問いかける。
 エリカは名刺に本店舗NO.1と大々的に書いてあるが、確かに玉の輿でここにいるわけではなさそうで重東も警戒心を緩めて試すことが出来る。


「……であればオーナーを…粛清出来るだけの力があるのなら、お願いしたくて」


 エリカの言葉は重東、そして車を置いてから向かってきて静かに重東の卓の前に来たばかりの叶真の笑いを誘った。
ケヒヒッと笑う叶真と声を殺して震える重東を見て、馬鹿にされた!と怒ることをエリカはせず決して変わらないトーンで「私はこの店が失くなることを切に願っているので」と続けた。


「…………合格だね」


 絶妙に気まずい空気感で重東が呟いた言葉の答えにエリカは問うことが出来なかった。
バタバタッと店内に響く革靴で駆けてくる音。不快感しかない音に、重東も叶真も先程の笑いが元から存在しなかったかのように冷たい表情で音の主が来る方角を見つめた。


「っはぁ、おおお待たせ致しました、も申し訳ございませんッ。榊さま………ってお前達ッ失礼を働いてないだろうなッ?!」


 クラブロンティルのオーナー今井 晋也。
重東が調べた通り、オールバックの黒髪、無精髭に眼鏡。乱れた服を急いで直してきたと言わんばかりのズレたネクタイ、ブランドの小さいネクタイピンがネクタイの方のみについているのも焦りからくるものなのだとしても重東の好感度はマイナスになっていくばかり。

 そんな空気感を今井は全て、卓についた女のせいだと決めつけ、無理やり腕を引き頭を押さえつけるように謝らせた。
重東と叶真にそれを止める理由は今のところなかったから傍観していたが、サチの髪留めに今井の腕時計が引っ掛かったのかカチンッと不快な高音がした。



 その音が、とても、大嫌いだった。



 叶真のコイツ終わったな、という気持ちの入った溜め息を女の髪飾りに不快でもあったのかと勘違いした今井はサチの髪飾りを無理やり抜き取り床に叩き落とす。
この店ではこの対応が通常なのか誰も悲鳴を上げない、異論を唱えない。全て、重東が調べていた通り。


「……ねぇ、今井だっけ。さっきから思ってたんだけどね………頭高くない?」


 重東の感情の無い氷と代わりない冷たい言葉に、瞬間で今井の背中に嫌な汗が伝う。膝の力が抜けるように跪く姿を見た重東はそうだよね、それが正しいよね。と笑っていない瞳で微笑んだ。


「…今井はさ、知ってるよね。この辺りのシマを仕切るのは俺達だって。馬鹿じゃないもんね。それを知っていて、まさか厳道会を贔屓にするなんて随分と大胆で愚かなことしたりしないよね。厳道会への情報漏洩にクラブで違法なこともやってないよね?
ま、ウリの斡旋で自分もお零れ貰ってるとか凄いと思う。本当に湧いたウジ虫と同じだもん」


 重東の口から出る言葉は決して強くない。
子供と話すような、幼稚園等で子供を宥める先生のように落ち着いてはいるが、内容が物騒を越えるもので女達も頭を下手にあげられない。


「ケジメつけてくれるよね。ね?今井」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

人気アイドルが義理の兄になりまして

BL
柚木(ゆずき)雪都(ゆきと)はごくごく普通の高校一年生。ある日、人気アイドル『Shiny Boys』のリーダー・碧(あおい)と義理の兄弟となり……?

処理中です...