幸福奇譚

安馬川 隠

文字の大きさ
18 / 30
本編

18

しおりを挟む

 百九十を越える身長の人間というだけで威圧感が上がるのに加えて、重東の最愛の腕を強引に引っ張っていた現場を見てはもう言い逃れも出来ない。


「………あ、わ若。これは…その組長に……ッ」


 部下としては組の中でも盃交わした豪我を最も優先しなければならないことは確かではある。が若頭の最愛を、という命は肝を冷やすには十分すぎるお題目であった。怖さでいえば同等程度の圧。

 重東は部下に冷たい視線を向けても部下が腕を引く手を引っ込めないことに苛立ちを覚えたが、組長の命を純粋に守るという点では褒められた行動である。
ゆっくりと部下に近づき、優しく宏臣の腕を掴む手首の辺りに手を添える。
親指に力を入れるように、一点に力を入れれば途端に走る電撃と手首の骨が砕けるような痛みに部下は襲われあまりの痛みに手を離し膝をつく。

 あたふたと部下と重東を見ながら動こうにも動けずにいた宏臣は部下が声を抑えながらも痛みに耐えきれぬ表情をしていることに気付き、まるで庇うように部下と重東の間に咄嗟の行動であったが出てしまった。
 間に飛び出る宏臣に動揺しながらも怒りが勝った重東は宏臣ですらも掴み掛かりそうになる。


「…………なんでヒロがその男を庇うのかな。理解できないんだけれど……突然誘拐されて、もしかしたら俺が知らない間に道中の車内で殺されてバラされてたかも知れないんだよ?」


 重東の言葉はひどくまともで至極当たり前の懸念点。
重東がただの一般人ではないと知ってしまえば周りに居るのは味方だけではなく遠方から此方の弱点を虎視眈々と狙う敵ばかり。
今回は味方内ではあったのかもしれないが、重東の言う通りでいつ息の根を止められてしまうのか想像するほど悪寒に苛まれる。


「…………だ、だとししても…手は出さなぃ……」


 空気の重さに誰一人として喋らない、いや喋れない虚空に響いた小さな声は叶真含む部下達ですら呆気に取られた。殺気立った重東に声をかけるなど組長くらいなものだというのに。
 か弱くふるふると震えながらも自分でない他人のために止めようとする。絶対的な弱者が強者に震えながら挑む姿は滑稽でありながら何処か絵画でも見ているような気持ちにさせる。


「……叶真、帰る支度をする。ここに来た時点で俺のものを奪った借りが出来た、埋め合わせは必ずしてもらいますからね」


 重東は部下の前に立つ震える愛し子の肩に腕を回す。
大丈夫、もう何も心配ないからねと無言で伝えるかのように抱いた肩を優しく撫でながら、騒ぎに気付いてゆっくりと出てきた豪我を睨んだ。
鋭い視線から出た言葉は強い語彙で、必ず埋め合わせという名の報復をすると宣言した。


「……愛しい子が出来ると弱くなるだろ。俺もだった、今回は我が組だったから良いものを。これが他組織、敵対のものであったなら今頃開きでバラされてるな。
しかも、怒りに我を忘れて愛し子に止められるとは…やってることは駄々をこねる子供とそれを制止する親だな、滑稽」


 豪我の言葉に納得がいってしまうからこそ腹立たしい。重東とて組の次期支柱で、多くが今は若と呼ぶがいずれは組長の名前を引き継ぐべき存在。
慢心や油断が今回の自体を招いたことは事実、宏臣が自分からは逃げ出さないだろうという慢心と『自分で』という一点から目を逸らしてしまっていたという油断があったことは明らか。

 叶真が足を用意するまでの本当に限られた時間で重東は屈辱的な程に考えさせられた。



 怒り心頭で出ていった重東の背中を見送った後、豪我は頼まれたことすらも全う出来ずと落ち込む部下を宥めながら自室に戻った。
愛する者が出来ることで弱くなる、重東にも伝えた通り豪我もまた弱くなった一人だったからこそ出来た忠告。

 豪我は喪った。それは決して他者の介入があったというわけではなかったが、狙われた回数や巻き込んでしまった経験上、重東に伝えられることは多くある。


「……愛する者が出来ることで弱くなるのは自然の摂理だとしても、愛する人一人守れない様じゃこの世界では生きられないよな。なぁ東、俺達の子も人を想う心を持ち始めたぞ」


 親としては嬉しい気持ちがあった。母を喪ってから重東が滅多に感情を現さなくなりどれだけ自分が苦しいとしても助けすら呼ぶことを辞めていた時期もあったのを乗り越えて来たから。
ただ、組長としては不安がまだまだ強いのもまた事実で、重東の年齢にそぐわない低い精神年齢と行動には無視しようにも出来ない問題点が多すぎる。

 愚かだと、切り捨てられないのは愛した女の血を継ぐ無慈悲にはなれない自分の子供だから。
我ながら馬鹿馬鹿しい話。


「………おい、明日でも叶真を呼んでくれ。重東の件纏める必要ができた」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

人気アイドルが義理の兄になりまして

BL
柚木(ゆずき)雪都(ゆきと)はごくごく普通の高校一年生。ある日、人気アイドル『Shiny Boys』のリーダー・碧(あおい)と義理の兄弟となり……?

処理中です...