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しおりを挟む榊組組長ならびに若頭は仲が悪い。
これは組に所属するものがまず知らなければならない問題で、組長の前で若頭の話をしない。同様に若頭の前で組長の話をしないという暗黙のルールすらあるほどだ。
叶真含む一部の幹部や長い歴の者は除外され普通に話すこともあるが、それぞれあまり良い顔はしない。
「………」
呼び呼ばれたはずにしては重すぎて息をするのも詰まるような空間。
『呼んだのならさっさと用件を済ませろ』という意思表示が顔に浮かび上がってしまう重東に呆れてものも言えない豪我という図ではあったが、豪我も性格が悪いので重東から話を切り出すのをまっていた。
何分だろうが口を開かない重東と豪我に痺れを切らしたのが豪我の右腕ともいえる存在である将吾であった。
「組長、若。お話くださらないとなにも進みません」
将吾は重東を幼い頃から知っている存在ゆえ、扱い方も手慣れたもの。
豪我のことを上手く宥めつつ、重東の背中の押し方も熟知している。
「………愛した人を囲っています、言質は取ってある。文句は無いでしょう?」
「言質、なぁ。その言質ってのは夜勤明けの子拐って閉じ込めて薬打って言わせた愛の言葉か。その子の意思はどこにもない」
豪我は決してこの関係を良くは思わない。重東もよく理解している。
だが、想定以上に情報を得ていたんだと少しだけ動揺する。
せいぜい調べて分かることは、このあたりの情報だけだろうと見下していた。相手が自分の父親である前に、多すぎる組員を纏め上げ頭張る人間であることを忘れていた。
深めのため息を吐けば、やっと理解したかと豪我も小さく息を吐く。ここでブラフを提示してもすぐに嘘だと露呈し面倒になりかねない。選ばされているのに、選択肢が無い。
「……意思がない、のならば母もそうだったことでしょう。意見等取り入れてもらえず衰弱し最後の記憶は心を病んで荒ぶって俺に手を上げる寸前だった。余程母を追い詰めていたのが窺える」
豪我の言葉が詰まったように止まる。
榊親子が仲が悪い理由、それが重東の母親、豪我の妻であった存在。
プルルル…
氷のように冷たくなった空間に響く着信音。鳴っているのが豪我の携帯でなければ今頃どちらかが怒り無差別に舎弟達が被害にあっていたかもしれない。
イライラの積もる空間でも組長に来る連絡を無下に扱うことは出来やしない。
「……おう、どうした」
『組長、ご指示通りにお連れできる状態になりましたんでお連れしても大丈夫ですか』
「重東も来てる、大丈夫だ」
親子だから、といえば簡単な話だろう。考えている事がわかってしまった。自分が豪我の立場ならばやるであろうことが推測できてしまった。
重東の殺意を込めて伸ばした手を易々と躱し制圧をする。右手で重東の頭を掴み地面に押し付け、左手で手首を拘束し身動きを封じる。
「……宏臣に手を出した奴全員の手首を切り落としてやる」
「ほぉ、宏臣っていうのか。かあいい名前だな」
暴れたにも関わらず一切の呼吸の乱れもない豪我に底知れぬ怒りはあれど、組を仕切る組長という存在が重東ですら制圧できたのならすぐにでも首を取られて終わっていたと納得すら出来てしまうのが悔しかった。
宏臣という名前を何度も復唱して押さえつけた重東の反応を楽しむ様は拷問に近い。
外で待つ舎弟達は中でドタバタと聴こえても入る許可がないのにと悶々とすることしか出来ずにいた。
音がしてから十数分で、組長お抱えの幹部が一人の男の子を連れてきた。
叶真は姿を見るや否や自分の羽織っていたジャケットを脱いで肩からかけた。
自分の服が見つからなかったのだろう、重東の服をまるでワンピースのように着て靴がなかったのだろう重東のブカブカな靴を借りて、外に出る格好ではない姿。
「……宏臣さん、寒いでしょう上着を。返却は若からで……って何故此処に?」
叶真の質問の返答待たずして、宏臣の後ろから来た豪我の部下が叶真の言葉を遮るように「組長の所へ」と強めに宏臣の腕を掴み引っ張ろうとした。
「…ッ!おい、カタギの腕だろうが」
「うるせぇぞ叶真、組長の命だぞ。逆らうってのか」
組の者がカタギ、つまりは一般人に睨みを効かせることはおろか言葉もましてや手を出すことなど許されていない。暴対法強まる時勢ではなおのこと。
ただ、叶真の懸念している点はカタギに手を出したということよりも違う点にあった。
「……ねぇ、なんでヒロが此処にいてお前風情が腕を掴んでるの」
叶真の悪い勘だけは良く当たるようで。
豪我の企みに気付き手を出したが失敗に終わり怒りのままに部屋を出た重東が冷たい目をして宏臣の腕を掴んだ部下を見下ろしていた。
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