それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都

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§ 墨に近づけば黒くなる。

09

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「いつものアレは……司だ」
「司? 司叔父?」
「社長がなに?」
「歩夢、おまえは、そもそも俺が、着る物なんかに興味無いの知ってるだろう?」
「うん」
「いまの会社立ち上げたときに、おまえのその格好じゃ客が逃げるって司に散々ダメだしされたんだよ。あいつ、すげぇしつこくて、俺の顔見るたびにネチネチネチネチ言ってくるの。それで仕方なく俺が折れて、会社ではそれなりの格好するようになったわけ」
「へぇー、そんなことが……」
「ネチネチネチネチ……司叔父ならやりそう」

 あいつは口こそ柔らかいが、負けず嫌いだし執念深くて困ると愚痴る尊の言葉に耳を傾けながら、エレベーターで見た、あの、いかにも切れ者っぽく隙の無いスーツ姿を思い出していた。

「ねえ、だったら、あのときは? ラスベガスで全然違ったのはなんで?」
「ラスベガス? ああ、あのときは休暇だったからな。会社じゃ司が煩いから仕方ないけど、休暇中くらい好きな格好してたって、べつにいいだろう?」
「まあね……」

 なるほど。それで私が会った尊は、ヨレヨレの無精髭だったのか。

「そういえば、おまえ、俺に気づかなかったよな?」
「へっ?」
「へっ? じゃないだろ? 俺の見た目がちょっと違うくらいで、三年前のこと持ち出すまで俺がわからないとはなぁ……」

 冷たいヤツだと恨みがましく睨まれた。話の矛先を突然こっちに向けないでほしい。

「だ、だって。しょうがないでしょう? ちょっとどころじゃないよ? 変わり過ぎだよ!」
「そうか? そんなに変わったか?」
「うん。まるで、ビフォーアフター」

 にやっと意地悪げに笑ってみせると、「それ言い過ぎ」と、額を叩かれた。

「いったぁ! ったくもう……ぶたなくたっていいじゃない」

 おもしろそうに笑うのが腹立たしくて、額に手を当て膨れる。

「俺は、エレベーターでひと目見た時、すぐおまえに気づいたぞ。歩夢は、きれいになったな」

 肌はすべすべ髪もつやつや、目の下のクマも無くなって、すっかりきれいになったなと、私の頬に手を添え親指で頬を撫で、目を細める尊を見つめながら思う。

 それは、違う。

 私のそれは、きれいになったなっていないの問題ではなく、単に、あの頃の荒れた生活から脱却し、規則正しく健康的な暮らしをしているからというだけにすぎない。

「それ、私のおかげだからね」

 佳恵がローテーブルに両肘をついて顎を乗せたまま、ニヤニヤとおもしろそうに私たちを眺めている。

 しまった。佳恵の存在を忘れていた。

 慌てて尊の手を避けようと仰け反るより早く、顔が迫りチュッと音を立てて、唇を奪われた。

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