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§ 勝負の行方

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 夕食は、甘い食前酒から始まった。箸付、前菜、椀盛、お造り、と、料理が次々運ばれてくる。趣向を凝らした料理は、どれも小さな器に美しく盛り付けられていて、箸をつけるのがもったいないほどだ。

「気に入ったものだけに箸をつけなさい。量が多いから、出された端から全部食べていては最後まで食べきれないよ」
「そんなこと……言われなくてもちゃんとわかっています」

 せめてこのいちいち指図する癖だけでもなくなってくれたら、この人と一緒の時間をもっと楽しめるのに。

 ふと、あの会社の女の子たちがしている彼の話を思い出し、顔が緩む。

「なにを笑っているの?」
「え? べつに、なんでもない」

 亮の顔を見れば見るほど思いだして笑いが止まらなくなる。

「俺に隠し事か?」
「隠し事もなにも、もともとなんでも話しているわけじゃないし……」
「言いなさい」

 以前は、眉を顰め偉そうな口ぶりで命令されると、無性に腹が立った。でも、近頃はこの憎たらしい口が、かわいく思える時もあるから、不思議なものだ。

「わかったってば。言えばいいんでしょう? 言うけれど……その前に怒らないって約束して」
「…………」

 約束はしてくれないらしいが、一応言ってみただけだから、まあいい。

「あのね、会社の女の子たちの話しを思い出していただけ。亮はね、あの子たちに、格好よくて寛容で仕事ができて憧れるっていつも噂されているの。でも、本当は、すっごく偉そうで箸の上げ下げまで細かく口煩いんだって教えたら、あの子たちはどう思うのかな? って考えたら、なんだかおかしくなっちゃって」

 格好よくて、寛容で、仕事ができるのも本当なら、偉そうで細かくて口煩いのも本当だ。

「俺、そんなに偉そうで口煩いか?」

 日常から離れた開放感も手伝って気が大きくなった私は、この際だからと、はっきり言わせてもらった。楽しい。後は野となれ山となれ、だ。

「うん。すっごく偉そうで口煩い。亮は自覚無いの?」
「自覚なぁ……ある、と言えば、あるが。おまえは? こういう俺は嫌か?」

 少しは気にしているのか。と、思えば、楽しさも倍増する。

「私? 正直言えば、あまり嬉しいとは思っていないけれど。でも、大丈夫。もう慣れたから」
「……慣れた、のかよ」

 ぼそっと呟くその言葉に現れた不満の色。こうして時々かわいいから、私は許し受け入れてしまうのだと思う。
 この人に慣れたのか、慣らされたのか。毎日大小なにかにつけて注意されれば、気分のよくない時もある。でも、亮の指摘が正しいのも本当で。いまだって、色とりどりの料理に気の向くまま箸をつけていたら、間違いなく主菜に到達する前にギブアップしていただろう。

 制限するばかりかと思えば、私の小鉢が空になったのを見て、気に入ったのならこれも食べていいよ、と、自分の分を差し出してくれる。そんな小さな言葉や動作のひとつひとつから、大切にされている自覚と幸福感を得ているのも事実。

「もうだめ、お腹いっぱいで食べられない」

 それでもやはり、〆のご飯とデザートを前に、ギブアップ宣言をする私だった。


 夕飯後は、ふたりで和風庭園の散策。
 浴衣と羽織の上にさらにコートを着ていたが、山間の澄んだ夜の空気は、かなりひんやりして寒い。

 昼間も素晴らしかったが、ライトアップされた夜の庭園は別世界のようだった。
 紅葉の盛りを少しだけ過ぎていたが、ところどころ灯りに照らされた色とりどりの葉と幹が風に揺れてゆらゆらと輝く明暗のコントラストが美しい。
 池にもライトが当てられ、真っ黒な池の中で、時折水面近くを泳ぐ魚の赤や黄色の鱗や水飛沫がきらりと反射する。
 宿の周囲は真っ暗な闇に包まれ、夜空に溶け込むよう。暗闇に浮かび上がる建物の灯りと、庭園を照らす灯りが、幻想的な雰囲気を作り出していた。

「やっぱり寒いだろう? 部屋に戻ろうか」
「ううん、大丈夫。もう少しだけ」

 亮の大きな手のひらに手を滑り込ませギュッと握る。仄暗いガーデンライトに照らされた玉砂利の小道を進む足取りは遅い。

 私の一歩手前にひとひら、真紅に紅葉した楓の葉が落ちている。亮の手を離した私は屈んでそれを拾い、手のひらの上で少しの間眺めた後、コートのポケットに仕舞った。

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