神様の縁結び〜台灣で挑む月下老人のおいしいミッション〜

樹沙都

文字の大きさ
6 / 50
§ 天空碧

拜拜の二

しおりを挟む
「月老? 誰?」
「なによ? 月老知らないの? この界隈じゃ知らない人がいないほどの有名人なのに」

 月老といえば、月下老人。さっきお参りした長い髭のお爺さんの神様ではなかったか。それにしても。
 あの紳士然としたスタイルは、月老とは似ても似つかないのだが。
 そりゃそうか。名前は同じでもさっきの人は生身の人間。神様の月老が実在なんてするわけがない。

「すごい。月老に会えるなんて! なんかもう一生分の運、使い果たしちゃったみたいな気がする」

 なんと大げさな。

 曉慧の目はキラキラと輝き、頬はピンク色に上気している。

「カッコいい……」
「きゃあ! こっち見た!」

 それはそれは見事に色気たっぷりの流し目に射貫かれた、ふたりの女。

 スターか。

 サインでももらいに行きそうな勢いだな、と、思うが早いか、ふたりはすでに月老と呼ばれるダンディなその人に向かって走り出していた。

「月老! ファンなんです! サインもらえますか?」
「握手してください!」

 ちゃっかりサインと握手を強請るふたりの燥ぎように、開いた口が塞がらない。

 ここは他人の振りをしたいところではあるが、あちらもきっと迷惑に違いない。
 自分の連れだし、やはり止めに入るべきだろうと一歩踏み出したところで、ふと目を上げた月老の視線が、わたしの視線と交わった。

「あ?」
 ——足が、動かない?

 目だけが、ゆっくりと歩み寄ってくる月老を見据えたまま、まるで金縛りにでも遭ったかのように、突然体の自由が利かなくなった。

 なんなのこれ?

 焦り混乱しているわたしの目の前で足を止めた月老が、わたしの全身を舐めるように見ている。そして最後に、首元をじっと見つめた。

「天空碧か……。よくもそんなものが手に入ったものだ」

 言われている意味はわからないが、その低い声になぜか体中の産毛がぞわぞわと逆立った。

 強く見透かすような漆黒の瞳に見つめられ、背筋を冷や汗が伝う。ゴクリと、唾を飲み込んだ。

 どれくらいの時間が経っただろう。ふっと月老の口元が緩んだのを機に、体中の緊張が解け、脱力すると。

「林美鈴——おまえの縁は、難儀だな」
「え?」
 ——なにを言っているのこの人?

「体調が悪かったり、なにか不可解なことがあったりしたら、相談に来なさい」

 名刺大の紙を差し出されるのと同時に、わたしの手が勝手にそれを受け取った。
 自分の体が自分のものではないみたいなこの感覚。いったいなにが起きているのだろう。

「小鈴だけ、ずるーい」
「ねえ、月老になにもらったの?」

 ふたりの声が耳に響くと同時に、静寂が打ち破られた。我に返ったときにはすでに、月老の姿はなく。握らされたその紙を、曉慧とアマンダが興味深げに覗き込んでいる。

 それは、なんの変哲もない白無地の名刺に印刷された文字——月老婚姻紹介所。ゆっくりと裏返すとそこには、所在地らしき略図がある。

「ねえ、月老婚姻紹介所……って、なぁに?」
「なによ? アマンダ。あんたまで知らないなんて情けない。月老婚姻紹介所っていえば、成婚率百パーセントを誇る、台北一の超有名な婚姻紹介所よ」

 婚姻紹介所とはつまり、日本でいうところの結婚相談所のようなものだろうか。

「百パーセント……」

 成婚率百パーセントとは、ずいぶん大きく出たものだ。

「ねえ、曉慧。成婚率百パーセントなんだったら、いっそ神様の月老にお願いするより、こっちの月老に相談したほうが、早くて確実に結婚できるんじゃないの?」

 アマンダ、よく言った。それ、正論です。

「えー? だってそれじゃあ……」
「あ、そっか。別の人紹介されても困るもんね。曉慧には愛しのしゅ——むぅううう」

 瞬時に顔を沸騰させた曉慧が、アマンダの口を塞いだが、もう遅い。
 アマンダの目配せが、代わりに問えとわたしに言っている。

「ねえ、曉慧。篠塚さんとはどうなってるの? そこら辺のこともちゃんと聞かせてもらわないと」

 曉慧の想い人、篠塚修しのづかおさむさんは、仕事の傍ら中国語の研鑽にと、この春からわたしたちと同じ語学学校の個人コースに通っている、台北勤務のビジネスマン。
 日本人離れした長身と涼やかな目元が特徴的な、落ち着いた物腰で大人の魅力たっぷりだが、茶目っ気もある楽しい人。
 わたしたちは、曉慧を誘って参加した語学学校の校外イベントをきっかけに仲よくなった。

「煩い! 私のことはべつにいいのよ。それよりあんたでしょ、小鈴。あんたこそ名刺もらったんだし、ちょうどいいじゃない。相談に行きなさいよ」
「なんで話戻ってくるかな……」
「行く! あたしが行く! それであの流し目のきみを……」
「アマンダ?」
「それ! 本末転倒!」
「どうして? いいじゃない」
「アマンダ、あんた、守備範囲広すぎ」
「曉慧、あんただってサインもらってたでしょう?」
「それとこれは、別よ」

 また始まった。
 漫才のようなこの掛け合い。ふたりはいつでも面白い。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

処理中です...