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§ 天空碧
中秋節の二
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「小鈴? 食べてる?」
「あ、うん……」
「どうしたの? 具合でも悪いの?」
「いえ、そういうわけじゃなくて」
「そういえば少し痩せたんじゃない? 大丈夫? ちゃんとご飯食べてる?」
曉慧のお母さんが心配そうに眉間に皺を寄せ、わたしの頬に掌を当てた。
「勉強だけでも忙しいのにウチのためにいろいろしてくれて……店の手伝いまでさせちゃってるし。疲れが溜まってきてるのかも? 小鈴、ごめんね」
芙蓉姐は、もうしわけなさそうに眉を下げる。
「芙蓉姐、それはないよ。大丈夫。いまのは、ちょっとぼーっとしてただけだから」
「あ、そっか。わかった。あんた——」
突然ぽんっと手を打った曉慧が、「奇哥! 小鈴の腸詰めまだぁ?」と、大声で叫んだ。
なんだ、お腹が空いていただけだったのね、と、みんなが一様に納得する。
どうしてみんなそれで納得しちゃうのよ。
内心ちょっと拗ねつつ、パイナップルビールをまたひとくち啜った。
「ねえ、小鈴はあと三ヶ月でしょう? 語学学校終わったらどうするの?」
「どうするって……いまのところは帰るとしか」
「そっかぁ、やっぱり帰るんだよね……」
曉慧が残念そうな顔でぼそっと言う。
「こっちの大学への編入や就職は考えなかったの?」
「いまとなっては、それができたらいいなと、思う気持ちもあるんだけど……」
カイくん一家や曉慧たちと別れて日本へ帰るのは、わたしだって寂しいし、できることなら帰りたくないと思う。だが、このままいられるわけではないから、仕方がない。
あと三ヶ月か。ああ、どうしてちゃんと先々まで計画してから留学しなかったんだろう。
「小鈴には日本に戻らなければならない事情があるのかな? もし特別な事情がないんだったら、せっかく中国語を勉強したんだし、いまからでも遅くないよ。こちらで生計を立てることを考えてみてもいいんじゃない?」
「そうだよー。帰るなんて言わないでさ」
せっかく仲よくなったのに小鈴が帰ったら寂しくなるわと、曉慧のお母さんも残念そうにしている。
「まだ若いんだから、やりたいことはやれるうちにやったほうがいいと、僕は思うよ」
「若いうちって、修だってまだ若いじゃない」
年寄り臭い発言をしている篠塚さんの年齢は、たしか、三十歳ちょっと手前くらいだったはず。
「僕はもう三十路だからね。先も見えてくる年齢だし、そうそう冒険はできないかな」
「私は三十歳になっても冒険していたいけどな」
「曉慧は夢追い人だもんね」
「大嫂! それを言うなら、夢を着実に実現する人って言ってよ」
口を尖らせビールを煽る曉慧を「ハイハイそうよね」と、兄嫁さんが軽くあしらう。曉慧のピッチが速い。そろそろ酔いが回ってきているようだ。
「修はずっとこっちにいられるの?」
「僕ですか? 僕は——まだしばらくはいられると思いますけど。こちらに来てもうじき一年になるので、いつ呼び戻されるか、って、ところですかねぇ。こればっかりは本社次第だから、僕にはどうしようもないんですが」
お仕事じゃ仕方がないわよね、と、相槌を打つお母さんの傍らで、曉慧がまた新たなビールを開け、口をつけた。
わたしも、またまたひとくち、ビールを啜る。なぜだろう。今日はお気に入りのビールがおいしく感じられない。
彼らの話に耳を傾けながらも、ふと気を緩めると昼間の場面が繰り返し脳裏に浮かび、月老の言葉が頭のなかで木霊する。
『林美鈴——おまえの縁は、難儀だな』
見ず知らずの他人に、なにがわかるの?
『天空碧か……よくもそんなものが手に入ったものだ』
天空碧ってなに?
突然、シャーッと音が聞こえたと思ったら、眩しい光が目に飛び込んできた。咄嗟に手の甲で瞼を覆う。
「な、に? まぶし……」
「小鈴、目が覚めたかい?」
「……!……」
ハッと目を開いて声の聞こえた方向に顔を向けると、日の差し込む明るい窓を背にした林媽媽が笑っている。
見覚えのある天井、見覚えのある壁紙、見覚えのある家具——キョロキョロと辺りを見回せばそこはなぜか、林媽媽の寝室で。
「えっ? なんで?」
——バーベキューは?
「あ、うん……」
「どうしたの? 具合でも悪いの?」
「いえ、そういうわけじゃなくて」
「そういえば少し痩せたんじゃない? 大丈夫? ちゃんとご飯食べてる?」
曉慧のお母さんが心配そうに眉間に皺を寄せ、わたしの頬に掌を当てた。
「勉強だけでも忙しいのにウチのためにいろいろしてくれて……店の手伝いまでさせちゃってるし。疲れが溜まってきてるのかも? 小鈴、ごめんね」
芙蓉姐は、もうしわけなさそうに眉を下げる。
「芙蓉姐、それはないよ。大丈夫。いまのは、ちょっとぼーっとしてただけだから」
「あ、そっか。わかった。あんた——」
突然ぽんっと手を打った曉慧が、「奇哥! 小鈴の腸詰めまだぁ?」と、大声で叫んだ。
なんだ、お腹が空いていただけだったのね、と、みんなが一様に納得する。
どうしてみんなそれで納得しちゃうのよ。
内心ちょっと拗ねつつ、パイナップルビールをまたひとくち啜った。
「ねえ、小鈴はあと三ヶ月でしょう? 語学学校終わったらどうするの?」
「どうするって……いまのところは帰るとしか」
「そっかぁ、やっぱり帰るんだよね……」
曉慧が残念そうな顔でぼそっと言う。
「こっちの大学への編入や就職は考えなかったの?」
「いまとなっては、それができたらいいなと、思う気持ちもあるんだけど……」
カイくん一家や曉慧たちと別れて日本へ帰るのは、わたしだって寂しいし、できることなら帰りたくないと思う。だが、このままいられるわけではないから、仕方がない。
あと三ヶ月か。ああ、どうしてちゃんと先々まで計画してから留学しなかったんだろう。
「小鈴には日本に戻らなければならない事情があるのかな? もし特別な事情がないんだったら、せっかく中国語を勉強したんだし、いまからでも遅くないよ。こちらで生計を立てることを考えてみてもいいんじゃない?」
「そうだよー。帰るなんて言わないでさ」
せっかく仲よくなったのに小鈴が帰ったら寂しくなるわと、曉慧のお母さんも残念そうにしている。
「まだ若いんだから、やりたいことはやれるうちにやったほうがいいと、僕は思うよ」
「若いうちって、修だってまだ若いじゃない」
年寄り臭い発言をしている篠塚さんの年齢は、たしか、三十歳ちょっと手前くらいだったはず。
「僕はもう三十路だからね。先も見えてくる年齢だし、そうそう冒険はできないかな」
「私は三十歳になっても冒険していたいけどな」
「曉慧は夢追い人だもんね」
「大嫂! それを言うなら、夢を着実に実現する人って言ってよ」
口を尖らせビールを煽る曉慧を「ハイハイそうよね」と、兄嫁さんが軽くあしらう。曉慧のピッチが速い。そろそろ酔いが回ってきているようだ。
「修はずっとこっちにいられるの?」
「僕ですか? 僕は——まだしばらくはいられると思いますけど。こちらに来てもうじき一年になるので、いつ呼び戻されるか、って、ところですかねぇ。こればっかりは本社次第だから、僕にはどうしようもないんですが」
お仕事じゃ仕方がないわよね、と、相槌を打つお母さんの傍らで、曉慧がまた新たなビールを開け、口をつけた。
わたしも、またまたひとくち、ビールを啜る。なぜだろう。今日はお気に入りのビールがおいしく感じられない。
彼らの話に耳を傾けながらも、ふと気を緩めると昼間の場面が繰り返し脳裏に浮かび、月老の言葉が頭のなかで木霊する。
『林美鈴——おまえの縁は、難儀だな』
見ず知らずの他人に、なにがわかるの?
『天空碧か……よくもそんなものが手に入ったものだ』
天空碧ってなに?
突然、シャーッと音が聞こえたと思ったら、眩しい光が目に飛び込んできた。咄嗟に手の甲で瞼を覆う。
「な、に? まぶし……」
「小鈴、目が覚めたかい?」
「……!……」
ハッと目を開いて声の聞こえた方向に顔を向けると、日の差し込む明るい窓を背にした林媽媽が笑っている。
見覚えのある天井、見覚えのある壁紙、見覚えのある家具——キョロキョロと辺りを見回せばそこはなぜか、林媽媽の寝室で。
「えっ? なんで?」
——バーベキューは?
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