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§ 天空碧
中秋節の三
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「お腹空いただろう? 朝ご飯できてるから、さっさと起きて顔洗っといで」
ケラケラと笑いながら部屋を出て行く林媽媽のうしろ姿をぼーっと見送る。
いったいなにがどうしてこうなっているのか。寝起きの回らない頭を無理矢理働かせてはみたものの、思い出せないものはやはり、思い出せない。
くぅ——っと、空腹を知らせる切ない音が鳴る。
「まあいいか。とりあえずご飯」
腹が減っては戦ができぬ。べつに……なにかと戦うわけじゃないけれど。寝乱れた髪と衣服をざっと整え、顔を洗いにバスルームへ入った。
「小鈴、おはよう! って、変な顔!」
芙蓉姐がぷっと吹き出した。
「芙蓉姐……」
——そんなに笑わなくても。
「ほら、突っ立ってないで早く座ったら?」
「……うん」
——まるで狐につままれたような気分だ。
芙蓉姐の隣に腰を下ろし、ほかほか湯気を立てているお粥の茶碗を林媽媽から受け取った。
今朝のおかずは、定番家庭料理、卵とトマトの炒め物と、キュウリの和え物。それと。
「わー、腸詰め!」
甘い腸詰め——台湾ソーセージは、林媽媽の魯肉飯に次ぐ、わたしの大好物だ。
早速、皿から一切れ取って齧る。うーん。おいしい。
「小鈴、昨日食べ損なったでしょ。目が覚めたら絶対に悔しがるだろうから、焼いてないやつもらってきたのよ」
昨日と耳にして、二切れ目に伸ばしかけた箸が宙に浮いた。
「え……っと、昨日は……」
「あはは。昨日ねぇ。どこまで覚えてる?」
芙蓉姐の目が、戸惑うわたしを面白そうに笑っている。
「うう……。ビール飲んでそれから、焼き肉が出てきて、それで……」
どう頑張っても、やはり思い出せるのはそこまでだ。
「その先は覚えてなくて当然よ? 小鈴ったら、静かになったと思ったら、座ったままビールの缶握りしめて寝てたんだもの」
「わ、わたし、寝ちゃった、の?」
「そうよー。おかしいわよね? まだ缶半分も飲んでなかったんだから、酔うはずもないのに。もしかして、どこか具合でも悪いんじゃないの? 風邪でも引いた?」
「うーん。どこも悪くない……と、思うけど?」
「本当に? どこも変わったところはない?」
「うん。べつに。いつもどおりだよ?」
熱があるわけでも喉が痛いわけでも頭痛がするわけでもないから風邪ではないだろうし。体を冷やしたり、食べすぎたりも——思い当たる原因はなにもない。
それなのに、一般的なビールよりもアルコール度数の低いパイナップルビールを、たった缶半分飲んだだけで寝てしまうなんて。普段のわたしではありえない。
「やっぱり無理させちゃってるのかな? 小鈴、ごめんね。私がこんなじゃなきゃもっと動けるんだけど」
「そうだよ小鈴。店だって人を雇えばいいんだからね。キツかったらちゃんと言うんだよ。若いときの無理は年取ってから祟るんだから」
「大丈夫なんだけど……うん。気をつけます」
そもそもあんたは食が細すぎるんだからたくさん食べて元気をつけなさい、と、林媽媽がわたしの茶碗に卵とトマトの炒め物とキュウリを積む。
「それでね、雨も降り出したし、そのままにして病気になったら困るから先に休ませようって、家まで運んだのよ」
「うん……。ごめんなさい。お手間おかけしました」
「謝る必要なんてないよ。ちっとも手間なんかじゃないんだから」
林媽媽がどんどんお食べと、山盛りの茶碗にさらに腸詰めを積み上げた。
いくらなんでも朝からこんなにたくさん食べられないってば。
「それで? バーベキューは?」
「ああ、バーベキュー? そりゃもちろん、あんたを寝かせてからガレージに移動して続行したわよ?」
「……ガレージ?」
「だって、雨が降ってきたんだもの」
あたりまえでしょう、と言う芙蓉姐に林媽媽も頷いている。なんでだ。
天気の変化を見越して最初から車が追い出されていたとは。バーベキュー愛、凄すぎ。
気を取り直して茶碗の山を崩すべく取りかかった。完食できる気はしないが。
「そういえばさ、修って優しいわよねー。曉慧とアマンダがあんたを起こそうと頑張ってたのよ。でも、ぜんぜん起きなくてさ。それを見てた修が、無理に起こすのはかわいそうだから僕が運びますって、あんたを背負って媽のベッドまで運んでくれたのよ」
「うそっ? ぐっ……ごほごほっ」
「小鈴! ちょっとなにやってるの」
「大丈夫かい? ほら、お湯飲んで!」
「う……」
危うく腸詰めで窒息するところだった。
酔って正体をなくして篠塚さんに背負われ運ばれただなんて。恥ずかしすぎる。
「世話になったんだ。修に小鈴媽媽がごちそうしたいからって、ウチに連れといでよ」
「そうね。時間があるときにでも寄って、ご飯食べてもらえばいいわ」
「え、でも、そんな……」
「なに遠慮してるんだい? ウチの娘が世話になった人に媽媽がお礼をするのは当たり前だろう?」
「林媽媽、芙蓉姐……ありがとう」
「まったく、この子はまた!」
「あ、ごめんなさい」
——しまった。また他人行儀だと叱られてしまう。
「媽! これも小鈴のいいところだから。ね? そうでしょう?」
「ああ、そうだね。わかってるよ」
優しい笑顔の林媽媽に見つめられながら、山盛りの朝食を必死で口へ運び——
——完食しました。
ケラケラと笑いながら部屋を出て行く林媽媽のうしろ姿をぼーっと見送る。
いったいなにがどうしてこうなっているのか。寝起きの回らない頭を無理矢理働かせてはみたものの、思い出せないものはやはり、思い出せない。
くぅ——っと、空腹を知らせる切ない音が鳴る。
「まあいいか。とりあえずご飯」
腹が減っては戦ができぬ。べつに……なにかと戦うわけじゃないけれど。寝乱れた髪と衣服をざっと整え、顔を洗いにバスルームへ入った。
「小鈴、おはよう! って、変な顔!」
芙蓉姐がぷっと吹き出した。
「芙蓉姐……」
——そんなに笑わなくても。
「ほら、突っ立ってないで早く座ったら?」
「……うん」
——まるで狐につままれたような気分だ。
芙蓉姐の隣に腰を下ろし、ほかほか湯気を立てているお粥の茶碗を林媽媽から受け取った。
今朝のおかずは、定番家庭料理、卵とトマトの炒め物と、キュウリの和え物。それと。
「わー、腸詰め!」
甘い腸詰め——台湾ソーセージは、林媽媽の魯肉飯に次ぐ、わたしの大好物だ。
早速、皿から一切れ取って齧る。うーん。おいしい。
「小鈴、昨日食べ損なったでしょ。目が覚めたら絶対に悔しがるだろうから、焼いてないやつもらってきたのよ」
昨日と耳にして、二切れ目に伸ばしかけた箸が宙に浮いた。
「え……っと、昨日は……」
「あはは。昨日ねぇ。どこまで覚えてる?」
芙蓉姐の目が、戸惑うわたしを面白そうに笑っている。
「うう……。ビール飲んでそれから、焼き肉が出てきて、それで……」
どう頑張っても、やはり思い出せるのはそこまでだ。
「その先は覚えてなくて当然よ? 小鈴ったら、静かになったと思ったら、座ったままビールの缶握りしめて寝てたんだもの」
「わ、わたし、寝ちゃった、の?」
「そうよー。おかしいわよね? まだ缶半分も飲んでなかったんだから、酔うはずもないのに。もしかして、どこか具合でも悪いんじゃないの? 風邪でも引いた?」
「うーん。どこも悪くない……と、思うけど?」
「本当に? どこも変わったところはない?」
「うん。べつに。いつもどおりだよ?」
熱があるわけでも喉が痛いわけでも頭痛がするわけでもないから風邪ではないだろうし。体を冷やしたり、食べすぎたりも——思い当たる原因はなにもない。
それなのに、一般的なビールよりもアルコール度数の低いパイナップルビールを、たった缶半分飲んだだけで寝てしまうなんて。普段のわたしではありえない。
「やっぱり無理させちゃってるのかな? 小鈴、ごめんね。私がこんなじゃなきゃもっと動けるんだけど」
「そうだよ小鈴。店だって人を雇えばいいんだからね。キツかったらちゃんと言うんだよ。若いときの無理は年取ってから祟るんだから」
「大丈夫なんだけど……うん。気をつけます」
そもそもあんたは食が細すぎるんだからたくさん食べて元気をつけなさい、と、林媽媽がわたしの茶碗に卵とトマトの炒め物とキュウリを積む。
「それでね、雨も降り出したし、そのままにして病気になったら困るから先に休ませようって、家まで運んだのよ」
「うん……。ごめんなさい。お手間おかけしました」
「謝る必要なんてないよ。ちっとも手間なんかじゃないんだから」
林媽媽がどんどんお食べと、山盛りの茶碗にさらに腸詰めを積み上げた。
いくらなんでも朝からこんなにたくさん食べられないってば。
「それで? バーベキューは?」
「ああ、バーベキュー? そりゃもちろん、あんたを寝かせてからガレージに移動して続行したわよ?」
「……ガレージ?」
「だって、雨が降ってきたんだもの」
あたりまえでしょう、と言う芙蓉姐に林媽媽も頷いている。なんでだ。
天気の変化を見越して最初から車が追い出されていたとは。バーベキュー愛、凄すぎ。
気を取り直して茶碗の山を崩すべく取りかかった。完食できる気はしないが。
「そういえばさ、修って優しいわよねー。曉慧とアマンダがあんたを起こそうと頑張ってたのよ。でも、ぜんぜん起きなくてさ。それを見てた修が、無理に起こすのはかわいそうだから僕が運びますって、あんたを背負って媽のベッドまで運んでくれたのよ」
「うそっ? ぐっ……ごほごほっ」
「小鈴! ちょっとなにやってるの」
「大丈夫かい? ほら、お湯飲んで!」
「う……」
危うく腸詰めで窒息するところだった。
酔って正体をなくして篠塚さんに背負われ運ばれただなんて。恥ずかしすぎる。
「世話になったんだ。修に小鈴媽媽がごちそうしたいからって、ウチに連れといでよ」
「そうね。時間があるときにでも寄って、ご飯食べてもらえばいいわ」
「え、でも、そんな……」
「なに遠慮してるんだい? ウチの娘が世話になった人に媽媽がお礼をするのは当たり前だろう?」
「林媽媽、芙蓉姐……ありがとう」
「まったく、この子はまた!」
「あ、ごめんなさい」
——しまった。また他人行儀だと叱られてしまう。
「媽! これも小鈴のいいところだから。ね? そうでしょう?」
「ああ、そうだね。わかってるよ」
優しい笑顔の林媽媽に見つめられながら、山盛りの朝食を必死で口へ運び——
——完食しました。
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