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§ 誘惑 *
三
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ふたり分の涙に濡れて、額に貼り付く亜弥の前髪を、克巳の無骨な指が梳く。濡れた額から頬へ、腫れた瞼へ、赤く染まった鼻先へと、克巳は次々唇を寄せながら、亜弥の頬をさらに濡らした。
「いまの亜弥を見せて。頼む……」
唇が何度も、何度も、柔らかに啄まれる。結んでいた唇の間を薄らと緩めれば、躊躇いがちな舌先が侵入し、口蓋をなぞった。
そっと舌先を差し出しそれに触れてみると、仄かに涙の味がする。
会わせられた震える唇も、いつしか熱く絡み合う舌も、ふたりだけのもの。拾年前のあの日となんら変わりのない恋情が、そこにあった。
亜弥の上体を抱き起こした克巳が、ブラウスの前立てに手をかけ、左右に開いていく。露出した肩口の疵痕が視界に入ったところで、克巳は一瞬その手を止めて目を伏せた。
「……腕、抜いて」
「……うん」
克巳の手の動きを助けるように、上腕を少し後ろへ引けば、長袖のブラウスがするりと、亜弥の腕から抜き取られる。
ブラウスを軽く畳む克巳の指先を目で追いながら、あの日と同じだ、と、亜弥は思った。
違いがあるとすればそれは、お互いを隔てた歳月。瑞々しい十七歳の肢体は、もう何処にもない。
背に回された手が、ブラジャーのホックを外した。緩んだカップから、量の丸みが溢れ出る。苦痛に顔を歪める克巳は、それを凝視。素肌を暴かれた恥ずかしさを口に出す代わりに、亜弥は唇を噛みしめた。
胸元から腹にかけて、茶色く染まった大小の疵痕を、克巳が指先でなぞると、亜弥は擽ったさに耐えきれず、小さく身動ぎした。
「くすぐったい?」
様子を探るように瞳を覗き込む克巳に、亜弥は大丈夫、と、頷き微笑む。
「こっちも……いい?」
テーパードパンツのウエストベルトに指を引っかけて問われ、亜弥は一瞬躊躇う。けれども、克巳の真剣な表情を前に「嫌」と言えるはずもなく、小さく首肯した。
前ボタンを外してファスナーを下げ、後ろ側のウエストベルトに手をかけた克巳に呼応するように、亜弥が膝を曲げて腰を上げた。下着ごとするりと剝かれ、下半身が冷たい空気に晒される。
「あ、靴……」
「あ、ごめん。靴が……」
膝下で行き場を失いくしゃくしゃになったテーパードパンツのその先を眺めたふたりは、顔を見合わせて小さく笑った。
きっかけなんて、ほんのささやかなもの。緊迫した空気が霧散し残ったのは、互いを想うふたりの心。
やり直しとばかりに、左足、次は右足と、ローヒールのパンプスを脱がされる。それを床に揃えた克巳は、テーパードパンツはもちろん、下着からショートストッキングまでをも大切に畳んだ。
立ち上がり、ベッドから少し離れた椅子へ重ねた衣類を置き、振り返れば、そこにあるのは、曝け出された素肌に散る、痛々しい大小の疵痕。
煌々と照りつけるシーリングライトの下、疵だらけの醜い裸体を晒す緊張に、亜弥の心臓が煩いほどに跳ねる。いまさら隠し立てするものはもうなにもない。亜弥は、克巳の挙動をただ見守った。
「きれいだよ。亜弥は……なにも変わっていない。きれいだ」
その詞に、再び涙を溢れさせた亜弥が、両手を伸ばす。克巳はもどかしそうに衣服を脱ぎ捨て、白い身体を抱き締めた。
「いまの亜弥を見せて。頼む……」
唇が何度も、何度も、柔らかに啄まれる。結んでいた唇の間を薄らと緩めれば、躊躇いがちな舌先が侵入し、口蓋をなぞった。
そっと舌先を差し出しそれに触れてみると、仄かに涙の味がする。
会わせられた震える唇も、いつしか熱く絡み合う舌も、ふたりだけのもの。拾年前のあの日となんら変わりのない恋情が、そこにあった。
亜弥の上体を抱き起こした克巳が、ブラウスの前立てに手をかけ、左右に開いていく。露出した肩口の疵痕が視界に入ったところで、克巳は一瞬その手を止めて目を伏せた。
「……腕、抜いて」
「……うん」
克巳の手の動きを助けるように、上腕を少し後ろへ引けば、長袖のブラウスがするりと、亜弥の腕から抜き取られる。
ブラウスを軽く畳む克巳の指先を目で追いながら、あの日と同じだ、と、亜弥は思った。
違いがあるとすればそれは、お互いを隔てた歳月。瑞々しい十七歳の肢体は、もう何処にもない。
背に回された手が、ブラジャーのホックを外した。緩んだカップから、量の丸みが溢れ出る。苦痛に顔を歪める克巳は、それを凝視。素肌を暴かれた恥ずかしさを口に出す代わりに、亜弥は唇を噛みしめた。
胸元から腹にかけて、茶色く染まった大小の疵痕を、克巳が指先でなぞると、亜弥は擽ったさに耐えきれず、小さく身動ぎした。
「くすぐったい?」
様子を探るように瞳を覗き込む克巳に、亜弥は大丈夫、と、頷き微笑む。
「こっちも……いい?」
テーパードパンツのウエストベルトに指を引っかけて問われ、亜弥は一瞬躊躇う。けれども、克巳の真剣な表情を前に「嫌」と言えるはずもなく、小さく首肯した。
前ボタンを外してファスナーを下げ、後ろ側のウエストベルトに手をかけた克巳に呼応するように、亜弥が膝を曲げて腰を上げた。下着ごとするりと剝かれ、下半身が冷たい空気に晒される。
「あ、靴……」
「あ、ごめん。靴が……」
膝下で行き場を失いくしゃくしゃになったテーパードパンツのその先を眺めたふたりは、顔を見合わせて小さく笑った。
きっかけなんて、ほんのささやかなもの。緊迫した空気が霧散し残ったのは、互いを想うふたりの心。
やり直しとばかりに、左足、次は右足と、ローヒールのパンプスを脱がされる。それを床に揃えた克巳は、テーパードパンツはもちろん、下着からショートストッキングまでをも大切に畳んだ。
立ち上がり、ベッドから少し離れた椅子へ重ねた衣類を置き、振り返れば、そこにあるのは、曝け出された素肌に散る、痛々しい大小の疵痕。
煌々と照りつけるシーリングライトの下、疵だらけの醜い裸体を晒す緊張に、亜弥の心臓が煩いほどに跳ねる。いまさら隠し立てするものはもうなにもない。亜弥は、克巳の挙動をただ見守った。
「きれいだよ。亜弥は……なにも変わっていない。きれいだ」
その詞に、再び涙を溢れさせた亜弥が、両手を伸ばす。克巳はもどかしそうに衣服を脱ぎ捨て、白い身体を抱き締めた。
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