33 / 83
§ 手を伸ばせば先にあるもの。
02
しおりを挟む
「あ……」
「あれからもう随分経つのに、あなた、ちっとも変わらないのね。会社で顔を見たとき、すぐわかったわ。まさか今頃になってあなたと再会するなんて……フフッ、変な感じ。あなたは? 私のこと、まだ思い出せない? それとも、まったく眼中にもなくて覚えてすらいないのかしら?」
「…………」
ここまで言われたら、考えられることはただひとつ。この人は、俊輔が振った相手のうちの誰かだ。
私にとってはあいつに頼み込まれて一度顔を合わせただけの相手。彼女たちはおろか俊輔の恋愛そのものにも何の興味すら無いのだから、その相手を覚えているはずもない。
だが、彼女たちにしてみれば、昔のこととはいえ、私は憎き恋敵。場合によっては恨み骨髄。記憶の中にはっきりと焼き付けられていたとしても不思議はない。
私の容姿は、子供の頃とほとんど変わりがないと皆に言われる。その上、なぜか馬子にも衣装髪形という言葉も、私に限っては当てはまらない。小学校の頃に別れたきり一度も会わなかった俊輔ですら、一発で私だとわかったほどだ。
故に、相手が覚えてさえいれば、私に気づくことは容易いこと。こちらは相手が誰なのかさっぱりわからないというのに。それにしても、なんという巡り合わせだ。非常にまずいことになりそうな予感がする。
「浅野くんは元気にしてる? ああ、そっか。あれから何年も経つものねえ。もうとっくに別れちゃった? だとしたら、いまさらよね、こんな昔話」
「えっと……あの……」
真正面から私の目を見据え、抑揚の無い声で言葉を放つ吉本さんに狼狽え、指先が冷え掌に汗が滲んでいく。甘かった。恋人を演じる時点で、こういうことが起こる可能性を考えておくべきだった。
今、私はこの人にどう対応すれば良いのだろう。私が偽物の恋人であったことを告げるべきか。それとも、何も言わずにいるべきか。どちらにしろ申しわけないことをしたのは確かだ。
いくらプライベートしかも昔のこととはいえ、彼女相手にその場凌ぎのいい加減なことはできない。誠心誠意謝罪をして、たとえこの場で罵倒されても、それを甘んじて受けねばなるまい。何を言われるのか。私は膝に置いた手を握りしめ、じっと次の言葉を待った。
「やだ。冗談よ、冗談! ちょっと揶揄っただけなんだから、そんな怖い顔しないで」
吉本さんは口元に手を添え、さもおかしそうにクスクスと笑っている。
「あの……あのときはすみませんでした。正直、覚えてるかって言われると困るんですけど……申しわけないことをしたのは確かなので」
「どうしてあなたが謝るの? あなたはただ浅野君に連れられて私に引き合わされただけで、別に何かしたわけじゃないでしょう? それとも、何か謝る必要のあることをしたとでも言うの? たとえそうだとしても、あんな大昔の話、いまさら蒸し返したところで、どうなるものでもないし……」
「それは……」
「それに……敢えて言えば私、あのときあなたに会えて、寧ろ感謝してるくらいだわ」
「え?」
「藤本さん、本当に何も覚えてないのね? でも……そうか、浅野くんのことだから、きっと何も話してないのね」
「あの、どういうことですか?」
「聞きたい?」
「はい。聞かせていただけるのでしたら」
「まあ、いいわね、話しても。もうとっくに終わったことだし……」
「あれからもう随分経つのに、あなた、ちっとも変わらないのね。会社で顔を見たとき、すぐわかったわ。まさか今頃になってあなたと再会するなんて……フフッ、変な感じ。あなたは? 私のこと、まだ思い出せない? それとも、まったく眼中にもなくて覚えてすらいないのかしら?」
「…………」
ここまで言われたら、考えられることはただひとつ。この人は、俊輔が振った相手のうちの誰かだ。
私にとってはあいつに頼み込まれて一度顔を合わせただけの相手。彼女たちはおろか俊輔の恋愛そのものにも何の興味すら無いのだから、その相手を覚えているはずもない。
だが、彼女たちにしてみれば、昔のこととはいえ、私は憎き恋敵。場合によっては恨み骨髄。記憶の中にはっきりと焼き付けられていたとしても不思議はない。
私の容姿は、子供の頃とほとんど変わりがないと皆に言われる。その上、なぜか馬子にも衣装髪形という言葉も、私に限っては当てはまらない。小学校の頃に別れたきり一度も会わなかった俊輔ですら、一発で私だとわかったほどだ。
故に、相手が覚えてさえいれば、私に気づくことは容易いこと。こちらは相手が誰なのかさっぱりわからないというのに。それにしても、なんという巡り合わせだ。非常にまずいことになりそうな予感がする。
「浅野くんは元気にしてる? ああ、そっか。あれから何年も経つものねえ。もうとっくに別れちゃった? だとしたら、いまさらよね、こんな昔話」
「えっと……あの……」
真正面から私の目を見据え、抑揚の無い声で言葉を放つ吉本さんに狼狽え、指先が冷え掌に汗が滲んでいく。甘かった。恋人を演じる時点で、こういうことが起こる可能性を考えておくべきだった。
今、私はこの人にどう対応すれば良いのだろう。私が偽物の恋人であったことを告げるべきか。それとも、何も言わずにいるべきか。どちらにしろ申しわけないことをしたのは確かだ。
いくらプライベートしかも昔のこととはいえ、彼女相手にその場凌ぎのいい加減なことはできない。誠心誠意謝罪をして、たとえこの場で罵倒されても、それを甘んじて受けねばなるまい。何を言われるのか。私は膝に置いた手を握りしめ、じっと次の言葉を待った。
「やだ。冗談よ、冗談! ちょっと揶揄っただけなんだから、そんな怖い顔しないで」
吉本さんは口元に手を添え、さもおかしそうにクスクスと笑っている。
「あの……あのときはすみませんでした。正直、覚えてるかって言われると困るんですけど……申しわけないことをしたのは確かなので」
「どうしてあなたが謝るの? あなたはただ浅野君に連れられて私に引き合わされただけで、別に何かしたわけじゃないでしょう? それとも、何か謝る必要のあることをしたとでも言うの? たとえそうだとしても、あんな大昔の話、いまさら蒸し返したところで、どうなるものでもないし……」
「それは……」
「それに……敢えて言えば私、あのときあなたに会えて、寧ろ感謝してるくらいだわ」
「え?」
「藤本さん、本当に何も覚えてないのね? でも……そうか、浅野くんのことだから、きっと何も話してないのね」
「あの、どういうことですか?」
「聞きたい?」
「はい。聞かせていただけるのでしたら」
「まあ、いいわね、話しても。もうとっくに終わったことだし……」
0
あなたにおすすめの小説
我慢しないことにした結果
宝月 蓮
恋愛
メアリー、ワイアット、クレアは幼馴染。いつも三人で過ごすことが多い。しかしクレアがわがままを言うせいで、いつもメアリーは我慢を強いられていた。更に、メアリーはワイアットに好意を寄せていたが色々なことが重なりワイアットはわがままなクレアと婚約することになってしまう。失意の中、欲望に忠実なクレアの更なるわがままで追い詰められていくメアリー。そんなメアリーを救ったのは、兄達の友人であるアレクサンダー。アレクサンダーはメアリーに、もう我慢しなくて良い、思いの全てを吐き出してごらんと優しく包み込んでくれた。メアリーはそんなアレクサンダーに惹かれていく。
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
婚約破棄、ありがとうございます
奈井
恋愛
小さい頃に婚約して10年がたち私たちはお互い16歳。来年、結婚する為の準備が着々と進む中、婚約破棄を言い渡されました。でも、私は安堵しております。嘘を突き通すのは辛いから。傷物になってしまったので、誰も寄って来ない事をこれ幸いに一生1人で、幼い恋心と一緒に過ごしてまいります。
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
俺の可愛い幼馴染
SHIN
恋愛
俺に微笑みかける少女の後ろで、泣きそうな顔でこちらを見ているのは、可愛い可愛い幼馴染。
ある日二人だけの秘密の場所で彼女に告げられたのは……。
連載の気分転換に執筆しているので鈍いです。おおらかな気分で読んでくれると嬉しいです。
感想もご自由にどうぞ。
ただし、作者は木綿豆腐メンタルです。
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる