わたしたち、いまさら恋ができますか?

樹沙都

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§ ふたりの関係が変わるとき。

05

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 やり場の無い怒り。この気持ちに名前を付けるとしたら、正にそれだ。

 母の暴走はいつものこと。今に始まったことではないし、振り回されるのはたまったものではないが、悪気が無いのも知っている。今回だって私をどうにかしなければとの使命に燃えているだけだ。相変わらずかなりずれてはいるが。

 あのお坊ちゃんをぶん殴って寝ている父を蹴り飛ばして母に怒鳴り散らせばきっと、少しはこの気持ちが収まったのかも知れない。

 でも、わかっている。それは所詮一時凌ぎ。私がひとりでいる限り、この問題はずっと燻り続ける。そして、また同じことの繰り返し。だから、こうして逃げてくるしかなかった。なんの解決にもならないけれど。

「あ、波瑠さん、お帰りなさい」
「ただいま……」

 ゴロゴロとスーツケースを引き摺り晶ちゃんの顔も見ずに言葉だけで挨拶をした。

「波瑠? どうしたの? なんか、顔色悪い」

 私の様子がおかしいのを察し、弥生さんも作業の手を止めた。

「ごめん。今日はもう駄目みたい。悪いけどちょっと寝るわ」

 重い脚を引き摺って寝室へ入った。スーツケースを隅に寄せ足元を見てはじめて、スリッパを履くのを忘れていることに気づく。どうりで歩き難いはずだ。はぁと溜め息をつき、ベッドに横になった。

 疲れた。

 レースのカーテン越しに西日が差し込む。遮光カーテンを閉めたいが、もう起き上がる気力もなかった。目を閉じ、組んだ手の甲で瞼の上を覆った。ぼーっとしていると眠気が襲ってくる。

「波瑠? 大丈夫? 風邪でも引いた?」

 ゆっくり目を開けると弥生さんが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。手にはペットボトルを持っている。

「……大丈夫、寝れば治るよ。ちょっとだるくて熱っぽいだけだから」
「だったらもう休んだ方がいいわ。後のことはこっちでやっとくから心配しないで。水、ここに置いとくわね」
「ごめん……」

 弥生さんがカーテンを閉め出ていった後の薄暗い部屋で、私は少しの間も置かずに意識を飛ばした。


  ::

 額や頬に触れる冷んやりと気持ちの良い感触で私の意識はゆっくりと覚醒した。目を凝らすと、真っ暗な中で蠢いている何かの輪郭だけが見える。

「わっ?」

 驚いて起き上がろうとしたが、両肩を捕まれベッドに押さえ付けられた。

「寝てろ」
「……俊輔? え? なんで?」
「弥生さんから電話もらった。おまえが具合悪いって言うから様子見にきたんだよ。熱も少しあるみたいだし、風邪でも引いたのか?」
「……ったく、余計なことしてくれるんだから……」
「おい、なんだよその言いぐさは。弥生さんがせっかく……」
「そんなの。誰も頼んでないもん」
「馬鹿野郎! みんな心配してんだぞ? 俺だって心配だから、来てやったっつーのに!」
「あんたに関係無いでしょ? もう放っといて!」

 本当はこんな言葉吐きたいわけではない。自分でもよくわかっている。申しわけないとも思っている。どんなに嫌なことがあったとしても、他人に当たり散らしていいわけがない。みっともない。いい歳をして子供みたいだ。でも、今は、自分が制御できない。

 寝返りを打ち壁に張り付くが如く背を向け両手で顔を覆った。俊輔の手が私の肩をがっしりと掴んで名前を呼びながら、自分の方へ向き直らせようとしている。体に力を入れ、それを拒んだ。

 悔しい。恥ずかしい。どうしようもなく腹立たしい。自分でもなんだかわからないタールのようなドス黒い感情が、心の奥底からドロドロと溢れだしてくる。必死に抑えようとすればするほど、それは涙となってシーツを濡らした。

「おい、おまえ……?」

 俊輔に掴まれたままの肩が震える。嗚咽が漏れないよう手で口元を抑えた。手の甲をきつく噛み、痛みで涙をごまかそうと試みたが上手くいかない。

 そのとき、一瞬、ベッドが沈んだかと思うと、上からふわっと温かいものに包まれた。首の下から強引に差し込まれた腕も、私の腕に絡みついてくる。

「波瑠」

 背中からぎゅっと抱きしめてくれる俊輔の身体の温度で、激しく高ぶった感情が緩やかに溶かされていく気がする。

「俊……ごめん」
「いいから。もうひとりで泣くな」


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