45 / 83
§ 女房とタタミは『古い方』が良い。
03
しおりを挟む
林の中の小道をしばらく歩くと、突然視界が開け、目の前に美しい青緑色の芝生が広がる。奥の方は少しなだらかな斜面になっていて、端の方は小さい子供が遊べる遊具のある広場になっている。
まだ昼までには間があるというのに、芝生の上はすでに親子連れでいっぱいだ。私たちは、彼らから少し離れた斜面に近い場所に、ピクニックシートを敷いて座った。
俊輔が風呂敷の結び目を解く手を生唾を飲み込みながらじっと見つめる。朝ご飯だけではない。私は昨日からろくに食事をしていないのだ。朝起きたときはすでに空腹のピークを過ぎていたのか何も感じなかったが、今になって急にお腹が空いてきた。
「余計なことは言わずに黙って食うこと。いいな?」
「なにそれ?」
仏頂面で一言つけて蓋を開け、重箱を私に差し出した。その言葉に嫌な予感がして一瞬目を閉じ、覚悟をしてから目を開く。中身は、びっちりと隙間なく詰められた卵焼きらしきものと、ウインナー。おにぎりのような形をしたご飯。一目でわかる。この弁当は俊輔作だ。
「すご……これ……あんたが作ったの?」
「黙って食えって言ったろ?」
差し出された割り箸を割り、まずは卵焼きらしきものに箸をつけた。
ゆるゆると巻かれたそれは、うっかりするとベロンと開きそうだ。全体に茶色いのは醤油の色だろうか。恐る恐る口に入れてみると、そういうわけでもなさそう、と、いう以前に、香ばしいだけで、味がなかった。私は無言のまま咀嚼し、飲み込んだ。次はウインナーに箸を突き立てる。ひと口齧った。これは普通に美味しい。
「うん。美味しいね、このウインナー」
「……しばくぞ」
顔を見るのが怖いので俯いたまま箸を置き、おにぎりに手を伸ばした。三角でも俵形でも丸でもない、歪な面白い形をしている。せめて海苔くらい巻いてあればもう少し食べやすいのにとは、口が裂けても言えない。
「ねえ、これ中身はなに?」
「食えばわかる」
私は黙っておにぎりを齧った。
塩っぱい。
これだけ塩辛ければ、おかずも具もいらないだろうと思うほど、塩っぱい。
ひとつの大きさは、お茶碗山盛り1杯ほどはあるだろうか。黙々と食べ進めても食べ進めても中から何も出てこない。
「梅干し入れようと思ったんだけどさ、どうすればいいかわかんなかったから、やめた」
そういうことは、食べる前に言って欲しかった。
「飲め」
カップに水筒から何かを注いで私にくれた。受け取ってひと口啜る。コーヒーだ。弁当には決して合わない。合わないが、朝から一滴も口にしていないコーヒー好きの私には、一番のご馳走だった。
「美味しい」
「だろ?」
なんだかんだ言って、俊輔は私の好きなものをちゃんと用意してくれる。良い奴だ。
「ねえ、なにして遊ぶ?」
「さあ? おまえ、なにしたい?」
「サイクリングは? 貸し自転車あるでしょ?」
「あるだろうけど……おまえ、自転車乗れるようになったんだ?」
「…………。じゃあさ、アスレチックは?」
「おまえ三十路だろ? 歳考えろ」
「…………。じゃあ、あれだ。動物ふれあい広場! 兎とかモルモットとかいたじゃない。可愛かったよねー、気持ち良いんだフワッフワでさ。また抱っこしたいな」
「…………」
「そか。あんた……兎、未だに怖いんだ」
「…………」
突然立ち上がった俊輔が、私の手を強引に引っ張った。転びそうになりながら立ち上がり、引き摺られるまま小走りで付いていくと、芝生の傾斜を上り始めた。私の足が笑い息が切れても、お構いなしでぎゅっと繋いだ手を引っ張られる。
てっぺんまで上ってようやく立ち止まり、振り返った。小高くなっているここからは、運動公園が一望のもとに見渡せる。芝生広場の向こうに小さくふれあい動物広場が見え、その反対側には、ドラム缶池も見えた。
「わぁ!」
「ここに上るのも久しぶりだな」
「うん。昔はよく皆んなで上ったよね。それで、この傾斜を滑り下りるの」
「そうだな」
「今の子供はやらないのかな? そんなこと……」
「どうだろ? 他にもっと面白いものがたくさんあるから、そんなこと思いつきもしないんじゃね?」
「そんなもんかなぁ……」
「そんなもんだよ」
「ねえ、あそこ」
私はドラム缶池の方向を指差した。
「行ってみるか?」
そう言うと俊輔はまた私の手を取ってしっかりと握り、歩きだした。
「ちょっと……ゆっくり行って。怖いよ」
「……うるせえババアだな」
俊輔は口とは裏腹に慎重に私を振り返りながら傾斜を下っていく。半分ほど下りたところでドラム缶池へ続く小道へ出た。ここからはなだらかな坂道。繋ぐ必要はもう無いのだが、俊輔は何故か手を離そうとしない。私は仕方なく、そのまま奴と並んで歩いた。
まだ昼までには間があるというのに、芝生の上はすでに親子連れでいっぱいだ。私たちは、彼らから少し離れた斜面に近い場所に、ピクニックシートを敷いて座った。
俊輔が風呂敷の結び目を解く手を生唾を飲み込みながらじっと見つめる。朝ご飯だけではない。私は昨日からろくに食事をしていないのだ。朝起きたときはすでに空腹のピークを過ぎていたのか何も感じなかったが、今になって急にお腹が空いてきた。
「余計なことは言わずに黙って食うこと。いいな?」
「なにそれ?」
仏頂面で一言つけて蓋を開け、重箱を私に差し出した。その言葉に嫌な予感がして一瞬目を閉じ、覚悟をしてから目を開く。中身は、びっちりと隙間なく詰められた卵焼きらしきものと、ウインナー。おにぎりのような形をしたご飯。一目でわかる。この弁当は俊輔作だ。
「すご……これ……あんたが作ったの?」
「黙って食えって言ったろ?」
差し出された割り箸を割り、まずは卵焼きらしきものに箸をつけた。
ゆるゆると巻かれたそれは、うっかりするとベロンと開きそうだ。全体に茶色いのは醤油の色だろうか。恐る恐る口に入れてみると、そういうわけでもなさそう、と、いう以前に、香ばしいだけで、味がなかった。私は無言のまま咀嚼し、飲み込んだ。次はウインナーに箸を突き立てる。ひと口齧った。これは普通に美味しい。
「うん。美味しいね、このウインナー」
「……しばくぞ」
顔を見るのが怖いので俯いたまま箸を置き、おにぎりに手を伸ばした。三角でも俵形でも丸でもない、歪な面白い形をしている。せめて海苔くらい巻いてあればもう少し食べやすいのにとは、口が裂けても言えない。
「ねえ、これ中身はなに?」
「食えばわかる」
私は黙っておにぎりを齧った。
塩っぱい。
これだけ塩辛ければ、おかずも具もいらないだろうと思うほど、塩っぱい。
ひとつの大きさは、お茶碗山盛り1杯ほどはあるだろうか。黙々と食べ進めても食べ進めても中から何も出てこない。
「梅干し入れようと思ったんだけどさ、どうすればいいかわかんなかったから、やめた」
そういうことは、食べる前に言って欲しかった。
「飲め」
カップに水筒から何かを注いで私にくれた。受け取ってひと口啜る。コーヒーだ。弁当には決して合わない。合わないが、朝から一滴も口にしていないコーヒー好きの私には、一番のご馳走だった。
「美味しい」
「だろ?」
なんだかんだ言って、俊輔は私の好きなものをちゃんと用意してくれる。良い奴だ。
「ねえ、なにして遊ぶ?」
「さあ? おまえ、なにしたい?」
「サイクリングは? 貸し自転車あるでしょ?」
「あるだろうけど……おまえ、自転車乗れるようになったんだ?」
「…………。じゃあさ、アスレチックは?」
「おまえ三十路だろ? 歳考えろ」
「…………。じゃあ、あれだ。動物ふれあい広場! 兎とかモルモットとかいたじゃない。可愛かったよねー、気持ち良いんだフワッフワでさ。また抱っこしたいな」
「…………」
「そか。あんた……兎、未だに怖いんだ」
「…………」
突然立ち上がった俊輔が、私の手を強引に引っ張った。転びそうになりながら立ち上がり、引き摺られるまま小走りで付いていくと、芝生の傾斜を上り始めた。私の足が笑い息が切れても、お構いなしでぎゅっと繋いだ手を引っ張られる。
てっぺんまで上ってようやく立ち止まり、振り返った。小高くなっているここからは、運動公園が一望のもとに見渡せる。芝生広場の向こうに小さくふれあい動物広場が見え、その反対側には、ドラム缶池も見えた。
「わぁ!」
「ここに上るのも久しぶりだな」
「うん。昔はよく皆んなで上ったよね。それで、この傾斜を滑り下りるの」
「そうだな」
「今の子供はやらないのかな? そんなこと……」
「どうだろ? 他にもっと面白いものがたくさんあるから、そんなこと思いつきもしないんじゃね?」
「そんなもんかなぁ……」
「そんなもんだよ」
「ねえ、あそこ」
私はドラム缶池の方向を指差した。
「行ってみるか?」
そう言うと俊輔はまた私の手を取ってしっかりと握り、歩きだした。
「ちょっと……ゆっくり行って。怖いよ」
「……うるせえババアだな」
俊輔は口とは裏腹に慎重に私を振り返りながら傾斜を下っていく。半分ほど下りたところでドラム缶池へ続く小道へ出た。ここからはなだらかな坂道。繋ぐ必要はもう無いのだが、俊輔は何故か手を離そうとしない。私は仕方なく、そのまま奴と並んで歩いた。
0
あなたにおすすめの小説
我慢しないことにした結果
宝月 蓮
恋愛
メアリー、ワイアット、クレアは幼馴染。いつも三人で過ごすことが多い。しかしクレアがわがままを言うせいで、いつもメアリーは我慢を強いられていた。更に、メアリーはワイアットに好意を寄せていたが色々なことが重なりワイアットはわがままなクレアと婚約することになってしまう。失意の中、欲望に忠実なクレアの更なるわがままで追い詰められていくメアリー。そんなメアリーを救ったのは、兄達の友人であるアレクサンダー。アレクサンダーはメアリーに、もう我慢しなくて良い、思いの全てを吐き出してごらんと優しく包み込んでくれた。メアリーはそんなアレクサンダーに惹かれていく。
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
婚約破棄、ありがとうございます
奈井
恋愛
小さい頃に婚約して10年がたち私たちはお互い16歳。来年、結婚する為の準備が着々と進む中、婚約破棄を言い渡されました。でも、私は安堵しております。嘘を突き通すのは辛いから。傷物になってしまったので、誰も寄って来ない事をこれ幸いに一生1人で、幼い恋心と一緒に過ごしてまいります。
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
俺の可愛い幼馴染
SHIN
恋愛
俺に微笑みかける少女の後ろで、泣きそうな顔でこちらを見ているのは、可愛い可愛い幼馴染。
ある日二人だけの秘密の場所で彼女に告げられたのは……。
連載の気分転換に執筆しているので鈍いです。おおらかな気分で読んでくれると嬉しいです。
感想もご自由にどうぞ。
ただし、作者は木綿豆腐メンタルです。
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる