わたしたち、いまさら恋ができますか?

樹沙都

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§ 恋は試案のほか。

04

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 創業四十年以上の喫茶店『MOKA』 は、駅前の人気店。絶品オムライスとナポリタン、特盛カツカレーからなるランチと特大パフェに群がる客で、平日の日中はほぼ満席。もちろん、私や弥生さん、晶ちゃんも常連だ。但し、この店は名前こそ『MOKA』だが、実態はごく普通の喫茶店。しかも、昔ながらのだ。

 コーヒーはブレンドのみで、毎朝大量にドリップで落としたものを注文が入る毎に雪平鍋で煮て提供する。その味は、お世辞にも美味しいと言えるものではないため、巷に溢れるいまどきのコーヒーショップの味に慣れた客たちが、この店でコーヒーを注文しているのをほとんど見かけることはない。

 休日の夕方、比較的空いた店内の一番奥、少し薄暗い四人がけのテーブル席で、私と俊輔は、お坊ちゃんの到着を待っていた。

「おせぇな。ホントに来んのかよ?」
「向こうから誘ってきたんだから、フツー来るでしょ?」
「そりゃそぉだけど……」

 待ち合わせの時間から、もう二十分が過ぎようとしている。他は適当でも時間には正確、当然待たされるのも大嫌いな俊輔にとって、人待ちのこの時間は拷問に等しい。

「あーいたいた。お待たせしちゃってごめんねぇ」
「……?」
「ちょうどいいのに乗るはずだったのに、電車遅れててさぁ」

 見ず知らずのはずの私に、親しげに声をかけているこいつはいったい誰なのだ。

「あの……、もしかして、人違いなさってるんじゃないですか?」
「人違い? そんなわけないでしょう? 自分の婚約者よ? 間違えるわけないじゃない」

 フフッと笑ったその人が、ポケットから銀縁眼鏡を取りだしてかけたその顔は、よくよく見れば紛れもなくあの『お坊ちゃん』だった。

「……ウソ!?」

 眼鏡を外して席に着き、スマートに片手を上げて店員を呼び、コーヒーを注文する彼の姿は、あの日、青蛙色のポロシャツを着て実家のソファに姿勢正しく座っていたお坊ちゃんとは似ても似つかない。

 少しだけ額にかかった髪はナチュラルにくしゃっと形作られ、黒いVネックのTシャツの上にブルーグレーの麻ジャケを羽織り無造作に袖を捲り上げているその姿はまるで、ファッション誌から抜けでてきたよう。フフッと笑うその顔も仕草も、まるで別人だ。

「驚いた?」
「驚いたもなにも……だって……え? じゃあ、あのときのアレは……」
「あははっ! アレはねぇ、変装よ。お芝居もイケてたでしょう? で、隣に座ってるその彼は何方? もしかして彼氏さん?」

 すかさず俊輔を見てにこっと笑った今の顔はなんと、すごく可愛い。

 あのときの青蛙色のシャツに七三分けの髪も、口角だけを気持ち引きつらせて笑う表情の乏しいフツメンも、あの頭沸いてるもの言いも、すべてが作りもの、芝居だったとは誠に恐れ入る。

「そ、そう。彼氏」
「やだ。すっごいイケメンじゃない? 初めましてー。僕は佐伯修造。波瑠ちゃんの婚約者やってまーす」
「……浅野俊輔」

 怖い。俊輔が無表情だ。こいつ、絶対『婚約者』の言葉に気を悪くしている。


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