防遏の恋──ぼうあつのこい──

六菖十菊

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烏兎 ─2年後

063

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「ハル」

汗が尋常じゃない。
呼吸がままならず咳き込んでいる。
どこから走ってきたのか。

「海都、車で帰ってきたんじゃないの?」

そう母が問い質しているが海都も汗だくで答えれる状態じゃないようだ。

「じゃあハルさん、お姉ちゃんと家のお留守番をよろしくね」

そう母が海都を連れてどこかへ行く。
ハルは言葉で返せず手を振るような仕草で返した。
少しずつ呼吸が整えられていくけれど、それに反して私の思考が整わなくなってきている。

「──2年ぶりだね」

あの──和秋さんの家にハルが突然来てから2年経った。
ハルと別れてからは──5年になる。
それなのに──走ってきてくれたの?

「──なぜ来たの?」

勝手に別れて、勝手に消えて、勝手に他の人と結婚した女の所に。

「湖都子が僕を呼んでるって聞いたら──来るよ」

海都はなんて言ってハルを呼んできたの?

「今更──呼ばれたとしても貴方がここへくる理由なんてないわ。それなのに……なんで……」

「なぜ?なんで⁈まだそんなことを聞くの?湖都子はアホすぎだ」

「なっ⁉︎」

「君が──好きだからしか答えはないじゃないか」

「そんな筈──ない──あれから何年経っていると思ってるの?」

「──5年だよ。めちゃくちゃ長いよ。君に会えかった月日だ。でももう5年でも10年でも100年会えなくても──君を過去に出来ないって分かった」

「別れたわ」

「そうだね。だからもう一度付き合って欲しい」

「私、結婚してる」

「──うん。あれは堪えた。自分のバカさ加減に。湖都子に捨てられても仕方がなかった。あの頃の僕は君の溢す不安を拾っていただけだったんだ。湖都子の──なんでも抱えてしまう湖都子を──湖都子ごと抱えれる度量が僕にはなかった」

ハルが何を言っているのか──理解出来ない。
だけど、もしかして──

「……今でも私が好きなの?」

「何度も言ってる。君が好きだ」

ハルは──バカだ。
大バカだ。

「5年間──会ってないのに?」

「一度は会ったよ。それから3年会ってないけれど再確認した。君を忘れられない」

「きっと貴方も私も変わってる。昔と違う──私は前とは違う」

「どんな君でも知りたい──愛したい」

「──貴方に言えない秘密が沢山あるの」

「受け入れるよ」

知らないからそんな事を言える。

「私は和秋さんを裏切れない。不貞なんて絶対に嫌なの」

「なら──別れて。別れて僕の湖都子になって」

触れようとするハルを躱す。
どの秘密を言えば貴方は私を捨ててくれるのか。

「もし貴方のモノになっても──私はすぐに貴方の前からいなくなるかもしれない」

ハルが黙る。
曖昧な言葉の意味を咀嚼しているのか、それとも──何を考えているのかわからない。
瞳は外さず──こちらを見ている瞳が何を思っているのか分からない。

「──例え湖都子が僕のモノになったその日に死んでも──絶対に後悔しない。寧ろ──湖都子が瞳を閉じるその瞬間まで僕を映していてほしい」

──やめて。
ハル、やめて。

「朝宮さんとの関係はどうなるの?」

「もうとっくに解消してる。君が不安に思う事をこの2年間取り除く事に尽力した。君を手に入れられる事はないと分かっていたけれど──それでも──もしかしたら──その時が来たら湖都子が少しでも思い悩まなくていいように──それを念頭にこの2年過ごしてきた」

──心が──ハルに触れたいと囁く。
ダメ。
──ダメだ。

「私は……赤ちゃんを産めないどころか──もうエッチも出来ないかもしれない」

ハルの顔を見れなくて顔を逸らし呟いた。
けれどハルがそんな私の顔を両手で触れる。
視線を合わさせる。

「湖都子がいない方が寂しい──だから──湖都子が僕を選んでくれるなら柳さんに僕が話す。湖都子が不貞が嫌なら離婚できるまでは絶対に湖都子に触れない。だから──僕を選んで湖都子。もう一度僕を愛して」

「──ハル」

触れられた頬がハルの長い指を憶えている。
触れられたら──心が揺らぐ。

「──君の首から覗くネックレスの先には……指環が付いてると僕は思ってる。湖都子の色のパライバトルマリンの石が付いてる──僕のあげた指輪だ──そうだろう?」

首のチェーンに手を掛けブラウスの上から露にされる。
そこには──湖の色を模したような美しい青色の宝石が煌めく指環が輝いていた。

「──外さないでいてくれたんだ」

その指輪を見たハルが安堵の息を吐いたのが分かった。
そんなに──愛してくれるの?
私に受け入れられなくても──ハルならどんな女性ひととでも愛を育んでいけるのに。

「ハル──」

言葉に出来ない。
さっきから名前しか呼べない。

「湖都子が泣くのは僕の前でしか泣けないって──以前言ってたけれど──今もそうなの?この涙は僕の前でだけなの?」

「母の前で一度だけ泣いたわ」

そう泣き笑わらえばハルが少し考える。

「和枝さんはいいの!」

寝ている時に無意識に泣いてしまうことはあったけど──誰かの前ではハルの前でしか泣けなかった。
辛いことが沢山あったけど──どうしても泣けなかった。
赤ちゃんを死産した時は死にたくて気が狂いそうだった。
けれど泣けなかった。
それが──余計に苦しさを増幅させた。
体内に蓄積して蠢く苦しさから逃れられなかった。
きっとあの悲しみ以上の苦しさはない。
それなのにあの時──涙は出せなかった。
それなのに──今のどうしてこんなに大粒の涙か溢れるのか。

「ハル」

「うん」

「ハル」

私の涙を指で拭いとり微笑んでくれる。

「ハル──ごめんなさい」

「その言葉は嫌いだ。湖都子は僕の欲しい美しい言葉を知っている筈だ」

「ハル──」

「言ってよ、湖都子」

「ごめんなさい──愛してるのハル」

触れないといったハルがキスをするから──私はハルに思わず平手で頬を叩いてしまった。

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