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蚕起食桑 カイコオキテクワヲハム 5/21-5/25
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榊さんと距離を置けば私には何も残らなかった。
彼の私物一つ持っていない。
思い出の品なんてない。
空っぽだ。
なんだか涙も出ない。
「雨野、行くぞ」
灰谷凌の呼び声にきょとんとする。
「灰谷どこに行くの?」
灰谷は呆れたように此方を見る。
私より後に入社したのに今や立場は入れ替わってしまった可愛くない後輩だ。
いつからか呼び捨てにされている。
「先日、ある会社に1本の電話がかかってきました。相手は発注した商品が届いてないので連絡致しましたとのことでした。担当者はその日は休みでいません。心優しい同僚はその日駆けずり回り取引相手に損失のない状態で済ますことができました」
「‼︎」
忘れてはいない。
お礼は近いうちにするつもりだった。
「……めでたしめでたし~」
物語風に灰谷が語るので締めくくってみる。
パチパチと拍手付きだ。
「ざけんな。締めくくるな!俺はあの日汗だくで仕事したんだ。ビールくらい奢りやがれ」
「今から?」
「当たり前だ。お前の予定なんか知らん」
……どうしよう。
予定はない。榊さんと距離を置いてから家に帰ればいつもケータイを見ているだけだ。
彼から連絡が来るかもしれない……私から距離を置きたいと言ったのに微かな希望に縋るあの時間は苦痛でしかない。だから飲みに行くのは気分転換に良いかもしれないのだけれど……問題はその相手が灰谷だからだ。
「行くぞ」
鈴音の返答を待たずに灰谷が部屋を出る。
「ちょっと!灰谷待ってよ」
あーもう!殿様なんだから‼︎
「意外とオシャレなお店セレクトね」
いつもの居酒屋だと思っていたら最近できて気になっていたスペイン料理のお店だ。
「灰谷、私の奢りだと思ってここにしたでしょう!」
そう言いながらも、本当にあの件は感謝しているので全然問題ない。寧ろ、このお店も来たかったので鈴音の心が躍る。
「タパス!タパス‼︎」
つい、歌うように言えば灰谷が微笑む。
──あっ──いけない……心が自制する。
灰谷もヤバイと思ったのか表情を隠し澄まし顔だ。
「雨野の奢りだから浴びるように飲めるわ」
「酔っ払いは置いて帰るわよ。幸いスーパーフライデーだしね置いて帰っても仕事に問題はないし」
一瞬、空気が甘くなった気がして空元気の雰囲気で持っていく。
だって鈴音は知っている。
──灰谷が鈴音を好きなことを──
と言っても、灰谷の彼女の話を聞くこともある。
すぐに別れることが多いけれど。
鈴音の勘違いかもしれない。
けれど──不意に思い切り愛しそうに見られている気がする。
ごめん──灰谷。
私は榊さんが好きなの。
鈴音は心の中で謝罪も無関心を装い灰谷の気持ちに知らないフリをする。
だって同僚としての灰谷を無くしたくないから──
彼の私物一つ持っていない。
思い出の品なんてない。
空っぽだ。
なんだか涙も出ない。
「雨野、行くぞ」
灰谷凌の呼び声にきょとんとする。
「灰谷どこに行くの?」
灰谷は呆れたように此方を見る。
私より後に入社したのに今や立場は入れ替わってしまった可愛くない後輩だ。
いつからか呼び捨てにされている。
「先日、ある会社に1本の電話がかかってきました。相手は発注した商品が届いてないので連絡致しましたとのことでした。担当者はその日は休みでいません。心優しい同僚はその日駆けずり回り取引相手に損失のない状態で済ますことができました」
「‼︎」
忘れてはいない。
お礼は近いうちにするつもりだった。
「……めでたしめでたし~」
物語風に灰谷が語るので締めくくってみる。
パチパチと拍手付きだ。
「ざけんな。締めくくるな!俺はあの日汗だくで仕事したんだ。ビールくらい奢りやがれ」
「今から?」
「当たり前だ。お前の予定なんか知らん」
……どうしよう。
予定はない。榊さんと距離を置いてから家に帰ればいつもケータイを見ているだけだ。
彼から連絡が来るかもしれない……私から距離を置きたいと言ったのに微かな希望に縋るあの時間は苦痛でしかない。だから飲みに行くのは気分転換に良いかもしれないのだけれど……問題はその相手が灰谷だからだ。
「行くぞ」
鈴音の返答を待たずに灰谷が部屋を出る。
「ちょっと!灰谷待ってよ」
あーもう!殿様なんだから‼︎
「意外とオシャレなお店セレクトね」
いつもの居酒屋だと思っていたら最近できて気になっていたスペイン料理のお店だ。
「灰谷、私の奢りだと思ってここにしたでしょう!」
そう言いながらも、本当にあの件は感謝しているので全然問題ない。寧ろ、このお店も来たかったので鈴音の心が躍る。
「タパス!タパス‼︎」
つい、歌うように言えば灰谷が微笑む。
──あっ──いけない……心が自制する。
灰谷もヤバイと思ったのか表情を隠し澄まし顔だ。
「雨野の奢りだから浴びるように飲めるわ」
「酔っ払いは置いて帰るわよ。幸いスーパーフライデーだしね置いて帰っても仕事に問題はないし」
一瞬、空気が甘くなった気がして空元気の雰囲気で持っていく。
だって鈴音は知っている。
──灰谷が鈴音を好きなことを──
と言っても、灰谷の彼女の話を聞くこともある。
すぐに別れることが多いけれど。
鈴音の勘違いかもしれない。
けれど──不意に思い切り愛しそうに見られている気がする。
ごめん──灰谷。
私は榊さんが好きなの。
鈴音は心の中で謝罪も無関心を装い灰谷の気持ちに知らないフリをする。
だって同僚としての灰谷を無くしたくないから──
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