反魂香 ──姦詐の49日──【夫人叢書④】

六菖十菊

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「有名な反魂香はその煙が燻っている間のひと時だけ、死者を呼びだせるのとが出来る。けれど貴方が──雫さんが使用した反魂香は本当に死者を蘇らせるもの」

そんなものを何故父は持っていたのか。
古物好きで伝説や民俗学的な事が好きな人間だったが普通の会社員だ。

「意外と世の中に不思議は転がっているのよ。ただ、それを知っているか、信じれるか──違いはそれだけ」

──確かに、反魂香を知らなければ、知っていても使おうとしなければ雫は生き返らなかった。

「けれど、雫さんの反魂香は代替を必要とするものだった──その香を焚いた人は雫さんの代わりにあの世へと行かなければいならない──四十九日のウチに」

「ウチにって事は四十九日までは大丈夫だという確証は無く、今日にでも死ぬって事?」

弦が夫人に訊ねる。

「そうね。香を焚いた人は煙により、あの世への道が出来てしまった状態で生と死が曖昧なの。生者なのか、死者なのか。だから焚いた本人が死を望めば死者に近くなる。あと、雫さんは蘇ったのだから生者よ。安心して」

その言葉に複雑な心境だ。

「どうすれば反魂香を焚いた人は死ななくて済むの?」

助けてくれた人が死んでしまう。
……その人は自分が死んでしまう事を知って反魂香を焚いたのだろうか?
きっと──知らなかった筈だ。

「生者の証を示せばいいわ」

「生者の証?」

涼太が鸚鵡返しをする。
その反応に夫人が微笑む。

「子を成せれば良いの。死者に生命は作れない」

「それって雫ちゃんが?」

弦の言葉に固まる。

「雫さんは生者。子を成さなければならないのは反魂香を焚いた人。誰でも良いのよ、子さえ成せれば。子ができてしまえば四十九日のウチだろうと、もうあの世との縁は切れるわ」

「子──ども?」

雫の呆然とした表情に夫人が付け足す。

「だからもし女性で子供を孕めない方は死んでしまうことになるし、男性も種がない人も助からない。幼子も無理ね──それで──反魂香を焚いた人は誰かしら?」

その夫人の妖しい微笑みは間違いなく愉しんでいた。
──誰?
──誰なのだろう?

「俺だよ」

雫の右横からその言葉が届いた。

「涼太⁈」

涼太が反魂香を焚いたの?
じゃあ──涼太はこの四十九日の間にパパにならないと死んじゃうことになる。
そうなれば──相手は勿論、恋人でもあり助けてもらった雫だろう。

「嘘はダメだよ涼太。雫ちゃん。僕が焚いたんだよ」

左隣からの──弦の言葉に驚く。
えっ、どっち?
もし、弦なら……弦は恋人いるのかな?
弦に恋人がいた話は聞いた事がない。
そうなれば──相手は助けてもらった雫なのかな……

「弦、そういう冗談はやめろ」

「嘘じゃあないよ。涼太こそ自分が嘘を言っている事を知っている筈だ」

ちょっと待って。
本当にどっちなの?
冷静に考えなきゃ……他の人の可能性もある筈だ。

「涼太も弦も──今まで自分が反魂香を使用したなんて言ってなかったじゃない。なんで急に言い出したの?」

「あの時、雫ちゃんが生前に反魂香のことを話していたから試してみたんだ。本当に蘇るなんて思ってなかったけど。でも僕、死ぬの怖いからもう黙っていられないよ」

弦の言葉に重みのないけれど……そうだよね。
今までは別に言っても言わなくても問題はなかった。
けれど死ぬと宣言されては名乗らない訳にはいかない。
なら、やっぱり弦やのかな。

「俺は──雫が死んだなんて思えなくて、認められなくてなんでも縋り付きたかったんだ。雫の話してた反魂香なんて信じていなかったけれど、何もせずにはいられなかった。雫が生きてるのを知った時──俺がどれだけ嬉しかったか……でも使ったって言ったら雫は気にするだろう?だから黙っていようと思ってた。けど──俺はまだ雫と一緒に生きたい」

どうしよう。
どっちの言葉もそれっぽい。
第一、嘘を言う必要はない──よね?
と、夫人が声高に笑う。
この人の事をよく知らないけれど、こんな笑い方をするんだ──と、そっちに驚く。

「──夫人、私は何故目覚めた時に貴方の邸にいたのですか?」

普通、反魂香を焚いた場所とかに戻ってくるとかじゃあないの?
夫人はひとしきり笑って少し落ち着いたようだ。

「貴方、迷子だったのよ」

なんだか雫が方向音痴だったと言われたようで恥ずかしくなる。
普通は死んで、帰ってくる事はない。
道が分からなくても当然だと思う。
心の中で反論する。

「──反魂香は特別な器具。生き返る者と、生き返らせる者に強い絆がある。だから──迷わず反魂香の煙に──香りに──その呼ぶ声に──還る事ができる。けれど貴方は迷った。それはきっと──」

夫人の微笑みに雫の心が後ろ暗くなる……

「雫ちゃんはご家族を失ったんだから、そりゃどっちに行こうか悩んじゃうよ。僕の呼びかけに応え難いのは当然だよ」

「反魂香を使ったのは俺だけどな。その夫人の話が本当なら俺はこの一月とょっとで子供が出来ないと死んでしまうのか?」

「反魂香を使用した者はそうね。貴方たちどちらなのかは知らないけれど」

そしてまた声高に笑う。
微笑むイメージはあったけれど、こんなに笑い上戸の人なんだと驚く。
けれどそれが本当なら──

「夫人──本当に死者が生き返るの?」

「貴方はここにいる。それが証拠」

「なら──私の家族も生き返らせる事が出来るの?」

答えを──早く聞かせて欲しい。
それなのに夫人は黙っている。
答えを教えてほしい──

「可能よ。けれど、それには反魂香と贄となる反魂香を使用する者がいる。反魂香を持っているとして、その者が生き返らせてれば、その者は四十九日の間に誰かを孕ますか孕まなければ死んでしまう。その間に何度も性行為をしようとも孕まないこともある。その時は──反魂香を使用した者は死ぬのが定め」

「反魂香がもう一つあるの──父が怜に贈った反魂香」

昨日は動転していたし、信じていなかった。
きっと怜のアパートのどこかにある筈だ。

「貴方はそれを誰に使わせてご家族を蘇えらせるの?」

「私が使うわ!」

「では、どのご家族を選ぶの?反魂香はあと一つ。蘇えらせれるのは一人。お父様?お母様?弟さん?」

──誰を──

「そして同じ反魂香でも別に焚いたのであれば、それは別物。貴方がもし反魂香を使用した誰かを助けたくて子を身篭っても、二度目の反魂香はそれを生者の証とは見做さない。だから──貴方は死ぬことになる。最も今すぐにではなく、期間を開けて使用することも出来るけれど、その時は死者が転生していたり、記憶の曖昧さが原因なのか術は失敗に終わる事が多い。そして失敗しても反魂香を使用した場合の責は取らなくてはならない。孕めば生きられ、孕まなければ死ぬ。そして一番恐ろしい事は──反魂香の煙が──香りが死者に届かず高みへと上り続けた時。それは貴い方の食香となり特別なお供えとなる」

──以前、言っていた。
〈死ぬことができなくなる〉と。
夫人はその覚悟があるのなら使用しなさいと微笑む。

「雫ちゃんには僕の子を宿して貰わないとダメだから──ごめんね。ご家族は諦めて」

玄が雫の肩に寄り添う。

「弦⁈」

「アホ弦は俺を殺す気か。反魂香を使ったのは俺なんだから。だから──雫、お前と子供作るのは俺だからな」

「ちょっと涼太⁈」

なんだか異様に恥ずかしいし、心の整理がつかない。

「三人寄れば文殊の知恵という言葉があるわ。きっと三人で話し合えば良い答えを見つけられる」

なんだか面倒くさくなったのか、夫人が追い出す為にそれっぽい言葉で締めくくる。

「じゃあ帰って子作りしようか?雫ちゃん」

「弦、本当に冗談はやめろって。雫の彼氏は俺だし、反魂香を焚いたのは俺だから」

──冗談なのか──本当なのか──不安が押し寄せるのに二人は喧嘩している。
──家族を生き返らせたい──
その願いを叶えられるかは分からないけれど、
怜の反魂香を探してみよう。

──誰を蘇らせるの?──

雫は瞳を閉じ心から邪念を払う。

「帰ろう──涼太、弦」




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