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逃亡
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【隠伏】─いんぷく─
人目を避けて隠れていること。
また、人目につかぬように隠しておくこと。
「オリヴィア。健やかに生きろ」
そう言って私の頬にキスをしてくれるのにオリヴィアは頷くことができない。
この高い塔の上に今は私とシィ様二人だけ。
「シィ様やっぱり私は──私が逃げればシィ様にも害が及ぶかもしれない。私は大丈夫だか──」
「オリヴィア、ダメだ。逃げなさい。今夜なら逃げられるこの雨が風が闇が──お前の味方だ。私の可愛い娘」
「シィ様……」
「早くお行き。遠くに──出来るだけ遠くに──この世界とは別の世界にお逃げ」
頬にキスを返す。
涙が出るけれどそんなものに構っていられない。
もうシィ様と触れ合えるのはこれで最後かもしれないのだから。少しでも目に焼き付けておきたい。
「私はいつもお前を思っている。だが私がお前の居場所を知ればあの方にも分かってしまうかも知れない。だから──私も知らない場所へ行くんだ。力も出来るだけ使ってはいかん。それを道標に居場所が分かってしまうかもしれない。」
「わかったわ……けれど──」
「名を呼んでは如何。あの方に気付かれるかも知れない」
シィ様が口元に人差し指を持っていく。
けれど不安だ。もちろん別の世界へ行くことも不安だけれど、一番はシィ様がどうなってしまうのか。
あの方が私に執着しているのが遊びなら放っておいてくれるだろう。
けれど──もし本気なら身震いがする。
例え遊びでもオリヴィアという玩具を取り上げられれば面白くはないだろうに。
この塔に閉じ込められているオリヴィアを助けられる者なんて限られている。
──あの方に反抗してまで助けようとする者なんて限られているのだから。
すぐにシィ様だとバレてしまう。
「それでも尚、不安は募る……だからもう一つ、仕掛けをしておく。雷鳴が聞こえる。時間がないな──幸せにおなり。オリヴィア──愛しているよ」
その瞬間、シィ様の指に絡まるオリヴィアの指を解し、身体を塔から突き落とす。
シィ様から目を離せず、落ちてゆく間さえも出来得る限り瞳を開く。
──彼の目尻の皺が一層深く刻まれ、白髪の髪は長く濡れそぼっている。肩がやけに小さく見えて心許ない。
私の所為だと思うけれど、その姿さえ愛おしい。
けれどもう彼の名を呼ぶことは出がない。
ここで叫べばいくら雨と風が誤魔化してくれようとあの方に届いてしまう。
ぎゅっと口を閉じ瞳だけは最後までシィ様を見る。
激しい雨がオリヴィアの視界を塞ぐけれど──豪奢な装飾と白く長いドレスの裾がオリヴィアの居場所を唯一確認させるくらいだろう。
──風がオリヴィアを包み、雨がオリヴィアを運ぶ。
ここではない違う世界に──
人目を避けて隠れていること。
また、人目につかぬように隠しておくこと。
「オリヴィア。健やかに生きろ」
そう言って私の頬にキスをしてくれるのにオリヴィアは頷くことができない。
この高い塔の上に今は私とシィ様二人だけ。
「シィ様やっぱり私は──私が逃げればシィ様にも害が及ぶかもしれない。私は大丈夫だか──」
「オリヴィア、ダメだ。逃げなさい。今夜なら逃げられるこの雨が風が闇が──お前の味方だ。私の可愛い娘」
「シィ様……」
「早くお行き。遠くに──出来るだけ遠くに──この世界とは別の世界にお逃げ」
頬にキスを返す。
涙が出るけれどそんなものに構っていられない。
もうシィ様と触れ合えるのはこれで最後かもしれないのだから。少しでも目に焼き付けておきたい。
「私はいつもお前を思っている。だが私がお前の居場所を知ればあの方にも分かってしまうかも知れない。だから──私も知らない場所へ行くんだ。力も出来るだけ使ってはいかん。それを道標に居場所が分かってしまうかもしれない。」
「わかったわ……けれど──」
「名を呼んでは如何。あの方に気付かれるかも知れない」
シィ様が口元に人差し指を持っていく。
けれど不安だ。もちろん別の世界へ行くことも不安だけれど、一番はシィ様がどうなってしまうのか。
あの方が私に執着しているのが遊びなら放っておいてくれるだろう。
けれど──もし本気なら身震いがする。
例え遊びでもオリヴィアという玩具を取り上げられれば面白くはないだろうに。
この塔に閉じ込められているオリヴィアを助けられる者なんて限られている。
──あの方に反抗してまで助けようとする者なんて限られているのだから。
すぐにシィ様だとバレてしまう。
「それでも尚、不安は募る……だからもう一つ、仕掛けをしておく。雷鳴が聞こえる。時間がないな──幸せにおなり。オリヴィア──愛しているよ」
その瞬間、シィ様の指に絡まるオリヴィアの指を解し、身体を塔から突き落とす。
シィ様から目を離せず、落ちてゆく間さえも出来得る限り瞳を開く。
──彼の目尻の皺が一層深く刻まれ、白髪の髪は長く濡れそぼっている。肩がやけに小さく見えて心許ない。
私の所為だと思うけれど、その姿さえ愛おしい。
けれどもう彼の名を呼ぶことは出がない。
ここで叫べばいくら雨と風が誤魔化してくれようとあの方に届いてしまう。
ぎゅっと口を閉じ瞳だけは最後までシィ様を見る。
激しい雨がオリヴィアの視界を塞ぐけれど──豪奢な装飾と白く長いドレスの裾がオリヴィアの居場所を唯一確認させるくらいだろう。
──風がオリヴィアを包み、雨がオリヴィアを運ぶ。
ここではない違う世界に──
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