隠伏の魔法使い

六菖十菊

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逃亡

002 ギルフォード

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「隊長ー!ギルフォード隊長‼︎もうここら辺一帯の被害凄いですよ。地滑りしている箇所もあったし王家保有の丘とは思えない惨状っすよ」

「普段は無人だが、あの豪雨と風だ。ロン。一応気をつけて確認してくれ」

「ヘイヘーイ」

気の抜けた返事で返すロンだがアイツはそれなりに有能だ。ロン達とは反対側を見て廻る。
この丘には鈴蘭が植えられている。
もうじき綺麗に咲く頃だったろうに昨夜の土砂降りだ。
この鈴蘭は王妃が香水が欲しいと王に強請った結果作られたものだが未だに思うような香水が作られていない。
どの調香師も鈴蘭からの精油は思うような香りが取れず不可能だと言っているのに、諦めきれない王妃は毎年この丘にスズランを植えさせるが──流石に今年はスズラン自体がダメかも知れない。
そう半ば諦めの境地での確認作業だった──のに──
丘を登り見た光景に目を見張る。
昨晩の雨と風に打ち付けられたような場所が殆どの中、スズランは一斉に咲き誇っている。
緑の瑞々しい葉に純白な小さな花が鈴なりになり花に興味もない自分でさえ美しいと感じてしまう。

「⁉︎」

──その鈴蘭に囲まれるように誰かが倒れている。

「おい!大丈夫か⁉︎」

声を掛けるが返事はない。
朝露混じりの鈴蘭を掻き分け駆け寄る。
爽やかな鈴蘭の香りがこの丘一帯に充満しまるで薄い膜で覆われているように香りが濃い。

「大丈……」

──言葉を失った。
透けるような薄いブロンドの髪は長く長く彼女の身体を囲うほどに長い。純白のドレスは滑らかな生地で細身の彼女の華奢さを鮮明に映し出し、
周りの鈴蘭の葉の緑が彼女の白い肌を一層に際立たせる。
言葉を忘れ無言で近づく。
一層に鈴蘭の香りが濃くなる。
この香り──どんなに高貴な淑女も持ち合わせない香りだ。王妃が欲しいと願う香りがこれならば毎年嘆くのは無理もないだろう。
──永遠に見つめていたい欲が湧くが、安否を確認しなければと心臓に耳を当てる。
優しく動く心臓の音に安堵の息を吐く。
決して疚しい気持ちから鼓動を聞こうと心臓に耳を当てた訳ではないのだけれど、細い腰とは裏腹な豊満な胸に顔を埋めてしまいたくなる。
──どういうことだろう?
昨晩の豪雨は酷い物だったのに、この鈴蘭畑は朝露を含み輝くようだ。
この女性も朝露を含む程度の濡れ方しかしていない。
けれどまだ初夏の朝方だし、この丘は冷える──筈なのにまるで不快を感じない。本当に何かの膜に覆われているような感覚に、辺りを見回すが雲ひとつない青空だ。
このままずっと眺めていたいほどに美しい。
まるで──女神のような美しさだ。
永遠に眺めていたのが本音だが自分のマントを外し彼女の身体を覆うように掛ける。
運び出そうと抱えるが自分の疚しい心に動揺する。
──倒れている女性を助けているだけなのに、何故こんなにも胸が高まるのか。
こんなにも抱きしめた腕を離したくないと思ってしまうのか。
彼女の長い髪の一筋さえ絡めて離したくないと──思ってしまう。
今は固く閉じられた瞳を無性に見たい。
どんな色なのだろう?
ブルー、グリーン、アンバー……早く知りたい。

「隊長ー!大変です!地滑りで道が埋まってる‼︎」

その声に彼女を木に寄りかけ確認に向かう。
一瞬だけ──彼女の唇に指で触れる。
彼女の呼吸を……吐息を感じロンの元へ急ぐ。


戻った丘に彼女の姿は無かった。
──幻のように現れ消えた。

彼女の名も知らない。
声もどんな口調なのかも分からない。
瞳の色も、強さも分からない。


あれから三ヶ月。
どこを探しても彼女の行方は掴めない。
姿を見た人もいない。
本当に見たのかも怪しくなる。
あれは……自分の願望が見せた幻なのだろうか?
けれど確かに触れた。
あんな幻を見られるほど、自分は想像力が豊かではない。
だが所詮──会えないのなら、触れられないのなら幻と同じだ。一瞬の出会いだ。
すぐに忘れる。

それなのに、そう思うのに──彼女が心に棲みついて出ていかない。

逢いたい。





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