隠伏の魔法使い

六菖十菊

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逃亡

003

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唇に何か触れた気がして意識を取り戻した時には当たりには誰もいなかった。
ただ包むようにマントに覆われた身体に誰かが助けてくれたのは分かった。
少し離れた場所で多くの人の声が聞こえ漏れる。
──今、この姿を見られれば怪しまれる。
急ぎその場を後にしたけれど──助けてくれた人が誰なのかも結局は分からないままで……

「ここに来て三ヶ月……か」

チリリンと扉を開いた音がする。

「いらっしゃいませ」

珍しいお客様に少々びっくりする。

「ここは精油を扱っていると聞いたのだが……」

少し気恥ずかしそうに話しかける男性は騎士の格好をしている。
普段、精油など触れたこともないのだろう。
それでもこの店に来たのは誰かへのプレゼントだろうか?

「はい。お気軽に見てください」

「ありがとう」

少し緊張が解けたのか優しい微笑みを返す。
その上品な仕草に位の高い騎士様なのかと憶測する。

「隊長ー!ここめっちゃいい匂いしますねー」

「こら騒ぐな」

フォギーベージュの頭を覗かせる。
少しヤンチャそうな声と態度で軽く思えるが筋肉は引き締まり背も高く、この隊長と呼ばれる男性と同じくらいに騎士を生業としているのが分かる。

「今日はローズマリーをベースにしたアロマにしているから清涼感があって男性も好きな方の多い香りなんですよ」

ヘェーと商品を見て回る。

「確かに──いい香りだ」

そう隊長と呼ばれていた人も同調してくれる。

「今、飲み物入れますね。ローズマリーをアクセントに入れたレモンソーダですがお嫌いではないですか?」

「俺は好きっす!隊長は甘いの苦手です!」

「ロン!いい加減にしろ」

そう隊長さんが軽く怒るがロンは構わない感じだ。

「じゃあ隊長さんのは甘さ控えめにしますね」

そう微笑むと、彼も微笑む。
なんだかこの二人が可愛い。
8月の終わりだけれどまだまだ暑い。さっぱりの方がいいだろうからロンのも少し甘さ控えめにしよう。

「ここは……最近出来た店だと聞いたが」

「はい。2月ちょっと前に開店しました」

「大層盛況なそうだな」

「そこまででは──けれど日々、生活出来るくらいには助けて頂いてます」

隊長さんに飲み物を渡すとありがとうと微笑まれる。
ロンは明るい笑顔でやったーと喜んでくれる。

「うまっ!」

可愛い。

「ローズマリーを入れ過ぎると飲みにくい味わいになっちゃうから少しだけね。それでもさっぱりとして気持ちがリフレッシュする感じしない?」

「これだけでもめっちゃ売れますよ!もっと商売っ気出したらいいのに─。店主もめっちゃ綺麗だしが群れで押し寄せてくるんじゃないんですか?──って店主、結婚しているんですか?」

「──結婚はしていないし、一人でお店をしているからあまり売れ過ぎても大変だから……これくらいゆっくりの方が丁度いいんです」

「じゃあ俺も隊長も亭主も同じ独身なんですね!お互い彼女欲しいですよね!」

「ロン!いい加減にしろ。お前は見た目は良いのにその煩さが女性に振られる原因だと思うよ」

「酷い!隊長が酷い‼︎亭主……っと亭主はなんて名前ですか?」

「僕?僕はリヴィアと──」

「リヴィア!隊長が酷い!ちょっと自分はモテるからって‼︎」

そうか。隊長はモテるのね。それはそうだろうなぁと思ってしまう。
背も高く凛々しい口元に優しげな瞳。クリームベージュにグリーンの瞳は理知的に見せる。引き締まった身体に恐らくこの二人の制服は近衛隊の物だ。そうなれば王族に近しい衛兵なのだからそれなりに身分も高く、上品さと力強さを併せ持つ魅力を周りは放って置かないだろう。

「ロン。貴方は十分魅力的だよ」

何故かロンが頬を赤らめ黙る。
勝手に名前を読んだのがいけなかったかな。

「隊長──俺ヤバイっす。に恋しそうです」

「お前は少し落ち着け。仕事で来たのを忘れたのか?」

「仕事?」

隊長自身も少し気を引き締めたのが分かった。

「私は近衛隊第3師団のギルフォード。貴方にお願いがあってここを訪ねた」

「僕に?」

「リヴィアの精製する精油の素晴らしさを聞きつけた王妃が貴方に香水を作って頂きたいと。如何だろうか?」

「そうなればここは王宮御用達になりますよ!」

ロンが付け加える。

「──王妃様がお気に召すものが作れるかは分かりませんが他のお客様同様なら構いません。けれど量産はできませんし──僕はあまり目立つのは苦手なので名を伏せて頂けるなら」

「王妃様にお伝えします」

そう言った彼の──ギルフォードの瞳がリヴィアを凝視する。

「あの?」

「リヴィア。貴方に何処かでお会いしましたか?」

そんな事はないと思う。
だって私は、三ヶ月前にこの世界に来たのだから。
と、彼のマントに目が行く。
見覚えがある──あの日、私がこの世界に来た日にオリヴィアに掛けられていたマントと同じだった。

「お会いした事はないと思いますが──誰かを探しているのですか?」

落ち着けと心の中で自分に言い聞かせる。
大丈夫。
僕は今、リヴィア。
金髪の髪は黒髪で短く、女性から男性へと変身している。
バレる要素はない。

「隊長までも男に走るんですか⁈それ口説いてますよね⁈」

「ロン。黙れ」

「三ヶ月探し続けてる鈴蘭の女神はもういいんですか?」

その言葉に心臓が跳ねる。
自意識過剰と言われようと──自分の気がしてならない。

「──何故、お探しに?」

リヴィアの問いかけにロンがぽかーんとする。

「リヴィア。だって女神ですよ⁈この堅物そうな隊長が〈女神〉とか言っちゃうんですよ?もう絶対に恋でしょう?」

恋?
この人は──ギルフォードは私に恋したと?
彼を見ると悶え狂っている。

「ロン!止めてくれ……人の恥部を抉るな!」

一気に恥ずかしさで顔が赤くなる。

「ほら!リヴィアも隊長の恥ずかしさに顔を真っ赤にしていますよ!」

違うのだけれど、何も言い返せない。

「あの……その人と何かあったんですか?」

私とギルフォードの間に、一瞬で恋をする程に、何かあったのだろうか?
彼の顔を覗き見るが、恥ずかしさの中に憂いが灯る。

「いや……何も。ただ一目惚れしただけなんです」

その表情にオリヴィアは心臓を掴まれた気がするけれど……この人はオリヴィアの容姿を気に入り恋したと言うのとなのだろう。
──男の人は何故、そんなにも容姿だけで好きになれるのだろうか。

「……ギルフォード隊長──先程の王妃様の香水の件ですが、やはり僕には過ぎたご依頼で──お断りさせて頂きます。申し訳ありません」

オリヴィアに恋をするギルフォードに近寄るのは危険だ。

私は今〈オリヴィア〉ではなく〈リヴィア〉としてこの世界にいる。
〈女〉としてではなく〈男〉として。
この正体をバレる訳には行かない。

──あの人から逃げる為にこの世界まで逃げて来たのだから──

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