そんなの、知らない 【夫人叢書①】

六菖十菊

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知ることも、知らなかった

xx1 はじまり

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「母さんが死んだ」
父の言葉には温度がなかった。
まだ架空のドラマの人物が死んだ方が感情があるかのような声音だ。
高校入学前の出来事だった。
父は仕事一筋の人間で 母と私に関心がない状態とはいえ、心が痛んだ。
唇が震えて言葉にできないと思ったけれど不愉快な憤りが勝った。
「お母さんのこと嫌いだった?」
私の言葉に父は憎しみのような感情的な顔で瞳を合わせた。
久しぶりに父の瞳を見た気がする。そんなことを考えている間にまた父の目は伏せられた。
「…お前は好きだったのか?お前のことを顧みない母親を」
その言葉で理解した。
父は母を愛していたんだと。
それ故に苦しんで無関心を装って仕事に溺れた。
母はいつからか私たちに無関心になった。
しばらくして父も無関心になり、私たちは仮面家族になった。
なぜ離婚しないんだろうと思ったこともあるけれど、
父の仕事上のパーティには2人で出掛けているのを見て
母は今の立場は失いたくなくて、父も立場上この関係を維持したいのだと理解した。
…なら私は?…
必要のない私。母がいなくなり、父は私をどうするつもりなのだろう?
「侑梨」
父の声かけに意識を戻される。
父が私に問いかけることなんでいつ以来だろう?
そう思うとどんな質問だろうと応えたいと思った。
「私は…お父さんも…お母さんも大好きだよ…子供だって思われても3人でずっと一緒にいたかったよ」
父の背中を見ながら答える。
「…今も思ってる」
「お父さんは侑梨が…」
嫌いなのか。と問いたかったけれど、どうしても言葉にできなかった。惨めで情けなくて泣きたくなる。
母にも父にも愛されない自分に価値などあるのだろうか。もう消えてしまいたい。
「ま、待ってくれ」
部屋から出て行こうとした侑梨に父が叫んだ。
そんな風に狼狽える父を見たのは久しぶりで思わずきょとんとしてしまったが父は焦ったように続けた。
「凛子の…お母さんのお葬式が終わったら仕事を整理して仕事を辞めるから!…辞めるから…私を許してくれるか?」
父の言葉は信じられないものだった。
母を失った喪失と、父が私を顧みてくれた喜びどちらを表せば良い日なのか。
「ごめんなさい」
その言葉が溢れた途端、父はまた目を伏せた。
「違うの!お母さんにごめんなさいって思って。こんな日なのに…嬉しいなんて…侑梨は悪い子だね…」
父が私の手を握りしめる。2人とも触れることに慣れていないせいかぎこちない。
「私も…悪い子だ」
父が苦笑した。

終わりと始まりの1日だった。
けれど、始まりは、終わりの始まりでもあることを
この時は少しも感じていなかった。
15歳の私に言ってやりたいことが沢山ある。

それから3カ月後、父は死んだ。
自殺だった。
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