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知ることも、知らなかった

xx3

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あの日からひと月もせず、父は死んだ。
衝動的にビルから飛び降りたらしい。
遺体の損傷が酷いのか、それとも未成年の私に配慮してなのか父を見ることはなかった。
ただ、ずっと櫂さんに縋り付いていた。櫂さんも私を抱きしめているようでいて何か縋り付きたいような力強さを感じた。だからこそ、私は彼に縋り付けれた。同じ喪失を味わっていると感じれたからだ。

今までお葬式に出席した数は限られているが、父の葬儀は簡素だった。母の時と比べ出席者も規模も比較にはならなかった。
父は一代で築き上げた新参者だが、旅行会社の社長だった。私もよくわかってはないがどちらかといえば富裕層を対象にした旅行企画が主な内容だと思う。その為かよくパーティなどお金持ちの集いに母とよく参加していた。その父の葬儀がこんなに簡素なのは父が自死だからなのだろうか?
混乱した思考回路で辺りを見渡せば伯父さんと叔母さんがいる。父のお姉さんに当たる人で昔はよく父に会いにきていた。
叔母さんと声を掛けると、いつも人当たりのいい叔母さんとは別人の顔をしていた。
「侑梨ちゃん…遺産このとだけど…」
途中話が思い出せない。分かるのは家も売らなくてはいけないこと、財産は殆どないこと、せめて高校卒業まで叔母さんがマンション代と生活費は出してくれるとのことだった。父の会社は破綻して安く買い取られたらしい。だから…だから父はあんなにも忙しく毎日死に物狂いで働いていたのか…気づいていながらも何もできず、更には頑張ってと追い詰めた自分を殺したくなった。
呼吸を止めてしまいたい。父と一緒に行きたい。
誰か私を殺して!
「侑梨ちゃん!」
その大声にハッとした。荒くなっていた息を一瞬止め振り向くと櫂さんがいた。
何故かホッとして無言で彼の元へ小走りで向かう。
抱きしめたい、抱きしめてほしい!そう思いながらもグッとこらえ彼の一歩前で止まる。
「ごめんなさい。お父さんの会社なくなっちゃたんだね」
その言葉に櫂さんはグッと息を呑んだ。
「…俺こそ…澤城さんを…お父さんを守れなくて…ごめん」
私はかぶりを振った。
「櫂さん…最後までお父さんの味方でいてくれて…ありがとう」
強張った笑顔になってしまったけれど、今の私の最大限の笑顔だと思う。だけど、やっぱり不恰好だったのか櫂さんは泣きそうな顔をした。
「…絶対…澤城さんの会社を取り戻してみせる。約束だ」
よくわからないけれど、この状況からそんな絵空事を心から信じられず、苦笑してしまう。けれど、たかだか15歳の小娘に真剣な顔で言ってくれる優しさがとても身に染みた。
「ありがとう。でもまず休んで。櫂さん酷い顔してる。
それから先のこと考えて。私もとりあえず高校生しながら、これからのこと考える…また会いにきてくれる?」
櫂さんは優しく抱きしめてくれた。

この時、知りたいことを聞いて、話していれば、今とは違う未来があったのかな。

私は早々に家を売却され高校も転校させられた。
櫂さんに会える手立てはどこにもなかった。



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