そんなの、知らない 【夫人叢書①】

六菖十菊

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知ることの代償

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侑梨は専用フロントスタッフに顔を背ける。
昨日の連れてこられた段階で合わせられる状態ではないのだが、自ら帰ろうとしていた30分前と今では気持ちが違う。
なんだか後ろめたい気分だ。
そう思うのは自分に非があるからだろうか。
どんな表情で見られているか怖くて目を合わせられない。雪子は感じてか、侑梨とスタッフの間に入る形で歩いてくれた。
エレベータの扉が閉まると、侑梨は深く呼吸を吐いた。
無意識に呼吸を止めていたようだ。
雪子が侑梨の腕に絡め、侑梨に寄り添うようにしている。この気遣いが雪子らしいなと心に滲みる。
「私のマンションに泊まる?」
エレベータ扉正面を見続けたまま雪子が言う。
侑梨は頷いた。

「侑梨」
タクシーの扉が閉まる直前、侑梨を呼ぶ声がした。
振り向こうとした雪子に侑梨は小さくれる袖を引っ張った。
「⁈」
雪子が侑梨を見る。
「運転手さん、お願いします」
侑梨のお願いにタクシー扉が閉まり、発進した。
あの声は櫂さんだった。
エントランスのほうから聞こえた。ここに用があったのだろうか?それとも私に会いに来てくれたのだろうか?
さっきまでは櫂さんの誤解を解きたくて会いたかったのに、今の侑梨は気づかなかったフリをした。
雪子も気付いてないフリをしてくれている。
顔を動かさずルームミラーを覗き見ると、エントランスから出てきた櫂さんの姿が映った。
立ち尽くす彼を見ながら、ふと、もう会えないのではないかと思った。
避けて逃げた侑梨に気付いた櫂さんはもう2度と会いには来てくれないかも知れない。連絡先も知らない。
そう思うと、また別の焦燥感に駆られた。
「止めてください」
声を出したのは雪子だった。
「私結構、人の機微に聡いのよ」
うん。知ってる。
「侑梨は今、あの人を避けたこと後悔してるでしょう?間違えたと思ったらすぐに道を直さないと、戻れなくなるわよ」
そうだ。今まで後悔ばかりだった。
怖がらず母に私を見てと言えていたら。
父に仕事より父自身を大事にしてと言えていたら…
「行きなよ侑梨」
雪子の優しい声に心が落ちつく。
「大好き。雪子」
侑梨はタクシーを降り進んだ数百メートルを全力で走った。
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