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知ることの代償

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「どこか行きたい場所はある?」という櫂さんの言葉に、侑梨は悩んだ。
お腹も空いていないし、あまり騒がしい所も控えたかった。
「櫂さんの会社って入れるの?」
予想だにしない返答だったのか彼は「えっ?」という顔をしたが「OK」と車を走らせた。
運転している彼を見て、見惚れている自分がいる。
腕時計と腕の角度のバランスが身悶えレベルにカッコイイとか思ってしまう。横顔も素敵だ。
彼は今、36歳の大人の男性だ。結婚しているのかな?
左薬指を見てみるが、そこに証はなかった。
矢賀さんとはどういう関係なんだろう…ジーノの言葉を思い出し、侑梨は俯く。ジーノは確か37歳、彼も薬指に指輪は見当たらなかった。
着いたよという言葉に意識を戻し、車を降りる。
櫂さんのオフィスは港区のビルの12階だった。
オフィスは都内に数個あり、ここはビジネスオフィスとして使用しているらしい。閑散と机やテーブルが並んでいる。その一角のソファに侑梨を座らせ座り、コーヒーマシンでコーヒーを入れてくれた。
コーヒーの香りと、静かでゆっくりと流れる時間が心地いい。櫂さんの前で虚勢を張ろうとしていた自分が溶けていく気がする。
「侑梨の連絡先がわからないから、ホテルに行けば会えると思って行ったんだ」
櫂さんがコーヒーを片手にソファの肘掛け部分に座りながら話始める。
「この前、あんな形で侑梨と別れて今の侑梨のことを全く知らないことがショックだった。当たり前なのに。
俺の中では沢城さんが話してくれた侑梨で止まっているんだ。…でも、それじゃあ嫌だ。今の侑梨が知りたい」
「なん…で」
少し恥ずかしくて、突発的に返してしまった。
櫂さんはコーヒーをテーブルに置き、ソファに座りなおした。
「好きだ」
頭が真っ白になった。
「侑梨は若いし、14歳も歳が離れたオッサンに言い寄られても困るかもしれないけど…きっと7年前も気付いてなかったけど、好きだったと思う」
どうしよう。嬉しい。
気恥ずかしくて俯く侑梨の表情は読み取れない。
「…だから、マウロと侑梨の関係が知りたい」
その言葉に一気に現実に戻された。
彼の顔を見ると真剣な眼差しで侑梨を射抜いていた。
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