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足るを知らない、欲

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真白い羽毛布団の上に血が滴る。
簪は赤黒く液体でぬらぬらと鈍い輝きを放っている。
「痛っ」
ジーノの声だった。
侑梨が振りかざした簪は侑梨ではなく、それを弾いたジーノの手の甲から前腕を大きき抉るように裂いていた。
先ほどまでの震えと、今の震えとに違いがあるのか。
ジーノの腕から流れる血にただただ侑梨は怯えた。
「やっ、ジーノ…ごめんなさい」
こんなこと、するつもりは無かった。
近づき血を流す腕を抑えたいが、さっきまで襲われていた相手だ。怖くて近づけない。
ジーノはもう片方の右腕で傷口を抑えている。
指にはべったりと血が付き一層侑梨の恐怖を煽る。
「夫人の呪いから逃れる為に死を選ぶなんて…バカな子だ…」
ジーノが嬉しそう?
侑梨の怪訝な表情に気づいたジーノは由梨へと血の付いた指先を伸ばす。
近づく腕から逃れようと心は思うが、身体が動かない。
ジーノは侑梨の唇に口紅を塗る様に人差し指で自分の血を塗りつけた。
「彼女にも手に入らないものがあるなんて、愉快だな。
ユーリ。今日は逃してあげるよ。夫人から…僕からいつまで逃げられるのか試したくなった」
ジーノが心底嬉しそうな顔をする。
侑梨の唇に触れる人差し指を口内に軽く押し入れる。
口の中いっぱいに、鉄の味が広がる。
「いつか〈貝合わせ〉の続きをしよう。その契約だ」
呆然とする侑梨の唇をジーノはひと舐めしキスをした。
唇の血は落ちたが、血の味と香りが体を支配する。
契約が結ばれたような恐怖を感じた。
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