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知らず絡繰る

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侑梨はレストランより櫂のオフィスで会う約束をした。
デリバリーを頼みビールを缶のまま。
アルコールを飲む前に話したかったけれど、ズルズルとしてしまう。寧ろアルコールがあってよかった。
デザートのタルトタタンはツヤツヤの林檎がたっぷりで更に生クリームが添えられている。
林檎の甘酸っぱさが美味しい。
「櫂…あのね」
侑梨は紅茶を手に話し出す。
紅茶が飲みたいわけではない、何か握っていたかった。
「夫人の所で働く話、断ってきた」
櫂は明らかにホッとした。
「そうか…ごめん侑梨。だが感謝してる」
「ううん、いいの。私の方こそ考えなしで悪かったと思ってる」
櫂が侑梨の持つ紅茶を奪い、テーブルに置く。
三人掛けのソファに横並びに座っていた侑梨を
軽く抱きしめる。
「一緒に暮らしたいんだけど…返答を貰える?」
櫂の言葉に歯噛みする。
侑梨も櫂と一緒に暮らしたい。
両親がいた時も1人が多かった。
亡くなってからは孤独だった。
その私が誰かと暮らすのは恐怖もある。
それでも、このソファが2人の暮らしを象徴する
かのように穏やかな時間を作ってくれる。
そんな場所が欲しい。
「流石に今の俺の部屋は汚いから引っ越すぞ」
返答のない侑梨に櫂が焦る。
かわいいとか思ってしまう。
櫂の部屋は汚いのか。
掃除してあげたいなとか思っちゃう。
「櫂、その前に…話したいことがある」
侑梨の声音に櫂も不審を覚える。
「今日、ジーノに会ったの」
櫂の身体に緊張が走ったのがわかった。
どう説明しよう。ジーノのことは軽いセクハラしか話していない。問題はジーノではなく、夫人だ。
「夫人に仕事のお断りをする場所にジーノが来たの。
彼も私がいるなんて知らなかった感じだった。すると急に夫人が用事があると私とジーノを2人にした…」
ガッも腕を掴まれ抱きしめていた侑梨を引き離した。
「何かされたのか?…何か言われた?」
? 
櫂の心配する気配に違和感を覚えたが、
うまく言葉に出来ない侑梨は話を続けた。
「私もね、よく分からないんだけど…その…
夫人は私とジーノをくっつけたい感じだった」
貝合わせというワードは、
なんだか卑猥な気がして言葉を濁して説明する。
櫂はこれ以上ない怖い顔をしていた。
「夫人とジーノの力関係は、今日の雰囲気だと圧倒的に夫人な気がした」
「夫人は旧財閥グループ創始者の曾孫で、この日本で商売がしたかったら間違いなく敵にしたくない相手だ。だだ夫人が愛人のマウロを手放したくないパトロン関係だと思っていたが、実際はマウロが媚び諂う関係ということか?」
〈夫人を敵にしたくない〉その言葉に侑梨は言葉に詰まる。ダメだ。言わないと。
「ジーノが言うには夫人はとても…怖い人で…私とジーノがくっつかないと、ジーノの会社も…今、私が付き合っている櫂にも何かするだろう…って」
話していて、意味がわからない。
そこまでする価値があるのだろうか?
夫人が分からない。
もしかしてジーノに騙されたんだろうか?
そうかもしれない。
「冗談かもしれない‼︎もしかしてジーノの嘘に私が騙されてだけかもしれな…」
櫂の呪うような瞳に震えた。
「黒幕は…夫人か?…」
「櫂?」
櫂は侑梨を抱きしめた。
「ジーノには絶対に渡さない。勿論、夫人にも」
「…もしかして冗談じゃなくて櫂に迷惑がかかるかもしれない」
「それでも」
泣けないと思ってた。侑梨を捨てても当然の流れだった。そこで泣けば櫂を責めることになる。
だから必死で我慢していた。
でも今、罪悪感より安心感が勝った。
侑梨の不安は涙になって流されていく。
侑梨に価値がないのは侑梨自身分かっている。
もしかしたらジーノへの敵愾心からかもしれない。
それでも、櫂が侑梨を選んでくれたことに安堵した。
「櫂、大好き」
さっきまでは口が裂けても言えないと思った。
櫂が侑梨にキスをする。
瞬間、昼のジーノとのキスを思い出した。
そして血の契約。
「マウロと何かあった?」
櫂が怪訝そうな顔をする。
黙る侑梨を追い詰める。
「夫人にマウロと二人にされて…それから何があった?」
「襲われそうになった…私怖くて、ジーノを傷つけてしまった…腕からいっぱい血が出て…」
あの光景を思い出し蒼白になる。
「…どこまでされた?」
思い出したくない。言いたくない。
櫂は何処までなら侑梨を許してくれるだろう…
「キス…された」
櫂が指の首筋に指を這わせる。
「このキスマークは?」
「っ‼︎」
そう言えばジーノに首筋を吸われた気がする。
櫂は抱きしめる侑梨に更に顔を寄せる。
「何でシャワー浴びてるの?」
「痛っ」
ジーノの付けたキスマークに被せるように同じ場所を
軽く噛み吸いつく。
やだ。櫂のことが好きだけど、怖い。
昼はジーノに襲われて処女の侑梨には
未だに恐怖心がある。
けれど、ここで櫂を拒否すれば、櫂を失う気がした。
ジーノに襲われた時、心の中で櫂に助けを呼んだ。
今も心の中で叫ぶ。
櫂、助けて。
腕が背中を這い、ブラのホックが外れた。
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