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知らず絡繰る
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あの日から数日が経った。
侑梨の怯えに気づいた櫂は途中で侑梨を解放した。
櫂は悪くないのに「ごめん」と謝らせた自分に対する嫌悪が日々襲ってくる。
表面上、穏やかと言えば穏やかな日々だ。
夫人やジーノと関わる日々が本当に来るのか?
想像できない。
やはりあれは嘘だったのではないかと思う。
金持ちのブラックジョークというヤツだ。
櫂と会えていないがメールと電話はしている。
また忙しそうだ。
謝りたい。ちゃんと話したい。
侑梨は今まで恋愛経験がない。それが昼に襲われかけ、夜は恋人といえど急な展開についていけなかったというバックボーンをわかって欲しい。
心の準備さえ出来れば、嫌ではない。
寧ろ…侑梨だって櫂ともっと恋人関係になりたいと思っている。
…恥ずかしい。両手で顔を押さえ身悶える。
…差し入れを持って行ってみようかな…
ピスタチオの塩チーズクッキーを作ろう。
あれなら甘くないし、忙しい時にも摘める。
最悪会えなくても、日持ちもする。
櫂にメールを送ったが、既読がつくことはなかった。
心配になり、オフィスに立ち寄る。
駐車場に櫂の車はない。
電話してみようかな…
「侑梨さん?」
振り向くと沙織さんがいた。
どうやら今から帰るようだ。
「こんばんは。お疲れ様です」
侑梨が頭を下げると、彼はいないわよ、と告げられた。そのまま彼女は帰ろうとしたが立ち止まる。
「今から時間ある?」
侑梨の心臓は跳ねた。
オフィスからタクシーで少し走らせた場所にあるBARで侑梨は沙織と隣席している。
沙織はウイスキーを、侑梨は赤ワインを嗜む。
「なにそれ」
目敏く沙織が紙袋に入れていたクッキーを見つける。
見られたくなかった!
これ絶対バカにされる!
…観念した侑梨は正方形の缶に個包装にして入れた
クッキーを取り出す。
「よかったら、食べてください」
こんな櫂の役に立たないことをしている自分が、
パートナーとして櫂を支えている沙織にクッキーを
渡すのは侑梨には自虐としか思えない。
えぇ、蔑の言葉は甘んじて受けます。
そう心の中で呟く。
沙織は封を開けサクッと口に含む。
えっ!ここお店ですが⁈
と思うも、誰も気にする風はない。
常連の雰囲気だったし、多めに見てくれているのかもしれない。それに食べてくれるとは正直思っていなかった。
「美味しいわね。ウイスキーとも合うわ」
意外という風に沙織はウイスキーを嗜む。
沙織さん、私も意外です。
食べて頂けて、更にそんな風に言ってもらえるとは思っていませんでした。
「ありがとうございます。もしよかったらどうぞ」
クッキー缶全部を渡す。
「いいの?」
櫂にはまた作れるし、沙織さんの印象を変えてくれたクッキーに感謝だ。
「貴方、今22歳だったかしら?」
はい。と答える沙織は私は38歳よと、
投げやり風に応える。
「櫂は36歳。彼のどこがいいの?意外と短気だし、問い詰める様な言い方するし…貴方は若い」
そうか。櫂の問い詰める様な言い方は沙織さんも感じているんだ…
…これはやはり沙織さんは櫂が好きで、私が疎ましいのだろう。
櫂の好きなところ。どこだろう。
全部なんだけど。
それじゃあ答えてない様な気もする。
「…前を向けるんです。普通の生活がしたくなる。ハイキングしたいなとか、二人で本読みながら炬燵でみかん食べたいとか…たまには旅行行ったり、そんなこと…誰かとしたいなって考えたことなくて、付き合ってまだ数ヶ月なのに、色々と考えて幸せな気持ちになるんです」
へー、とウイスキーを飲みながら沙織は聞く、
「ぶっっ…ハイキングとか炬燵とか…貴方の櫂は面白いねー」
沙織はクッキーをもう一枚取り出し食べる。
「──それ、お父さんじゃないの?小さかった貴方が昔、お父さんとしたかったこと」
じゃあ、恋人同士は何をしたら恋人なの?エッチだけが特別なら夫人やジーノみたいではないか。
「人間的にも好きなんです、勿論、男性としてもです」
侑梨は反発心を隠せない。
「見た目も雰囲気も大人っぽいのに結構中身は幼いのね」
侑梨は櫂が好きだし女性として侑梨に触れて欲しい。でも、他の人から見たら侑梨のこの恋心は子供っぽく、偽物なのだろうか?
「ごめん言い過ぎたわ。仕事上、ある程度は櫂から貴方のこと聞いてる。マウロや夫人のことも。きっとこれからドロ沼になる。それを望まれているから。もし、貴方が櫂のことを本当に愛していないのであれば、別れた方がきっと傷は浅い」
沙織さんはパートナーだ。櫂が話すのは仕方がない。
櫂が私を想った説明をしてくれているから沙織さんが前より優しく接してくれるのだろう。
けれど、心が傷つけられる。
櫂は私になにか隠している。沙織さんなら話すの?
信頼しているのも、頼りにしているのも沙織さん?
「沙織さんは…櫂を…愛しているんでしょうか?」
聞いてしまった。聞いてしまった!
不安が言葉を象る。
「嫌いよ。…やっぱり好きかしら。どうかしらね…分からないわ。昔好きだった相手に少し似ているから好きなのかもね。それくらいの気持ちよ」
沙織は自虐的にいう。
「でも、この会社を私は守るわ。櫂が会社より貴方を優先するなら私にも覚悟がある。軽はずみなことをすれば苦しむ人が増える。きっと貴方が思っているよりも根は深いわ。貴方はよく考えて。そうしなければ、誰かが苦しむ。誰かが死ぬこともあるの」
不吉な予言の様だった。
「ごめん。一緒に暮らすのはもう少し待って欲しい」
そう櫂から言われたのは次の日だった。
侑梨の怯えに気づいた櫂は途中で侑梨を解放した。
櫂は悪くないのに「ごめん」と謝らせた自分に対する嫌悪が日々襲ってくる。
表面上、穏やかと言えば穏やかな日々だ。
夫人やジーノと関わる日々が本当に来るのか?
想像できない。
やはりあれは嘘だったのではないかと思う。
金持ちのブラックジョークというヤツだ。
櫂と会えていないがメールと電話はしている。
また忙しそうだ。
謝りたい。ちゃんと話したい。
侑梨は今まで恋愛経験がない。それが昼に襲われかけ、夜は恋人といえど急な展開についていけなかったというバックボーンをわかって欲しい。
心の準備さえ出来れば、嫌ではない。
寧ろ…侑梨だって櫂ともっと恋人関係になりたいと思っている。
…恥ずかしい。両手で顔を押さえ身悶える。
…差し入れを持って行ってみようかな…
ピスタチオの塩チーズクッキーを作ろう。
あれなら甘くないし、忙しい時にも摘める。
最悪会えなくても、日持ちもする。
櫂にメールを送ったが、既読がつくことはなかった。
心配になり、オフィスに立ち寄る。
駐車場に櫂の車はない。
電話してみようかな…
「侑梨さん?」
振り向くと沙織さんがいた。
どうやら今から帰るようだ。
「こんばんは。お疲れ様です」
侑梨が頭を下げると、彼はいないわよ、と告げられた。そのまま彼女は帰ろうとしたが立ち止まる。
「今から時間ある?」
侑梨の心臓は跳ねた。
オフィスからタクシーで少し走らせた場所にあるBARで侑梨は沙織と隣席している。
沙織はウイスキーを、侑梨は赤ワインを嗜む。
「なにそれ」
目敏く沙織が紙袋に入れていたクッキーを見つける。
見られたくなかった!
これ絶対バカにされる!
…観念した侑梨は正方形の缶に個包装にして入れた
クッキーを取り出す。
「よかったら、食べてください」
こんな櫂の役に立たないことをしている自分が、
パートナーとして櫂を支えている沙織にクッキーを
渡すのは侑梨には自虐としか思えない。
えぇ、蔑の言葉は甘んじて受けます。
そう心の中で呟く。
沙織は封を開けサクッと口に含む。
えっ!ここお店ですが⁈
と思うも、誰も気にする風はない。
常連の雰囲気だったし、多めに見てくれているのかもしれない。それに食べてくれるとは正直思っていなかった。
「美味しいわね。ウイスキーとも合うわ」
意外という風に沙織はウイスキーを嗜む。
沙織さん、私も意外です。
食べて頂けて、更にそんな風に言ってもらえるとは思っていませんでした。
「ありがとうございます。もしよかったらどうぞ」
クッキー缶全部を渡す。
「いいの?」
櫂にはまた作れるし、沙織さんの印象を変えてくれたクッキーに感謝だ。
「貴方、今22歳だったかしら?」
はい。と答える沙織は私は38歳よと、
投げやり風に応える。
「櫂は36歳。彼のどこがいいの?意外と短気だし、問い詰める様な言い方するし…貴方は若い」
そうか。櫂の問い詰める様な言い方は沙織さんも感じているんだ…
…これはやはり沙織さんは櫂が好きで、私が疎ましいのだろう。
櫂の好きなところ。どこだろう。
全部なんだけど。
それじゃあ答えてない様な気もする。
「…前を向けるんです。普通の生活がしたくなる。ハイキングしたいなとか、二人で本読みながら炬燵でみかん食べたいとか…たまには旅行行ったり、そんなこと…誰かとしたいなって考えたことなくて、付き合ってまだ数ヶ月なのに、色々と考えて幸せな気持ちになるんです」
へー、とウイスキーを飲みながら沙織は聞く、
「ぶっっ…ハイキングとか炬燵とか…貴方の櫂は面白いねー」
沙織はクッキーをもう一枚取り出し食べる。
「──それ、お父さんじゃないの?小さかった貴方が昔、お父さんとしたかったこと」
じゃあ、恋人同士は何をしたら恋人なの?エッチだけが特別なら夫人やジーノみたいではないか。
「人間的にも好きなんです、勿論、男性としてもです」
侑梨は反発心を隠せない。
「見た目も雰囲気も大人っぽいのに結構中身は幼いのね」
侑梨は櫂が好きだし女性として侑梨に触れて欲しい。でも、他の人から見たら侑梨のこの恋心は子供っぽく、偽物なのだろうか?
「ごめん言い過ぎたわ。仕事上、ある程度は櫂から貴方のこと聞いてる。マウロや夫人のことも。きっとこれからドロ沼になる。それを望まれているから。もし、貴方が櫂のことを本当に愛していないのであれば、別れた方がきっと傷は浅い」
沙織さんはパートナーだ。櫂が話すのは仕方がない。
櫂が私を想った説明をしてくれているから沙織さんが前より優しく接してくれるのだろう。
けれど、心が傷つけられる。
櫂は私になにか隠している。沙織さんなら話すの?
信頼しているのも、頼りにしているのも沙織さん?
「沙織さんは…櫂を…愛しているんでしょうか?」
聞いてしまった。聞いてしまった!
不安が言葉を象る。
「嫌いよ。…やっぱり好きかしら。どうかしらね…分からないわ。昔好きだった相手に少し似ているから好きなのかもね。それくらいの気持ちよ」
沙織は自虐的にいう。
「でも、この会社を私は守るわ。櫂が会社より貴方を優先するなら私にも覚悟がある。軽はずみなことをすれば苦しむ人が増える。きっと貴方が思っているよりも根は深いわ。貴方はよく考えて。そうしなければ、誰かが苦しむ。誰かが死ぬこともあるの」
不吉な予言の様だった。
「ごめん。一緒に暮らすのはもう少し待って欲しい」
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