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紛擾雑駁の了知

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スカイツリーの眺めながらここまで来た。
マックの前で待つが夫人はまだ来ない。
……本当に来るのだろうか……
正直、全然想像できない。
約束の2時を過ぎる。
マック内は昼を過ぎても人が溢れている。
いつもは人の多さに滅入るが、最近の侑梨は引きこもり状態で、それすらも侑梨を安心させた。
「ごめん。少し遅れたね」
そこに現れたのは夫人ではなくジーノだった。

びっくりして目を合わせたまま固まる。
──夫人と会うこともタブーだが、いくら人混みといえジーノは問題外だ。
「……痩せたね」
「えっ⁈」
雑音と思考停止状態で言葉を聞き逃す。
「入ろうか」
夫人とも無理だけど、ジーノともマックなんて無理だ。
そもそもジーノとはどこでも無理だが。
「貴方が来るなんて聞いてない。それなら私は帰るわ」
背を向けた侑梨の腕を掴み、ジーノ少し切なそうな顔をした。
「細いな……」
やけに今日の彼の声は小さい。
聞こえず近寄ると耳元で囁かれる。
「君に傷つけられた傷がまだ痛むよ」
瞬間、侑梨はジーノの腕に視線を落とす。
忘れてた。や、忘れていたら訳ではないのだけれど、
衝撃が強すぎて頭から抜け出てしまっていた。
「ごめんなさい…傷はよくなった?」
スーツの下の傷は見えない。
「取り敢えず、お腹が空いたから入ろう」
この状態では断れない。
傷も気になる。
人の多さにジーノも何もできないだろう。
侑梨は彼の後を追った。

「貴方、注文できるの?」
素朴な疑問だ。正直言って知りたい。
「夫人はどうか分からないけど、僕は大丈夫だよ」
安堵と、少し残念な気持ちが入り混じる。
「その…安くて申し訳ないけど、怪我をさせたお詫びにここは私に出させて」
言って後悔する。
セレブに怪我をさせてマックなんて
一般人でも馬鹿にするなと殴るレベルだ。
「じゃあポテトはLにしようかな。ユーリは何にする?」
……彼の何気ない優しさに少し救われた気持ちになる。
「ユーリ?」
「私は…ちょっと食べてきちゃったから、食事はいいや。カフェオレにするわ」
「それだけ?」
うん。と答えながら少し後ろめたい。
最近食欲がないだけだが、そんなことを言う必要はない。
「君が食べないなら僕も悪い気がして奢られにくいな」
ジーノが意外なことをいう。
注文の順番が来た。
彼は侑梨の注文にチョコパイを勝手に付ける。
軽く睨むが「絶対甘くて美味しいから食べてみて」と
押し付ける。
…彼の魔法だろうか。
「美味しい」
自然と思えた。
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