そんなの、知らない 【夫人叢書①】

六菖十菊

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空漠の知悉

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抱きしめられた感覚で目を覚ました。
彼が侑梨を抱きしめたまま眠っていて無意識に引き寄せられたからなのだけど……

『君は僕のものだ。
僕から離れるのなら君が僕を殺してくれ』
 
愛する人に殺して欲しいと懇願したのは侑梨だ。
なのに彼にそう言われた時、自分がどれだけ酷いことを
言ったか気づいた。
本当に、このまま死にたいと思ったの。
生きていれば、きっと侑梨は櫂を選ぶ。
でもそれは櫂を一番に愛しているからなのか
本当に自分では分からない。
今も、ジーノの寝顔を見て愛しさが溢れる。
彼に侑梨を捨てて欲しかった。
自分からジーノを捨てられない。
櫂と倖せになれると分かっていても、捨てられない。
彼は櫂を選んだ侑梨でさえ捨てなかった。
櫂もジーノの元へ帰ると言っても侑梨を捨てなかった。
「──ごめんなさい」
こんな最低な人間で。
「謝らないで」
その声にビクッとする。
彼が眼差しに彼が寝ていなかったことが分かる。
「許すつもりはないから、謝罪はいらないよ」
……もしかして……一睡もしていないのだろうか?
抱きしめられている腕が更に絡まる。
侑梨の胸元に顔を埋める彼が母親がいないと眠れない
子供の様で愛しくなる。
「ジーノ、眠って……」
「──考えてた。君が三島も僕も愛していると。どちらも手放せないって言うなら、君の理想は3人で一緒に暮らせればそれが一番の幸せなの?」
……櫂とジーノと侑梨の3人が一緒に暮らす?
考えたこともなかった。
そうなれば……このベットに櫂も加わり3人で閨を共にする?侑梨の痴態を櫂にもジーノにも見られる?
身体が一気に熱くなる。
想像だけで恥ずかしくて悶え死にそうだ。
そこにジーノが抑えていた笑いを溢す。
「そうか……君の一番の願いはそうなんだね」
「そんなことないわ!」
必死に言い返すが、彼は悲しそうに微笑む。
「僕の愛だけでは君を埋められない?」
そんなことないと言いたいけれど、2人の愛を欲しているこの状態は肯定している様なものだ。
「三島の愛だけでも埋められない」
涙目になる侑梨に「強欲だね」と囁く。
「……だって!こんな愛を知れば誰だって手離せなくなるわ!」
「今は完全に埋められないかも知れないけれど、絶対に君の望む愛をプレゼントするよ。それでも三島が必要?」
きっとどちらかが侑梨を捨ててくれたら、諦められるのだろう。今まで、親にでさえ何らかの『理由』を優先され捨てられて来た。
それなのに、こんな強欲な条件を出してもジーノも櫂も侑梨を愛してくれる。
侑梨に手離せる理由なんて何処にもない。
侑梨捨てることなんて出来ない。
死んでも出来ない。
だから、死にたかった。
苦しいのに、これ以上の幸せなんてない。
「本当に……それが君の幸せ?」
侑梨も自分が異常だと思う。
けれど──倖せだわ、とても。
──これ以上何も要らないと本気で思う。
「三島は受け入れられないかも知れない」
当たり前の話だ。
こんなこと櫂には言えない。
でも──ジーノは受け入れてくれると言うことなの?
「どうなんだろう。自分の気持ちが分からないよ。……さっきまでは悪魔に身を売ってでも君を手に入れようと思ってた。けれど、そうすれば予期出来ない代償を必ず必要とする。──君を一番倖せに出来るのは僕だ。三島にはこの考えは出来ない」
そうだろう。
侑梨もジーノや櫂に他に愛する人がいるなんて耐えられない。……そんな酷いことをしている……
「今日、三島に会いに行くよ。君も行くかい?」
こんな最低なお願いはするのなら本当は侑梨がしないといけないのに、最低だと知っている分、櫂に蔑まれるのが怖い。
もし……これで櫂が侑梨を見限るのなら、これで本当にジーノだけを選べる気がした。
侑梨の戸惑いを察したジーノが微笑む。
「……バカな子だね。僕にまた騙されるとか思わないの?三島の意向とは反対のことを君に言うかもよ?」
……もう、それでも騙されてしまいたい。
「それでも、きっと私は倖せだわ──」

──夏祭りの屋台で売られている金魚を欲しいと
子どもが手にする。
金魚は小さな袋に入れられるのだけれど、振り回されてビニール袋は破れ、水は漏れ空気は減り苦しくて
このまま死ぬのだと思っていた。
その袋に櫂が水を足してくれた。
ジーノが水漏れを塞いでくれた。
このまま、金魚鉢で飼って貰えるのなら、
金魚は死ぬまで倖せだろう──







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