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空漠の知悉

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「……嘘」
あれだけジーノに避妊せず抱かれたのだから可能性が無いわけではない。
けれど、夫人の言葉には否定したい。
「貴方の次の生理は雛祭りあたりかしら?」
来ないわよ。と告げられる。
予想はしていたけれど、覚悟はまだできていない。
夫人のデタラメな言葉に惑わされちゃいけない。
けれど、指が自然とお腹を抑える。
「ジーノは貴方を海外旅行に連れて行きたいんじゃない?」
ビクリと身体が震える。
この人の千里眼は恐怖でしかない。
「本当は旅行でなく永住を提案してくるわ。初めての妊娠、初めての国外、初めての出産……どれも不安ばかりだわ」
彼にパスポート取得を促されたが、まだ行くとは決めていない。それに妊娠したのなら旅行は延期するだろう。
「いいえ。彼はきっと貴方を連れていくわ」
なぜ?
「お父様もお母様も亡くなり頼りは彼しかいない。貴方は不安でしかないのに……きっと海外の言葉もわからない場所で暮らそうと提案されるわ」
悲しそうな顔で微笑む。
「可哀想な侑梨さん。彼は貴方が行きたくないと言ってもきっと折れない。いろいろな理由をつけてでもきっと貴方を連れて行く」
なぜ?
「ここにはわたくしがいる。この日本では思うようにはビジネスは出来ない。ジーノが再び企業家に戻るにはイタリアが一番最適」
そうなのかもしれないが、もし妊娠しているのであれば、少し待って欲しい。
何も知らない土地で彼が仕事を始めれば──父は殆ど家に帰って来なかった。あの不安な日々をまた過ごすことになるのだろうか?
──怖い──
「例えジーノを捨てて、三島さんを取ったとしても……三島さんもジーノの子どもを本当に愛せるかしら?
貴方を愛していても子どもは別。知っていて?ライオンのオスはメスの発情を促す為に別のオスの子どもを躊躇いなく殺すのよ」
三島さんも結構思い切りの強い人だものね。と呟く。
「そんなに震えて……可哀想に」
夫人のコートを侑梨に掛ける。
「さっき母のように思ってたって……嬉しいわ。わたくしなら不安なく貴方の出産をサポートしてあげられるわ。いつでも帰ってきて欲しいの」
ね。と背中をさすられる。
赤ちゃんの為に必要なものも一緒に買い物しましょう?
と微笑む。
「──失礼します」
会話ん一方的に打ち切ったが夫人は「またね」と手を振った。
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